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小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけます( ´∀`)


Instagram:@kasahana_tosho

「うるせぇ」

「裁矢菜穂子の言葉に真実などないのでしょうね。どうして頑なに夫への恨みを認めたくないのかはわかりませんが」


 東の言葉を聞きながら、審馬は顎の無精髭を撫でる。


 当然、全てが本当なわけでないだろう。だが、全てが嘘ではないのだと思う。少なくとも、菜穂子が今あの場で本気で思ってたことを口にしているように感じる。


 これが多重人格か何かで、今審馬と語り合った菜穂子とは別の人格があるのだと、そんな話になってしまったらそれまでなのだが。


 そんな突拍子もない発想はさておき、だとしたら、賢一郎に対して抱いている感情は本当に憎しみでも恨みでもない。もしかしたら、それが真実なのかもしれない。


 菜穂子はただ、目の前に並べられた賢一郎の罪から、彼に死刑判決を下しただけ。


 だとしたら、強い殺意があったのだという前提自体がおかしいのだ。


「東。逮捕状が出たあと、裁矢菜穂子の身体検査が入ってるはずだが」

「はい。してます」

「傷や暴行の痕はあったのか」

「ありませんでした」


 菜穂子には暴行を受けた痕跡がなかった。それは過去に受けた暴行だったからなのか、それとも暴行を受けていたのが菜穂子自身ではなかったからなのか。


 益々、菜穂子が賢一郎に強い恨みを抱いていたという線が怪しくなっていく。


「裁矢菜穂子のその罪状を鵜呑みにすること自体が、私は問題だと思います。そもそも家庭内の暴力というものは、殴るや蹴るだけが全てではないでしょう。精神的に追い詰めるようなやり方はよくある手口です」


 審馬の考えていたことを汲み取るように、東がそう言う。


「だとしたら裁矢菜穂子が敢えて暴行罪を選んだ理由はなんだ」

「それは…よく見かける罪状ですし、選びやすかったから、とか」

「そもそも罪状に対して死刑判決が重すぎる事は裁矢菜穂子自身も理解している。どうしても死刑に拘りたかったのなら、それこそ殺人罪にでもすれば良かったんだ。それを敢えてしなかったということは、少なくとも罪状に嘘は付きたくなかったってことだ」


 勿論、「喧嘩中に軽く引っ叩かれた」程度のものを暴行罪と称している可能性は十分にあるが。


 だがそれとて、本来であれば立派な暴行罪だ。それが家庭内、家族間で行われたものになった途端、警察が介入し罪を立証することが困難になること自体が問題だ。


 国の警察は、家庭という密室を前にすると、やたらと行儀が良くなるのだから。


 何であれ、賢一郎の罪状については今一度見直す必要がありそうだ。菜穂子でなかったのだとしたら、息子に対してか、それとも実母に対してか。勿論、全く家庭の外で行われていた可能性も捨て置けない。


「そもそも、どんな背景があろうと、自分の家族を、しかも子どもまで殺せてしまう時点で、まともな人間だとは到底思えません」


 東にとっては、どう足掻いても菜穂子は受け入れ難い人間なのだろう。信じられないという表情を浮かべて、彼女は言葉を続ける。


「子どもだって、望んで産んだんですよね。何があっても守りたいと思うのが、親というものでは?それを殺すだなんて」 


 東を見下ろして、審馬はその顔をじっと見つめる。


 何があっても守りたい。それこそ自分の命に変えてでも。


 それが、子どもという存在。


 ーーーまるで、お前は駄目な母親なんだと、そんな風に責められているような気分になるの。


 家族というものに向き合うと、脳裏で綾香の言葉が繰り返される。それは、かつてあったはずの家庭を審馬自身が過去のものにできていないからだろうか。拭い切れない後悔が、ずっと後ろから着いてきて離れないからかもしれない。


 子どもという存在を自分の命を投げ打ってでも守りたいと願うのは、子どもの立場から創造された理想の物語に過ぎない。


 少なくとも審馬はそう思う。


「東、お前、結婚してんのか」

「していませんが」

「じゃあ子どもは?」

「いるわけがないでしょう」

「だとしたらお前は、家族の何を知ってるんだ?」

「は?」

「お前には想像力がなさ過ぎる」

「意味がわかりません」

「それはお前が分かろうとしていないからだ」


 経験したことがなければ想像するのも難しいだろう。人は自分の見解以上のことを想像することなどできない。


 子どもを持ったことがない人は、本当の意味で「我が子と向き合うことの壮絶さ」を想像できないし、重い病を経験したことがない人は、その生活の細部や心情を完全には思い描けない。加害者や被害者の立場になったことがない人は、その葛藤や衝動を本当に理解することなどできやしない。


 まさに、綾香のことが全く理解できなかった当時の審馬のように。


「お前を見ていると、昔の自分を見ているようで苛々する」


 吐き捨てるように審馬は呟く。独り言のつもりだったが、しっかりと東に聞こえていたのだろう。綺麗に整えられた眉を吊り上げて、彼女は口を開く。


「そんな事を言ったら審馬さんだって、家族の何がわかるんですか」


 基本的に女性に睨まれるのは嫌いではない。睨むということはこちらを見ていてくれているからだ。怒った顔も魅力的で、妖艶さすら感じるからだ。


 だが、東に至っては強い嫌悪感と不快感を抱く。それは彼女が審馬の部下で、女性としてではなく警察官として見ていて、しかもまだ未熟で、その未熟さゆえに抱ける正義感に自分が責められている気分になるからだろう。


「あぁ、わからなかった。全くわかろうとしなかった。だから、俺の家は崩壊したんだよ」


 菜穂子どこから東からも逃げ出すように、審馬はその場から立ち去る。そのまま無心で捜査資料の置いてある会議室まで歩いて行って、余計な考えを消し去るように晴翔や加津子の遺体の写真を確認する。

次回投稿は8/16(土)

を予定しております。

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