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10-3

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけます( ´ ▽ ` )


Instagram:@kasahana_tosho

 晴翔の遺体の写真を机に戻す。丁度隣に置いてあった裁矢家の来客画像記録の一覧を眺めながら、審馬は言葉を続ける。


「送検にはまだ時間がある。明日、明後日までが山場だ」


 資料を捲る。事件発生前後に裁矢家に訪れた来客達がそこにはまとめられている。玄関に設置されたドアホンの画像記録だ。


 ふと目に止まったのは、日付的には晴翔が殺された次の日に裁矢家に訪れてた少女の画像。


 同級生、だろうか。晴翔が通っていた学校と同じ制服を着ている。手にプリントのようなものを持っていることから推測するに、晴翔と同じクラスの生徒かもしれない。


 学校を休んでいた晴翔のために、わざわざ自宅を訪れたのだろうか。


「どうしてだ」まだ会議室の入り口に立っていた四方が、そんな言葉を投げかけてくる。「どうして、そこまでして裁矢菜穂子に拘る」


「動機の墓守の話を東にしたのはお前だろ」

「動機の解明がお前の自己同一性なのはわかってる。それでいて、今のお前が裁矢菜穂子に拘る理由を聞いてるんだ」


 それは、どうして審馬が動機の墓守になったのかと、そんな根本的なことを聞いているわけではないのだろう。審馬が動機の解明に快楽を感じていることは、長い付き合いである四方はとっくに知っていることだ。


 それでいて何故なのかと問うのは、審馬が意味もなく動機に執着するとは思えないと、四方は考えているからだろうか。


 思い返せば、今まで審馬が担当した事件において、動機に拘って後悔したものなどあっただろうか。それは意識的なのか、無意識的なのか、何か直感的なものがそこにはあったから、審馬は動機を追い求めることを決して止めなかったのだ。


 今、目の前にいる犯人は、まだ何かを隠している。その隠された真実の裏側に、助けられるはずの命がある。今そこを見逃したら、もう取り返しのつかないことになる。そんな勘が、審馬の動機への執着をより強くさせる。


 四方はこれまでずっと審馬を見てきた。だから、審馬がただ自分のために、それこそ自慰目的で動機を追い求めているわけではないのだと気付いていたのだろう。


 審馬が裁矢菜穂子という人間に執着しているのは、彼女が綾香と同じ母親だからだと、今なら明確に思える。そしてその母親という存在が、この事件の真相に深く関わっているかもしれないからだ。


 そしてその真相の先に、昔の審馬が失ってしまった家族というものを深く知るきっかけがあるかもしれないと感じずにはいられなかったから。


 裁矢菜穂子という殺人鬼を通して、審馬は家族の答えを探そうとしている。


 そんなことを敢えて四方に言う気にはなれないが、彼はどこかでそんな審馬の心境を察したのかもしれない。


 だからこそ、四方は不安にも感じたのだろう。これ以上菜穂子に執着すれば、その動機に飲み込まれやしないかと。


 まるで、部下をしっかり見守ろうとしている上司のような態度だ。いや、先ほど菜穂子に執着する審馬の行動を自慰行為と皮肉めいたことを思えば、自分は決して壁を隔てた存在ではないと伝えたかったのかもしれない。


 四方のことを上層部の犬だと突き放したことを実は気にしていたのだろう。


 どちらにせよ、ずっと動機の墓守と揶揄され疎まれ続けてきたことが認められたような感覚に、気持ち悪さを抱く。


 これが美人の女上司であったのならともかく、四方であることが腹立たしい。


 警察官として、刑事として、ともに切磋琢磨してきた仲間である四方であることが。


「イキたいから以外に、何があるってんだよ」


 苦笑混じりに呟いた言葉は、四方にではなく自分自身に向けたものだった。


 素直に自身の心の内など語れやしない。


「…そうか」


 四方はそう言って優しげに笑った。またもや、審馬の心境を察した故の言葉だっただろう。


 どんな立場になろうと、どんな環境になろうと、四方という人間はきっと昔から大して変わってはいない。変わって見えるのは、そうやって生きることで自分自身を守ろうとしたから。


 審馬もそうだ。菜穂子も、きっとそうなのだろう。


 「で、他に調べないといけないのは何なんだ」


 こちらに近づいてきた四方が、並べられた資料を覗き込む。


「四方」

「お前1人で捜査してるわけじゃないんだ。麻布署で調べ尽くすと決めた以上、それを全うする責任がある」


 四方の言葉も審馬と同じように本心を隠したものだっただろう。


 けれどそれでも十分だった。それくらいの距離感と互いに気遣うくらいが、今の審馬には心地が良かった。

 

「今、資料を見て丁度気になったのは、裁矢晴翔が死亡した次の日に裁矢家に来ているこの子だ。裁矢晴翔のクラスメイトか、そうでなくても同じ学校の生徒のはず」


 持っていた資料を手渡して、審馬はそう言う。


「学校の生徒名簿は東が回収してきているはずだ」


 四方が視線を別の場所へと向ける。隣の机へと移動した彼は、その中から生徒名簿を見つけ出し、審馬に手渡してくる。


 晴翔のクラスメイトから探し始める。目当ての人物は予想していたよりも早い段階で審馬の目に止まった。


 明津優芽。晴翔のクラスメイトで、吹奏楽部に所属している。成績は中の下。素行に問題はなく、大人しい生徒。そして座席が、晴翔の隣。


 今の段階では、晴翔という人間を知る上で最も有力な手がかりを持っている人物だ。


「女子生徒か。東達に調べさせよう」

「いや、いい。俺が行く。それよりも他に調べておいて欲しいことがある」

「何だ」


 大量の資料の中から、裁矢家の防犯カメラに関する報告書を探し出す。


 それは、記憶の端で気にはなっていたが後回しにしていた一件だった。


「裁矢菜穂子が役所に出向いた日、あの女は大きなキャリーケースを自宅から運び出している。だが、役所には持ってきていなかった。つまり、どこかで置いてきたってことだ」

「確かに気になるな」

「あぁ」

「わかった。足取りを掴んでみる」

次回投稿は10/4(土)

を予定しております。

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