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13-13

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますಠωಠ


Instagram:@kasahana_tosho

 ーーそろそろ時間だと、審馬が菜穂子の手を取ろうとする前に、彼女は娘からそっと離れる。


 まだ母親の温もりを求める娘から目を背けるようにして、菜穂子は視線を審馬に向ける。


 そのまま菜穂子は審馬に向かって深く頭を下げた。随分と長い間、彼女はそうしていたと思う。


 やがて顔を上げた菜穂子を、今度は審馬がじっと見つめる。


 恐怖も後悔も哀しみも感じさせない無表情さで、彼女は審馬を見ていた。


 ーー菜穂子が踵を返す。娘の呼ぶ声には目もくれず、殺人鬼はパトカーの中へと消えていく。


 留置担当官が、審馬もパトカーに乗らないのかと視線を向ける。首を横に振った審馬は、四方の背中をパトカーの方へと押しやった。


「お前が行かなくていいのか」


 遠慮気味にそう言った四方に、審馬は腕を組んで答える。


「美人と寝ずに生き別れるのは、俺の流儀に反するからな」


 茶化すように言ったが、四方の神妙な面持ちは変わらなかった。


 小さく息を吐いて、彼は審馬の肩に手を置く。


「お前が動機の墓守として裁矢菜穂子に執着しなかったら、あの子はきっと死んでいた。よくやった」


 パトカーが走り出す。菜穂子の最後の瞬間を、車が小さくなり消えていくその瞬間までじっと見つめ続ける。


 冬の風に寒さを感じて身震いをした時、隣で東もじっとパトカーを見送っていたことに気付いて、審馬は口を開く。


「さっきのお前の言葉は、俺には絶対に言えなかった。お前だったからこそ、意味のある言葉だった。裁矢菜穂子にとってもそうだったはずだ」


 四方からもらった称賛の言葉を返すように、今度は審馬が東にそう言った。


「…私は、母親というものをどこかで神格化していたのかもしれません。というより、そうであってほしかったのかも」


 見えなくなったパトカーの方を見つめたまま、東は言葉を続ける。


「親とて人なのだと思うには、子どもという存在はあまりに未熟で、自己中心的で、真実の愛を求めているのでしょうから」


 東の横顔をじっと見る。ここ数日でがらりと面持ちが変わったように見えて、審馬はそれを上司として誇らしく思う。


「そうだな。でもそれはお前に限った話じゃない。誰にとっても、母親は愛の象徴たる存在であってほしいと思うんだよ」


 東が審馬の方を見上げる。


 多くのことを考えて、まだ納得し切れないことも整理し切れないことも沢山あって、それでも前に進んでいこうとする視線が審馬を捉えている。


 肩の上で切り揃えた彼女の髪が風に靡いて、やがて止まった。それを待っていたかのように、東は再び口を開く。


「私は裁矢菜穂子の娘の病院に同行します。あとは宜しくお願いします」


 審馬の返事を待つことなく、東は救急車に乗り込む。


 その東の言葉は、署に綾香や類を残してきたことを気遣ってくれた故だと気付く。


 その思いを有り難く受け取って、審馬は残された車に乗って署へと戻る。


 駐車場に車を停めると、裏口のすぐ近くに高橋が立っていた。


「審馬さん」

「何だ、高橋。わざわざ出迎えか」

「あ、いや、そういうわけではないんですが」

「嫁は?応接室?」

「奥様は2階の会議室の方にご案内してます。いや、それは良いんですが」

「何だ。さっきからオドオドして」


 その審馬の言葉とともに、高橋が背にしていた裏口の扉が勢い良く開かれる。


 署の中から出てきたのは、随分と活気のある若い女。


 いや、正確には、5年ぶりに顔を合わせたーー娘だ。


「ねぇ、高橋さん。何で逃げるの?」


 杏が高橋の顔を無理矢理覗き込むようにしてそう言う。


「逃げてない。逃げてないよ?あぁ…無理。女子大生のこのノリ無理過ぎる…」

「何か言った?」

「あぁ、しかもこの横柄なパワハラ気質な感じ、もう絶対父親譲り…」

「あぁ?今何か言ったか?」


 自分のことを言われた気がして、聞きづてならないと今度は審馬が高橋に食ってかかる。


 人相の悪い上司と無邪気な笑みを浮かべる女子大生に詰め寄られて、高橋は壁際に追いやられていく。耐えきれなくなったのか、杏が出てきた扉のドアノブに手を掛けると、彼はそのまま一目散に署へと逃げていく。


 風のように高橋が去っていってしまって、駐車場には審馬と杏だけが取り残される。



 

次回投稿は1/10(土)

を予定しております。

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