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夜が明け、審馬は東を引き連れて晴翔の通っていた学校に向かった。
明津優芽に会うためだ。彼女は晴翔が殺された次の日に裁矢家を訪れている。
朝一から東に声を掛けに行った時、何故私なのかと彼女は心底億劫そうに言った。お前とだけは取り調べ行きたくないと、そんな空気感が露骨に東の態度に現れていた。
女子生徒を相手しなければならないからとか、そんなことを適当にまくし立てるように説明して、審馬は東を引き摺って車に乗り込む。
運転手は東だ。審馬は助手席で座席を倒してふんぞり返る。横から彼女の運転にああでもない、こうでもないとケチをつける。
だから嫌なんだと、東の愚痴が耳を澄まさなくても聞こえてきた。
学校に着いて、審馬達は生徒指導室に通された。しばらくしてチャイムが鳴り休み時間になって、小柄な女の子が室内にやってくる。
この娘が、明津優芽。ドアホンの画像でも緊張した様子で立っていたが、そこには好きな人の自宅に訪れて心臓が高鳴っているような初々しさがあった。
今、緊張気味にこちらを見上げる明津優芽の瞳は、訝しげに審馬を見つめている。
「麻布署の審馬です。こっちは東」
できる限り優しい声色で挨拶をしたつもりだが、自分の笑顔は引き攣っていたかもしれない。
「…明津、です」
明津優芽があからさまにこちらから視線を逸らしてそう言うものだから、審馬は肘で東を小突いた。
今、前に出るべきは審馬ではない。東であれば、まだ同じ女性として親しみやすさを抱きやすいのではないかと思ったのだ。
ちらりとこちらを睨みつけた東は、小さく咳払いをして明津優芽の方へと視線を向けて口を開く。
「休み時間も長くはないでしょうから、率直に聞きますね。明津さん、最近裁矢君のお家に訪ねてきていますよね。何の用だったんですか?」
「用、ですか?」
「はい」
「…プリントを、届けに」
「それだけですか?」
「…はい」
「晴翔君のお母様にはお会いになりましたか」
「会いました、けど…」
「何かお話になりましたか?」
「別に…そんな、特別なことは…」
…駄目だ、これは。
明津優芽が完全に萎縮している。相手の時間を気遣ってのことなのはわかるが、あまりにゆとりも遊びもない取り調べだ。
これではまるで尋問ではないか。
仕方がない、と審馬は椅子の背もたれに体を預けて、そしてジャケットの胸ポケットから煙草を取り出した。そのままライターの火を付けようとすると、狙い通り、咥えていた煙草を素早い動きで東に取り上げられる。
「学校で煙草吸う人がありますかっ」
「あ?良いだろ別に」
「言い訳ないでしょう!しかも生徒の前で」
「お硬いねぇ。お前が黙ってればいいだけの話だろ」
「そういう問題ではありませんっ」
「もうね、本当、真面目で嫌になっちゃうのよ。この人のせいで、俺、一体何回始末書書かされたと思う?」
「自業自得でしょう!」
ふふっ、と小さな笑い声が聞こえた。少し緊張が和らいだのだろう明津優芽が、咳払いをして平然を装っている。
「悪いな。別に君の事、疑ってるとかそういうんじゃないんだ。ただ、事実整理のために知りたいことがあって。報告書、ちゃんと作らないと怒られちゃうから」
こいつに、と口元を隠しながら呟いたが、東の鋭い視線を背中に感じた。
「刑事さんも大変なんですね」
「そうなんだよ。だから協力してくれると助かる」
「はい」
先ほどよりは明津優芽の表情が幾分か和らいだのを確認して、審馬は口を開く。
「明津さんが晴翔君の家を訪ねたのは、学校のプリントを晴翔君に届けるため、だったっけ?先生に頼まれたのか?」
明津優芽が小さく首を横に振る。「私が勝手に。先生は、別にもう良いよ、みたいな感じだったけど、私は裁矢君もクラスの一員だって思ってるから」
その言葉には、「皆も先生すらも思っていなくても」という意味が含まれているように感じる。
教師すら生徒を見放すような事が、晴翔が死ぬ前にあったということだろうか。
「晴翔君に、何があったんだ?」
明津優芽の芽が泳ぐ。何度も瞬きをして、けれど意を決したように口を開く。
「…蓮司君が自殺したから」
「蓮司君?」
「同じクラスの子。裁矢君達のグループが、ずっといじめてたの」
晴翔死亡の前に、同級生が自殺している?
審馬は明津優芽を見ていた視線をすぐに東へと向ける。その視線の意味を察した彼女は、すぐに部屋から出ていく。
「そんな話は、最初に学校の取り調べをした時はあがってこなかった」
「だって先生達、なかったことにしましたもん。そもそも、そういう風にじゃれて遊んでるだけだろってずっと無視してたし」
知名度の高い金持ち学校。確かに、都合の悪いことは見なかったことにして片付けてしまいそうだ。
「というか、ほっといても何とかなるって思いたかったんだろうな…私だってそうだったし」
「自殺した蓮司君と君は友達だったのか」
「友達ってほどでは…まぁでも部活が同じだったから、たまに話はしました」
「蓮司君は晴翔君にいじめられて、自殺した」
敢えてそう断定した言い方をすると、明津優芽の視線が鋭く審馬を突き刺す。
「裁矢君は最初の最初しか蓮司君のこといじめてなかったんです。最初だって、いじめじゃなくてただの喧嘩だったし。でも裁矢君も素直じゃないから、蓮司君と全然仲直りしようとしなくて、そしたらおふざみたいな感じで裁矢君のグループの子達が蓮司君にちょっかい出し始めて、それが段々とエスカレートしてきて…」
「なるほど」
「裁矢君はいじめてないのに裁矢君が主犯みたいに言われて嫌じゃないの?って私言ったんだけど、何か別にどうでも良いって感じで」
「それで、君は学校を休んだ晴翔君が心配で家を訪ねた、と」
「だって裁矢君、蓮司君が自殺したって全校集会で聞いた後も学校休むことなんてなかったから…」
「晴翔君には会えたのか?」
明津優芽が裁矢家を訪れた時には、既に晴翔は殺されている。当然会えるはずはない。
「会えませんでした。晴翔君のお母さんにプリントを渡して、あとちょっとだけお話を」
明津優芽の言葉に、審馬は静かに唾を飲み込む。
ここからが重要だ。明津優芽と菜穂子は一体「何を」話したのか。
「何を、話したんだ?」
噛みつくように尋ねたくなる気持ちをぐっと抑えて、審馬は慎重に言葉を選ぶ。
「裁矢君は悪くないよ、明日は学校来てね、私待ってるからとかそんな事を伝えてくださいって」
「晴翔君のお母さんは、それで、何か言ってたのか」
「裁矢君が悪くないってどういう意味?あの子のせいで人が死んだのにって。だから、蓮司君を虐めてたのは裁矢君のグループの子達で、裁矢君じゃないんだって伝えました。裁矢君が責任を感じることじゃないって」
あの子のせいで人が死んだのに。
菜穂子は、晴翔のせいで同級生が自殺したことを知っていたのだろうか。知っていたからこそ、明津優芽の言葉が引っかかった。
次回投稿は10/29(水)
を予定しております。




