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小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますm(_ _)m


Instagram:@kasahana_tosho

「どうだった」

「自殺したのは、白岡蓮司君、15歳。明津さんや裁矢晴翔と同じクラスの同級生です」


 先ほど明津優芽が言っていたことと相違はない。


「蓮司君は裁矢晴翔が殺された日の1週間前に自宅マンションの最上階から飛び降りて亡くなっています。学校内で発表があったのは、蓮司君が亡くなってから5日後。学校からの謝罪や保護者会、いじめの事実に関する十分な説明がなかったことに激怒した蓮司君の母親が学校に訪れているようです。それが、蓮司君が亡くなって6日後、裁矢晴翔が殺された日の前日の話です」


 生徒が亡くなっていたことを5日間もひた隠しにしていたとは、随分と白状な学校だ。


 白岡蓮司は「裁矢晴翔達」のいじめのせいで自殺した。それを学校側も把握していたから、公にすることを躊躇した。


 しかも白岡蓮司の母親が学校に殴り込みに行っていることを考えると、学校側はそのまま無かったことにしてやり過ごそうとした可能性すらある。


 生徒ならまだしも学校自体が、面倒事だからと目を逸らそうとしていた。


「その様子を目撃していた生徒の証言によれば、そこに、裁矢菜穂子もいたのだと」


 しかもその場に、裁矢菜穂子もいた。


 被害者の母親と加害者の母親が、相対している。


 事件が起こる前日に。


「白岡蓮司の母親の連絡先は」

「入手しました。自宅マンションの住所も」

「すぐに連絡しろ。警察と話せるほど元気かどうかは知らねぇが、裁矢菜穂子と聞けば黙ってはいられないだろ」


 東がすぐに白岡蓮司の母親に電話を掛ける。電話はすぐに留守番電話の音声に切り替わって、東はそこに晴翔が殺害された事件について話が聞きたいという旨を登録する。


 折り返しの電話はすぐに掛かってきた。東の手元で鳴っている携帯を取り上げて、審馬は電話に出る。


『あの…白岡ですが…お電話をいただいていたようで』


 酒やけしたような枯れた女性の声がした。声色に覇気はない。


「蓮司君のお母様でお間違えないですか」

『…はい』


 白岡蓮司の母親。殺された裁矢家家族を除けば、彼女は事件直前の菜穂子と接した最後の相手かもしれない。


 晴翔が殺される前日、一体菜穂子と何があったのか。どんな会話を交わしたのか。


「麻布警察署の審馬と申します。留守番に残させていただいた通り、殺人事件について、お話を伺いたくてご連絡いたしました」

『殺人事件、ですか』

「はい。ニュースはもうご覧になりましたか」

『あの…私は直接見てないんですけど…親戚から、話は何となく聞いてて…』

「そうですか。では、大体は理解されているということで。単刀直入に、裁矢菜穂子が実の息子、裁矢晴翔を殺害した事件について、お聞きしたいことがあります。今からご自宅に伺ってもよろしいですか」


 電話の向こうから、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえてきた。


 そこに含まれている彼女の感情は何だろう。


 動揺?憎悪?息子を死に追いやった憎き相手が死んだのだと歓喜しているようにはどう考えても見えない。


 わかりました、どうぞ、と白岡蓮司の母親は消え去りそうな声で言った。


 車に乗り込んで、審馬は東とすぐに白岡家のあるマンションへと向かう。


 マンションは麻布署から離れた板橋区内にあった。


 なるほど。それなら確かに、白岡蓮司の自殺の一件が全く審馬の耳に入ってこなかったのも頷ける。


 自宅マンションから飛び降りたとなれば、事件性などを考慮し刑事課が駆り出されていてもおかしくはない。けれどここ最近の麻布署で、少年が飛び降り自殺をしたなどという情報はなかった。


 事件が麻布署管轄内ではなく、板橋区で起こったからだ。


 板橋区。東京の中でも下町を連想させる。東と辿り着いたマンションも駅から少し離れていて、築三十年といったところだろうか。


 こういう言い方は偏見であるが、あの明津優芽や晴翔が通っていた高貴でプライドの高そうな学校の雰囲気を思えば、随分と庶民的な住まいだと思った。エントラスはこのご時世に関わらず誰でも通り抜けられるようになっている。


 エレベーターで3階まで上がり、白岡家の前まで歩いていく。


 チャイムを鳴らすと、少しして先ほど電話口で聞いた声と同じ声がインターホンから聞こえてきた。


「先ほどお電話した麻布署の審馬です」


 審馬はジャケットの内ポケットから警察手帳を取り出して、インターホンのカメラへと近付ける。


 今開けます、と相変わらず生気の感じない声色で白岡蓮司の母親は答えた。


 すぐに玄関の扉が開く。中から出てきたのは、痩せこけた小柄な女性だった。白髪と黒髪が入り混じった長い髪を1つに結っているが、あまり綺麗にまとまってはいない。唇はかさつき切れて血が滲んでいる。


 夫を亡くし、最愛の子どもまでも亡くした女の末路。そんな言葉を体現している。


「どうぞ…散らかってますけど」


 促されるままに、審馬は東とともに白岡家へと足を踏み入れる。


 謙遜などではない。室内は本当に荒れ果てている。


 ゴミを捨てに行く気力もないのか、パンパンに膨れたゴミ袋が廊下に放置されている。幸いにも生ゴミの類がないのは、まだ事件が発生し大して時間が経っていないからだろうか。


 リビングに辿り着けば、ダイニングキッチンの上にカップラーメンの容器とビール缶がいくつも放置されていた。


 そんなカップラーメンの容器達の前、ランチョンマットが敷かれその上に食器が綺麗に置かれているのが目に止まる。


 食器は洗われていない。茶碗の縁に固まった米粒が付いている。すぐそばの皿には細かいひき肉のようなものとソースが付いていて、香辛料の焦げた匂いがまだ少し漂っていた。


 これは、白岡蓮司の食事の跡か。おそらく、彼の最後の晩餐。


 そしてその手前、カップラーメンの容器達があるのは、母親の席。


 空の容器の数から考えれば、白岡蓮司が自殺した後から、母親はずっとこの息子の最後の晩餐の前で食事を取り続けていたのだろう。

次回投稿は11/8(土)

を予定しております。

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