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小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますm(_ _)m


Instagram:@kasahana_tosho

「お互いに、頭を冷やすには良い時間だったな」


 菜穂子の正面の椅子に腰掛けながら、審馬はそう言う。皺の寄った報告書を記録係の刑事に投げ渡しなから菜穂子を見ると、彼女は相変わらず無表情のまま口を開く。


「…冷やす必要があったのは、貴方だけでしょう」


 加津子の殺害は、一連の事件の真相は、「救い」だったのか?


 そう直接的に尋ねても、きっと菜穂子は答えをくれはしないだろう。そもそも菜穂子にとって一連の殺人は「裁き」なのだ。


 真っ当な正義ゆえの殺害。


 さて、どう攻めていくべきか。


「裁矢加津子の内服管理をしていたのはあんただったってな」

「はい。夫の薬も私が管理していました」

「だから、薬を抜き取り悪用することは簡単にできる立場にいた」

「抜き取るというのは誤解です。義理の母は透析をしておりましたので、地震などの災害に備えて、災害用の持ち出しリュックに数日分の薬を分けて保管していたりはしていました。クリニックで防災訓練があった際に、そう説明されましたので」

「もしそれが本当だとしても、リュックの中に入っていた薬を息子や旦那に無理矢理飲ませたのだとしたら、それは悪用だ」

「そんなわけがありません。私より体格良い人達に、どうやって無理矢理飲ませるのですか?」


 加津子に対してであれば可能なようにも思えるが、加津子の死因は高カリウム血症による致死性不整脈。むしろ、薬を「飲まなかった」ことが原因とも言える。


 菜穂子の言うように、賢一郎や中学生になって身長も伸びて力も強くなっていたであろう晴翔に、取り押さえてでも薬を飲ませるのは困難だろう。


「薬を溶かし、夕飯にでも混ぜれば、相手に気付かれずに飲ませることができる」

「確かにその通りですね」

「あんたはそうやって、息子と旦那に薬を飲ませた」

「そう言われてしまえば、いつも食事の準備をしながら夫や義理の母の薬の準備もしていたので、知らずに混ざってしまった可能性はありますが…それはもうわかりません」


 やはりあくまで「自分が殺そうとした」事実を認めはしないか。


 先の賢一郎の殺害に関する取り調べの一件で、菜穂子は自身の「裁き」という動機への思いをより一層強固にしたはず。


 自分が薬を混ぜたのだと言ってしまえば、それはその瞬間に「裁き」ではなく「殺人」に成り変わる。


 結局どちらであろうと菜穂子が薬を混ぜたということ自体は揺るぎのない事実で、この事件は裁きでも何でもない殺人事件であることに変わりはないのだが。


 それでも、菜穂子はそのギリギリのラインで自分の犯した行為を正義だと考えている。


 自分のしたことは決して悪ではなかったのだと、自分自身ですら洗脳している。


「薬が丸々そのまま料理に入っていたら、普通は食べながら気が付くんじゃないか?」

「どうでしょう。息子も夫も、いつも携帯を見ながら食事をしていましたし」


 だとしても口に入れ噛んでいる間に気付くはず。それなら、薬を砕いて味の濃いカレーにでも混ぜたのだろう。


 そんな面倒をやって退けた先にあるものが殺意でなければ何だと言うのか。


 けれどその殺意は、恨みや憎しみといった類のものではない。


 指先で机を叩く。掴み切れずにいる違和感を何とか頭の中で整理しようとする。


「裁矢加津子についてはどうなんだ」

「どう、とは」

「透析患者なら、透析にも行かせず、薬も飲ませずに部屋に監禁すれば、簡単に裁くことができそうだ」

「そんなことするわけがありません。調べてもらえばすぐにわかると思いますが、義理の母は金曜日にも透析に行っています。服薬拒否は以前から度々ありましたが、むしろ私は何とかして飲んでいただいていました。クリニックの看護師さんとも、そのことについて面談をしたことがあります」


 加津子の体に手足を縛って監禁していたような痕は残っていなかった。確かに透析も休まず通っている。ともなれば、今の菜穂子の発言に嘘はない。


 机を叩いていた指を止める。違和感の紐を手繰り寄せるように、審馬はじっと菜穂子の顔を見る。


 そもそも、3件の殺人が同じ動機であると考えること自体が間違いなのかもしれない。


 状況証拠から考えれば、薬剤を混入させて殺害した晴翔と賢一郎に対しては明確な殺意があった。恨みでも憎しみでもない殺意。


 言うなればそれは、菜穂子自身に対する「救い」。


 薬剤を飲ませずに殺害した加津子には、晴翔や賢一郎と同じだけの殺意はなかったのかもしれない。


 それはもしかしたら、加津子に対する「救い」。

 

「…長い間、義理の母親を介護するのは大変だっただろ。そもそも同居自体、できない奴の方が多い」

「私の親は既に他界していますので、義理の母のことは実の母のように慕っておりました」

「介護は、自分の親だろうと辛いもんだろ」

「義理の母は、とてもお元気でした。ご自身で歩くことも、食べることもできていた。なので、介護というのは少し語弊があるように思います。ただ当然、透析をしておりましたので、先生や看護師さんとお話をしないといけないことや、病状が急変することもありました。夫が仕事で忙しい身でしたので、義理の母に何かあれば私が駆けつける、その程度のことです」


 菜穂子の発言と報告書の内容に相違はない。介護疲れが生じるほど、加津子に支援が必要だったとは考えにくい。菜穂子は専業主婦で、時間的な余裕もあったと思われる。


 そもそも介護疲れや憎しみが動機だったのなら、もっと衝動的に殺害していてもおかしくないはず。


 けれど加津子は、最後に殺されたのだ。


「疲れていたのは、義理の母親の方だったのか?」


 仕掛けるのなら今かと、審馬は頭の中で選び抜いた言葉を口にする。


 問い返す代わりに菜穂子の視線に鋭さが宿るのを、審馬は見過ごしはしなかった。


「人生に終止符を打ちたかったのは、裁矢加津子の方だったのか?」

次回投稿は9/13(土)

を予定しております。

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