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晴翔の死には、「蓮司君の自殺」が関わっている?それは飛躍した推理だろうか。
いや、決してそんなことはないだろう。菜穂子が「蓮司君の自殺」について何も知らなかったとしたら、「あの子のせいで人が死んだのに」などという言葉が出てくるはずがない。
しかも「あの子のせい」などと、随分と棘のある言い方ではないか。
自分の子どもを悪く思いたくない、認めたくない親であれば、そんな言い方はまずしない。
菜穂子は、晴翔の罪を認識していた。けれどその罪は、冤罪だった。
「晴翔君のお母さんは、どんな様子だった?」
「…プリントを受け取って、それでぼんやりした感じで、そのまま家の中に戻って行っちゃいました」
明津優芽から真実を聞かされた時、晴翔は既に殺されていた。菜穂子はその瞬間に、自らの裁きの過ちに気付いた?
だが、例え自分の子どものせいで同級生が自殺したとして、それが実の子どもを殺す動機になるのだろうか。
裁きを主張する菜穂子であれば、確かに考えられない話ではない。
子どもが正しくない行いをしたから、裁きを下した。自分の子どもだったからこそ、厳しい裁きを下さずにはいられなかった。
…本当だろうか?そんな動機が、菜穂子に隠された真実なのだろうか。
「刑事さん。裁矢君は、お母さんに殺されたんですか?ニュースでは、そんな風に言ってました」
「…そうだな。残念ながら、それが真実だ」
「…蓮司君が、自殺したから?」
絞り出すような声で、明津優芽はそう言う。
まだ中学生だとは言え、何も考えていない馬鹿などでは当然ないか。審馬の誘導的な質問を省みれば、彼女にも事の真相が見えただろうか。
「それはわからない。今は、まだ」
「でも蓮司君が自殺したのは、裁矢君のせいじゃないっ」
「それが本当だとしても、裁矢菜穂子はそう思わなかったのかもしれない」
敢えて子どもとしてではなく、1人の人として、審馬は突き放した言い方をする。
「…私が、もっとちゃんと裁矢君のお母さんに説明していれば、裁矢君は死ななかった…?」
目に涙を溜めて、明津優芽は呟く。
「君が裁矢家に訪れた時、裁矢晴翔は既に殺されていた。だから、君が責任を感じることはない」
審馬の言葉に、少女の頬に涙が伝った。
目の前の現実をすぐに受け入れろという方が酷だろう。けれどいずれは向き合っていかなければならない。
残された者として、明津優芽もこの先、同級生の死という強烈な現実を乗り越えていかなければいけないのだ。
その時にせめて、自分自身を責めるようなことにならなければ良いと、審馬は真実を包み隠さず彼女に伝える。
「…見てるだけで何もしなかったのが罪なら、それは私も一緒。皆も一緒。私だって、自分が動かなくても何とかなるって思いたかった。蓮司君が勝手に自分でいじめを乗り越えて、勝手に解決するんだって思いたかった。私が下手に手を出して、変に拗れたらやだな、とか、私も一緒にいじめられたら嫌だな、とか、蓮司君がいなくなったら私が…とか、そんな自分のことばっかり考えてた。ちゃんと目の前の現実を見ようとしないで、ずっと目を逸らしてた」
見ているだけで何もしなかったのが罪。そんなものが罪になったとしたら、世の中は罪人だらけだ。
けれど、明津優芽の罪の意識は審馬の心にも深く響く。
もし、綾香がこれまでの日々に耐える事ができず、自ら命を断つようなことがあったら、杏のその細い首に手を掛けるようなことがあったら。
そう考えるだけで、面倒臭がって全てを見なかったことにして、考えないようにして、綾香と向き合おうとしなかった過去の自分を酷く恨む。
綾香は今、少なくとも昔よりは前向きに現実を生きている。だから、審馬は過去の自分を殺してやりたくはならない。
けれどそれは結果論だ。たまたま運が良かったから、そういう現実を歩んでいるに過ぎない。
一歩違っていただけで、きっと今目の前に広がっている現実は全く違うものだったに違いない。
「自分のせいだと思いたくなる気持ちは痛いほどわかるが、そこに引っ張られ続けないことだな。自分のせいだと、罪の意識の中にい続けて、被害者ぶっている間は何もしないでいられる。何もしなくて良いんだと、自分を納得させられる。そして結局、また何もしなかった自分を後悔するんだ」
自分自身に言い聞かせるように、審馬は言う。
「辛い今の自分を無視しろってことじゃない。だが、罪の意識の中で死だの殺すだの考えるくらいなら、自分に何ができたのか、これから何ができるのか考える方がずっとマシだ」
菜穂子は一体いつから「晴翔の過ち」に気付いていたのだろうか。「蓮司君」が自殺した時に、誰かから聞いたのだろうか。それとも、そのもっと前から…。
自分の子どもが虐めに加担しているかもしれない。誰かの心を酷く傷つけているかもしれない。
気付いていながら、目を逸らす。何と声をかけるのが最適解なのかわからず、時間が解決してくれることを願って考えることを放棄する。
そうして、「蓮司君」は自ら命を断つ。
自分の子どものせいで。
学校にチャイムの音が鳴り響いた。審馬は深い思考の渦から一旦解き放たれて、顔を上げる。
聞きたかったことは聞けた。あとは東の報告次第だ。
「これは、大人からの助言だ」
時計をちらりと見て席からゆっくりと立ち上がった審馬は、明津優芽を残してそのまま生徒指導室を後にする。
扉を開けた時、すぐ目の前に活発そうな女生徒が立っていた。中の様子をずっと聞き耳立てていたのだろうか。審馬を見上げてじっと睨みつけて、そしてそのまま生徒指導室の中に入っていく。
明津優芽の友人だろうか。どの道これより先は審馬の出る幕ではない。
車に戻ると、東もすぐに校舎の方から走ってきた。メモを片手に、少し興奮気味に肩を上下している。
次回投稿は11/1(土)
を予定しております。




