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「審馬さんって本庁出なんですよね」
会議室の机に腰掛けた高橋は、思い出したようにそんなことを言う。
「それが何だ」
「いや、別に。本庁に高校の先輩がいるんですけど、その人から審馬さんのこと、動機に拘り過ぎて熱くなる、熱くなるせいで歯止めが効かなくなる人って聞いてたから、何だか大変そうだなって思っただけですよ」
「誰だそいつは」
正直なところ、警視庁にいた頃の審馬は周りの刑事に嫌われていた自覚がある。重大な事件を次々とこなしていかなければならない警視庁では、審馬のように一つの事件を深く掘り下げていこうとする刑事は鬱陶しくて仕方がなかっただろう。
だから、審馬を悪く言う人間は思い当たり過ぎて誰だか見当がつかない。
「言っても覚えてないでしょ」
「俺は俺の悪口を言う奴を絶対に忘れないし、いつか痛い目に遭わせてやろうと思ってる」
「怖っ。絶対一緒に仕事したくない」
「良かったなぁ、高橋。お前は地域課で」
「でもまぁ、そんな悪口って感じではなかったですよ。そういう人だから宜しくって感じで」
高校の時の先輩と言うくらいだから、きっと彼とそう年は変わらない30歳そこらの若造で、そんな奴に宜しくと言われるのも腹立たしい。
「誰が何と言おうと、俺は俺のスタンスを変えるつもりはない」
「そもそも、審馬さんって何で本庁から左遷されたんですか」
こちらの気を知ってか知らずか、高橋は遠慮なく人の領域に踏み込んでくる奴だなと思う。
思い返せば、警視庁にもこの男と同じような人格の持ち主がいた気がする。
名前は全く思い出せないが。
「…別に、理由なんて何でも良かったんだろ。邪魔な奴を排除したかっただけで」
「審馬さん、邪魔な奴だったんですか?」
「んなもん俺に聞くな」
「まぁでも、確かに麻布署でも若干お荷物扱いですよねぇ」
高橋の言葉に、審馬は手にしていた資料を勢いよく机に叩きつける。
「何なんだ、お前は。邪魔しに来たのか」
確かに警視庁から左遷されてきた審馬のことを皆腫物に触るように接するし、やけに動機に拘ることを疎ましくも思っているだろう。就業態度も決して良いとは言えない。
かと言って自分の考えを曲げるつもりは毛頭ない。お荷物で構わないと本気で思う。
そんな性格だから、「動機の墓守」などと仇名をつけられて陰口を叩かれるのも理解はできる。
だが、それが審馬の信念なのだ。どれほど疎まれようと、やっかまれようと、変えることなどできない。
目の前の事実だけを受け入れ、動機をおざなりにし、救えたはずの命を救えないなどということは絶対にあってはいけない。
少なくともそんな信念は、出世しか興味がなかった頃より何倍もマシな自分だと思うのだ。
「だから、係長を探してて」
「四方に何の用だ」
「地域課の方から上がってきた情報があって」
「何だ」
「裁矢加津子さん関連の話ですね」
高橋がひらひらと報告書を揺らす。審馬はそれを勢いよく奪い取って、急いで目を通す。
今回の事件においては地域課にも捜査協力を依頼しており、特に地元とのつながりが強いであろう加津子周辺の聴取をお願いしていたのだ。
報告書には加津子の友好関係や通っている透析クリニックについて、そしてそこから薬剤が持ち出されていないかどうかなどが記載されている。
菜穂子の殺害方法は一貫して薬剤によるものだった。全て加津子や賢一郎が病院で処方されていたものだったが、万が一も考えて病院の関与を疑っていたのだ。
結果は白。病院側が違法に薬物を処方したわけでもなければ、病院スタッフがそれに関与したような証拠もなかった。
だとしたら、やはり菜穂子が正規に処方されていたはずの薬を悪用したことになる。
「菜穂子が加津子に恨みを抱いていたような証言はどこからか上がってこなかったのか」
報告書を睨みつけながら、審馬はそう尋ねる。
「んー、まぁ加津子さんの面倒を見ていたのはマル害みたいですから、多少なりとも介護疲れみたいのはあったかもしれませんけど…できたお嫁さん、ってクリニックのスタッフさん達は皆言ってました」
加津子に何かあれば、まず第一に菜穂子に連絡がいく。菜穂子はそれを面倒臭がることなく、毎回しっかりと対応する。
確かに報告書を見る限りでも、そこにあるのは菜穂子の「できたお嫁さん」を強調する内容ばかりだ。
介護疲れと言っても加津子に認知症はなく、自立した生活を送ることができていたようだ。
殺すほどの精神的疲労があったのかどうかは、ここからは想像し難い。
だが、2人の間に他者からは見えない大きな軋轢があったとしたら。それこそ菜穂子の言うように、家庭というものは密室性の高い場所なのだから。
そんなことを考えて、ふと先ほどの取り調べを思い出す。
菜穂子はおそらく、賢一郎に対してさほど強い恨みを抱いていない可能性がある。だとしたら、恨んでいたのは加津子だったのか。それなら何故、加津子の罪状は他と比較して重くなかったのか。
菜穂子は加津子を恨んでいたのか?
居ても立っても居られなくなって、審馬は立ち上がる。向かう先は裁矢家だ。
報告書に書かれているのは、表面的な「できた嫁」の像。それなら、実際の密室の家庭の中では何があったのか。
この目で確かめるしかない。
「ちょっとこの報告書借りるぞ」
「良いですけど、じゃあ審馬さんから係長に渡しておいてくださいね」
「じゃあ四方に俺が持ってるって伝えといてくれ」
「はーい…って、それ意味なくないですか?」
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次回投稿は8/27(水)
を予定しております。




