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それでも、現金をちらつかせたり相手の弱みを握って脅すことで情報を得るよりは、ずっとマシなのだが。
「麗那っていうキャバ嬢を知ってるか。Club Reverieでは働いてるはずだが」
「麗那?うん。知ってるよ。何で?」
「聞きたいことがある」
「何々?事件絡み?」
「誰が教えるか」
「でも麗那は無理だと思うなぁ」
「何でだ」
「知りたい?」
「当然だ」
「じゃあ、ちゅーして」
梨々華が唇を突き出してくるから、審馬は隠す気も起きない溜息をつく。
これだからこの女とは会いたくなかったのに。
身長の低い彼女を見下ろす。舌打ちをして、審馬はやや乱暴に梨々華の唇を自らの唇で覆う。
軽いキスで済ませて離れようとすると、梨々華に強く頭を抑えられて身動きが取れなくなる。彼女の歯が審馬の下唇を甘噛みして、そして彼女の舌が審馬の口腔を舐めてくる。
幼稚な恋愛ごっこで済ませようとしている審馬を、この女は甘美な世界へと引きずり込もうとしてくる。
キャバクラ嬢は様々な情報を掴むのにはうってつけだ。客は酒と店の雰囲気と嬢と育まれていく関係の中で、普段では見せない、裏の顔を彼女達に見せる。見せるつもりがなくても、見えていく。それがキャバクラという場所だ。嬢達もそれがわかっているから、客達の裏の顔を見て見ぬふりをする。守秘義務というのも勿論あるだろうが、それが彼女達自身の命を守るために必要なことだからだろう。
だからこそ、審馬はキャバクラ嬢を利用するのだ。事件の犯人が、重要参考人が、家族が、キャバクラを利用していたら、彼女達は必ず事件の片鱗を知っている。事件を解決に導く重要な情報を持っている。
問題は、彼女達もそう易々と情報を提供してくれないことだ。特に梨々華のように情報提供者として慣れてしまったような嬢は、警察相手だろうと捜査に全面的に協力する善良な市民には成り下がらない。
その場合、本来警察としてやるべきことは情報提供者を変えることだろう。恐喝、殴る、蹴る、金で買収することなどもっての外だ。
だが実際、そういう刑事は少なくない。恐喝までは行かずとも、脱税や違法薬物使用の証拠を握って脅したり、端金をちらつかせて嬢から証言を取ってくることは日常的に行われている。
敢えて言う事でもないが、当然それは違法捜査だ。そしてそんなクズのようなことをするのは、審馬の信念に反する。
警察は正義でなければ。どれほど高い壁が立ちはだかろうと、刑事は法律の中で戦わなければ。
梨々華に情事の主導権を握られそうになって、審馬は彼女の体を抱き上げる。そのまま窓際まで連れていって、外の景色を拝みながら彼女の豊満な胸を露出させる。
この女の好みは、激しくて、そして大胆な行為。
脅しも金も審馬には必要ない。相手を夢中にさせる技術さえあれば、大抵の人間は落とすことができる。
ありがたいことに世の男の殆どは、自分が満足することに重きを置いていて、大した技術など持ち合わせていないのだ。
快楽は交渉だ。先に与えれば、相手は次を欲しがる。自分はそれをよく理解している。
お前のしていることも規律違反だろうと、審馬を責める者もいるが、脅迫罪や強要罪に抵触している連中に言われる筋合いはさらさらない。
あくまでこれは、合意の私的交際の範疇なのだから。
「審馬さんさ、刑事じゃなくて女風とかの方が稼げるんじゃない?」
裸のままソファに横たわっている梨々華が、足をパタパタと動かしながらそう言う。
「あ?」
「だって審馬さんとのエッチ、超気持ち良いもん。この感覚が忘れられなくて、またすぐ連絡したくなっちゃう」
「接待セックスなんだから当然だろ」
「まーたそういうこと言う」
「40過ぎたおっさんが、1日にそう何回もセックスできるわけないだろ。5回が限界だ」
「十分だと思うけど」
