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小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけます(-_-)


Instagram:@kasahana_tosho

「でも、どうして役所からの通報なんですか?ケースワーカーから、とかですか」

「いや…」


 四方の問いに刑事課長が言い淀む。それは理由を知らないというよりは、聞き知った事実の信憑性を疑っているかのように見えた。


「手続きをしに来たそうだ」

「手続き?」

「家族が亡くなったから、死亡に関する手続きがしたいと」

「その主婦の方が、ですか?」

「あぁ」

「葬儀屋、とかではなく」

「そうらしい」


 確かに、それはおかしな状況だ。


 通常、家族などが病死した場合、医師によって死亡診断書が発行される。遺体はそのまま放置することはできないため、病院で亡くなろうが自宅で亡くなろうが、死亡ととともにすぐに葬儀屋に連絡を取るのが普通だ。死亡届提出から火葬許可証発行までの役所での公的な手続きは葬儀屋が行うことが殆どで、遺族が役所に出向く必要があるのはもっと後の話だ。


「遺族年金を受け取りたい、とかそういう話がしたかったんじゃないんですか」


「役所の人間もそういう話なんだと思ったみたいなんだが、どうやらそうじゃないらしいんだ」刑事課長が訳が分からないというように頭を掻く。「死んだから、除籍の手続きがしたいのだと」


 奇妙な状況だが、それだけでは人殺しかどうかの判断は難しい。通常は葬儀屋を介して行われる手続きだが、遺族自身が死亡届を提出しに来たのだと役所の人間は次に考えただろう。


「だが、その女は死亡診断書を持っていなかった」

「自宅で亡くなったということですか」


 自宅で亡くなったとしても、かかりつけの在宅医などに死亡診断書を書いてもらうのが普通だ。


 つまり病院にはかかっていない。家族が死んで、救急車を呼ぶこともなく警察に連絡することもしなかった。


 それは、家族が急死して何をすればいいかわからなかったという無知さ故ではないのだろう。女が家族の死に途方に暮れていたのだとして、ではまず始めに役所に行こうという発想に通常であればなり得ない。


 救急車も警察も呼ばなかった、いや、「呼べなかった」だろうか。その理由が女の異様な行動に隠されている。


「自分で殺して、自分で後始末をしに来たってことですか?」


 刑事課長のもとまで近付いて、審馬は尋ねる。


「本当のところはわからん。だが、そうとも読み取れる供述をしているから、役所のやつも通報してきた。実際に地域課の奴が女の自宅で遺体を確認している」


 女の自宅に遺体がある。そこに女の異常性を感じる。


 思わず口角が上がる。ぞくぞくとした感覚が頭から爪先へと駆け巡っていく。


「審馬、すぐに現場に向かいます。係長、運転を宜しくお願いします」


 朝方までキャバクラ嬢とのアフターで飲み耽っていたせいで、昼になった今もおそらくまだアルコールが抜け切っていないだろう。


 だから運転はできない。上司にお願いしてしまうのも仕方がない。


「お前はまず顔を洗ってこい。あと水飲め、水」

「はい、係長。すぐに顔を洗って参ります!」


 四方の運転する車で元麻布にある女の家へと向かう。道中、審馬がお腹が空いただのコンビニエンスストアに寄れだの文句を垂れ続けたおかげで、現場に辿り着いたのは刑事課の中で一番遅かっただろう。


 閑静な住宅街。どの家もあり余った金をふんだんに使った豪勢で品のあるプライドが高そうな面構えをしている。その一角、白を基調としたお淑やかな家の前に人集りと制止線が張られているのを見つける。


 人集りを掻き分けて、審馬と四方は事件現場の家へと足を踏み入れる。途中こちらに振り返った四方に咳払いをされて、審馬は手に持っていたパンを無理矢理口の中へと押し込む。


 まるで小さな城のような家だ。中世ヨーロッパの時代を彷彿とさせる。玄関までの道の左右は花壇になっており、冬にも関わらず色とりどりの沢山の花が植えられている。


 家の中に入って真っ先に目に入るのは、吹き抜けた高い天井だ。それはただでさえ無駄に広い玄関をより開放的に見せていた。


「で、例の女はどこにいるんだ」


 役所に通報されたのだという40代主婦。車の中で四方から聞いた話では、女の名前は裁矢菜穂子。菜穂子は、家族3人分の死亡届と身分証明書を役所の窓口に提出に来たのだという。


 夫である裁矢賢一郎、息子の晴翔、そして夫の母の裁矢加津子。その3人の手続きだ。


 菜穂子の主張はこうだ。「家族3人が亡くなったため、死亡届の提出と除籍の手続きがしたい」のだと。役所の人間が死亡診断書の提出を求めると、彼女はそれを持っていないと言う。病気で亡くなったのだとしたらまずはかかりつけ医などに連絡して欲しいと役所の人間が説明すると、病死ではないと答える。では家庭内での事故か何かなのかと尋ねれば、事故でもないのだと言う。


 ーーーあの人達に、正当な判決が下された。ただ、それだけです。


 役所の人間がどれほど尋ねても、菜穂子との会話は決して噛み合わない。どんな理由で亡くなっていようが、死亡診断書がなければ死亡届は受理できないのだと役所の人間が突っぱねると、ではどうしたら良いのかと本気で困った顔をする。


 困ったのは菜穂子ではなく役所の人間の方だろう。


 菜穂子の言う「判決」とは何なのか。1人だけならともかく、家族3人が同時に亡くなっているのだとすれば、そこにあるのは事件性かもしれないと、役所の人間が不審に思い通報に至る。


 役所に駆け付けた地域課の警察官に対して、菜穂子は落ち着いた対応をしていたと聞く。声を荒げることも逃げ出すこともしない。ただ首を傾げて「貴方達が死亡診断書を書いてくださるのですか」と言っていたのだと。


 地域課の連中はひとまず菜穂子とともに彼女の自宅に向かった。家に遺体があるのであれば、それを確認する必要があったからだ。

次回投稿は6/7(土)

を予定しております。

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