13-10
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顔を上げる。相変わらず項垂れたままの菜穂子が、背を扉に預けて呟くように言葉を続ける。
「…義理の父が、生前アトリエとして使っていた倉庫です。義父の友人のものですが、亡くなった後もご厚意で絵を置かせていただいていました」
すぐにジャケットの胸ポケットから携帯電話を取り出す。汗ばむ手で、審馬は急いで四方に電話を掛ける。
動揺しているせいか、上手く操作ができない。そんな自分に苦笑する。
「俺だ。今どこにいる。あ?署?ふざけんな。さっさと東を引っ張って現場に向かえ。南平台町115だ」
緊迫した審馬の様子を四方は察したのだろうか。すぐに東を呼びかける彼の声がして、走っているのか息が荒くなる。
「キャリーケースの中に入っていたのは、子どもだ」
四方の返事も聞かずに、審馬は電話を切る。
彼の事だ。皆まで言わずとも状況をすぐに飲み込んでくれるはず。
急いで携帯電話を仕舞って、審馬は運転席に座る留置担当官の肩を掴む。
「おい、停めろ」
「はい?」
「行き先変更だ。渋谷区の南平台町に向かえ」
「いや、でも被疑者を送検しないと…」
「いいからさっさと行けっつってんだよ!」
「は、はいっ!」
運転中にも関わらず胸倉に掴みかかってきた審馬に、命の危機を感じただろうか。
留置担当官は言われるがままに一度車を停めて、方向転換をする。
やがて、車は住宅街へと入り込んでいく。昼間にも関わらず、人通りの一切ない静かな街だった。どの家も立派な門を構えていて、歴史と風情を感じる。
逸る気持ちを抑えきれなかった。幾度となく運転席に向かって罵倒を投げつけて、漸く菜穂子の言う住所に辿り着く。
その一角に車を停める。木々の中に建てられた豪邸の前だ。審馬が菜穂子を引っ張るようにして車から降りると、丁度、四方と東が乗った車が敷地の中に入ってくるのが見えた。
菜穂子を東に押し付け、審馬は四方と玄関の方へと走る。
呼び鈴を何度か鳴らす。応答はなかった。窓から家の中を覗こうとするが、カーテンが閉まっていて何も見えない。
玄関周りに散乱する落ち葉や枯れた植木鉢の数々から察するに、長らく人が住んでいないように思われた。
豪邸の外壁をなぞるようにして審馬は再び走り出す。
家の裏手に回る。すると、木々の奥にこじんまりとした建物があるのが目に入った。
四方と顔を見合わせて、審馬はその建物の方へと急ぐ。
8畳程の小さな倉庫だ。窓はあるが、すりガラスになっていて中は確認できない。荷物が高く積み上げられているような陰だけは見えている。
審馬は倉庫のドアノブに手を掛けた。当然だが、鍵が掛かっていた。扉の外側にも簡易的な金具と南京錠で鍵が掛かっていて、内側から出られないようになっている。
「誰かいるか?いたら返事してくれ」
試しに扉を強く叩いてみるが、やはり返事はない。
「おい。パトカーから警棒持ってこい」
窓の方を睨みつけたまま、審馬は四方にそう言った。すぐに「ほれ」と返事がして後ろに振り返ると、用意周到にも四方が警棒を手渡してくる。
「これくらいの事態は想定しておけ」
険しい顔を向ける四方から、審馬は警棒を受け取る。棒の先で掌を数回叩いてから、審馬はそれを振り上げる。
「有能な上司で良かったぜ」
辺りに窓ガラスが割れる音が響き渡った。割れた窓の隙間から手を入れて、鍵を開ける。
すぐに窓を開ける。目の前には大量の段ボール箱が積まれていた。審馬はそれを手に取り、無造作に外へと投げ捨てる。
ーーやがて視界が開けていく。すると、すぐそこに誰かが倒れている様子が目に飛び込んできた。頭の方まで毛布を被るようにして、床に人が寝そべっている。
痛いくらいに心臓が鼓動する。喉の奥が激しく乾いていて、審馬はむせ返りそうになるのをぐっと我慢する。
窓の淵から飛び降りて、審馬は屋内へと足を踏み入れた。静かに倒れている人の方へと近付いて、毛布に手を掛ける。
勢いよく毛布を引き剥がす。中に隠れていたのは少女だ。意識はーーーない。
急いで呼吸と脈を確認する。
ほんの一瞬の動作なのに、永遠に終わらない時間の中に追いやられた気分だった。
少女の細い首に触れると、審馬の心臓が大きく一つ鼓動する。
「…四方、救急車」
審馬の声に、四方が窓をこんっと叩く。
「息は」
そう短く尋ねる四方の方へと、審馬は振り返る。窓の向こうに見えたのは神妙な面持ちを見せる四方だけで、菜穂子の姿は見えなかった。
けれど近くにはいるだろう。そんな彼女に届けるように、審馬は口を開く。
「大丈夫。生きてる」
倉庫の扉の鍵を開ける。扉を押し開けようとするも抵抗を感じて、外側に南京錠がついていたことを思い出す。
すぐに窓から外に出て扉の方へと回り込むと、そこにいた東と目が合った。菜穂子はその後ろに立っていて、瞬き一つして、審馬を見上げている。
警棒を振り上げる。南京錠に向かって勢いよく振り下ろすと、簡易的な作りで止められていたそれは、いとも簡単に砕け、地面へと落ちていく。
扉を開ける。気を失った花楓に再び毛布をかけて、熱が逃げないようにしっかりと覆う。
花楓は随分と衰弱しているように見えた。それでも、彼女の手元には水の入ったコップが置かれていて、水分を取ることはできていたであろうことに安堵する。
倉庫の奥に扉を見つけて開けてみると、中はトイレになっていた。すぐ近くに手洗い場も設置されている。
閉じ込められていたとしても、水はここから飲むことができたのだろう。
とは言え、この真冬の気候化だ。暖房器具のない空間で毛布1枚では、厳しい夜を過ごしたはず。
今はこの娘の生命力に感謝する他ない。
倉庫の床にはコップと、そして大量のスケッチ用紙が散乱していていた。散らばった紙一つ一つには、花楓が描いたのだろうか、絵が描かれている。
視線を上げて、倉庫を見渡す。壁一面に絵画が飾られていた。油絵だろうか。飾り切れなかった数多くの絵が床に並べられていて、義父がアトリエに使っていたのだという菜穂子の言葉を思い出す。
花楓の頭をさらりと撫でて、そして彼女が描いたのであろう絵を拾い上げる。
繊細で緻密な独特な絵柄だった。どれほどの集中力と才能があれば、たった10歳でこのような芸術的な絵が描けるのだろうか。
祖父の才能を濃く受け継いだのだろうと、たった1枚の絵からだけでも感じてしまう。
テレビもない、ゲーム機もない。家族は誰も戻ってこない。そんな空間でたった1人居続けるのは、さぞ心細かっただろう。祖父の絵画に囲まれながら自らも作品に没頭するのとで、寂しさを紛らわせていたのかもしれない。
そう思うと、もっと早く助けに来られればと悔しさが溢れてきた。
次回投稿は12/31(水)
を予定しております。