乱雑に投げ置いたジャケットを羽織る。ズボンのベルトを締め直して、審馬は梨々華の方へと振り返る。「で、どうして麗那は無理なんだ」
「だってもうお店辞めちゃったもん」
「電話番号とかメアドくらいは知ってるだろ」
「しても全然連絡返ってこないよ。まぁでもそうなんじゃない?夜の世界から綺麗さっぱり足を洗って、昔からの顔馴染のお客さんと結婚したみたいだから、私みたいなまだまだこの世界にどっぷり浸かってる人とはもうお付き合いしたくないのかも」
「住んでる場所とかも知らないのか」
「さぁ。でも、麗那から何をそんなに聞きたかったの?」
少し悩んで、そして審馬は胸ポケットから一枚の写真を取り出す。
「この男、知ってるか」
梨々華に見せたのは裁矢賢一郎の写真だ。彼がClub Reverieの常連客だったとしたら、梨々華も見覚えがあるだろうか。
「わぁお、イケメン。なんか見覚えあるなぁ…どこの誰だったっけなぁ」
「大手ハウスメーカーの営業だ。Club Reverieの名刺を持っていた」
「あれだ!佐々木さんと一緒にいた人だ!」
「佐々木さん?」
「うちの常連だよ。いつもうちを接待に使ってくれるの。でも多分、この人がうちに来たの一回だけだよ。その時は私が佐々木さんの相手してて、麗那がこの人の相手してた」
梨々華が審馬の持つ写真を指刺してそう言う。
裁矢賢一郎が店に訪れたのは一回だけ。だとしたら、例え麗那に会えたとしても、大した情報は得られなかったかもしれない。
「何を話していたとか、覚えてるか」
「さぁ?そんな大したこと喋ってなかった気がするよ。でも、明らかにキャバクラに不慣れな感じだった。結婚指輪も嵌めたまんまだったし。会計も自分のカードじゃなくて、佐々木さん名義だったよ」
裁矢賢一郎はキャバクラに通い詰めるような人間ではなかったのだろうか。彼がその日「Club Reverie」に訪れたのは仕事で、名刺はたまたまスーツの上着に仕舞ったままだったと。
完全に方向性を見誤ったか。キャバクラ嬢であれば裁矢賢一郎の為人を知ることができるかと思ったが、予想が外れたようだ。
「そうか。わかった。ありがとう」
写真を仕舞って審馬は脱衣所へと向かう。乾燥機から靴を取り出して、そのまま玄関へと持っていく。
「審馬さんっ」靴を履いていると、後ろから抱きしめるようにして梨々華が腕を回してくる。「またいつでも私を呼んでいいからね」
「もう呼ばない」
「ねぇ、何でそんなこと言うの。私役立たずだった?」
「この方針で捜査を進めるのは間違いだったと早々に気付けた分、役には立ったな」
「じゃあまた呼んでくれたっていいじゃん」
「梨々華」背中に乗る彼女を無理矢理引き剥がし、審馬は立ち上がる。後ろに振り返って、真っ直ぐ彼女の顔を見る。「杏に会いに行ったんだってな」
梨々華を軽く睨みつけると、彼女は萎縮したように俯く。
「綾香から聞いた。もう二度とすんな」
「それはっ!…それは、ちょっとでも審馬さんの役に立てたらって…」
「それが余計だって言ってんだよ」
性格上、あまり女に冷たい態度を取ることは好きではないが、こればかりは仕方がない。
梨々華とは距離が近くなり過ぎてしまった。あまりに、審馬の多くのことをこの女には教えてしまった。
踵を返す。玄関の扉を開けて、梨々華の家を後にしようとする。
「会いたいんでしょ。それなら、会えばいいじゃん。わがままでも良いから、会えばいいじゃんよ」
震えた声で彼女がそう言う。きっとその目には、沢山の涙を溜めているのだろう。
そうやって他人のことを自分のことのように思うことができる彼女は、きっと繊細な人なのだろうと思う。
「娘の命と刑事としての生きがいを天秤にかけて刑事として生きることを選んだ俺が、どの面下げて娘に会いに行くんだよ」
大きな音ともに扉が閉まる。梨々華はもう後を追ってこようとはしなかった。
次回投稿は8/6(水)
を予定しております。




