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Instagram:@kasahana_tosho



  1


 ※ ※ ※


「夏休みの宿題って、いつやるタイプ?」


 レストランでパスタをくるくると巻いていると、目の前に座る菜穂子が突然そう言った。


 菜穂子とは中学生からの付き合いで、その歴はもう10数年にもなろうとしている。だから私は、家族よりも彼女の事を知っていると自負している。


 高校生までは中高一貫校で、菜穂子とは毎日嫌でも一緒だった。卒業し別々の大学に入り、学生の頃のように毎日会えなくなっても、1ヶ月に一度は最低でも遊びに行っていた。そんな関係は、4年前を皮切りにすっかりなくなってしまっていたけれど。


 4年前、菜穂子が結婚し、出産したからだ。


 子育てというのは噂で聞くより何倍も苦労ごとが多いようで、その凄まじさは、菜穂子から日々送られてくるメッセージでおおよそ学んでいた。夜泣きだったり、イヤイヤ期だったり、繰り返す子どもの風邪に菜穂子が随分悩まされていたのを覚えている。


 子どもが1歳の誕生日を迎える頃には、1、2時間程度、子ども連れではあれど、年に数回は菜穂子と食事ができるようにもなったが、こうして2人でゆっくりと腰を落ち着けて夜まで遊びを楽しめるようになったのは、実に4年ぶりのことだった。


「何の話?」

「だから、美聡って夏休みの宿題、いつやるタイプ?」


 私と言えば、そんな菜穂子が経験している人生とは程遠いところにいた。


 彼氏がいたことは何回かあれど、出産子育ては勿論、結婚もしたことがない。実のところ、他人と一緒に住んだ経験もない。


 だから、菜穂子の突然のその質問に、私はいまいち頭の整理が追いつかなかった。


 菜穂子の子どもはまだ3歳になったばかり。彼女が仕事を始めてからというもの、子どもは保育園に預けているようだが、齢3歳の児童に宿題を出す保育園が、果たして世の中にあるのだろうか。


「どうだったかな。でも、8月31日に全部慌ててやるタイプだったかも」

「やっぱり?私もそうだった。てか、今夏休みって、今8月25日くらいまでらしいよ」

「え?それ、一周回って31日までになったんじゃないの?」

「え?そうなの?」

「いや、知らんよ」


 巻き終えたパスタを口に運ぶ。それで結局、何の話がしたかったんだと、心の中で呟く。


「じゃあさ、家事は?」また突拍子もないことを菜穂子は言う。


「は?」

「家事は、いつやるタイプ?」


 ますます菜穂子が何の話をしたいのかがわからなくなる。どうやら、子どもの宿題の話をしたいわけではないらしい。


「家事って、例えば何よ」

「じゃあ、皿洗い」

「皿洗い?」

「うん」

「食後とか」

「すぐ?」

「割とすぐ」

「何で?」


 何で?それは、何故食後にすぐ皿洗いをするのかという話だろうか?


 そんなこと、深く考えたこともない。食事を終えた後、すっきりした机でお茶を飲みたいからだろうか。置きっぱなしにしてカピカピになった茶碗を洗うのが面倒だからとも言える。所有している食器の数が多くないから、なるべく早く片付けておかないと次のご飯の器がなくなってしまうからというのも1つの理由だ。


「宿題は後回しなのに、何で皿洗いはすぐやるの?」

「だって後が大変じゃん」

「宿題だって、計画的にやらないと後が大変じゃん」


 確かにその通りだ。学生の頃、毎度のこどく宿題を休みの最終日に必死になってやっていたのに、今やそんな面影はない。


 宿題も皿洗いも、面倒なことに変わりはないはずなのに。


「というかさ、それ、後天的に学んだからじゃない?」


 私の言葉に、菜穂子は首を傾げる。カットフルーツが入った透明なティーカップに紅茶を注いで一口飲んだ後に、彼女は口を開く。「どゆこと?」


「だからさ、学生の時に宿題を後回しにして辛かった経験を経たから、今は後回しにしないというか」

「なるほど?」

「掃除もさ、やりたくないけどやるのよ。例のGの人を見たくないから」

「例のGの人と戦ってきた経験が、今、活かされているのね」

「そうやって、学生から積み重ねてきた経験が、今の面倒だけどやる私を生成したのよ、たぶん」


 まぁ、私自身はゴキブリと戦ってきてはいないけれど。これまでゴキブリと対峙してきたのは家族であって、私はおおよその場合、離れたところから「早くやっつけて!」と指示しかしてこなかった。一人暮らしを始めてからは絶対にゴキブリなど見るものかと、生ゴミの処理はこまめに行い、コロコロを寝る前の習慣とした。


「まぁあと、先を見通す力?っていうのが培われた?的な?」強いて言えばね、と私は言葉を付け加える。


「先を見通す力か…。でもそれも、結局は今までの経験の上に成り立ってるよね」


 虫が嫌いな私は、ゴキブリがでないためにはどうすべきかを考える。掃除、ゴミの処理。万が一出てしまった時に備えて、殺虫剤も用意する。これらは全て、ゴキブリと出会って対峙してきた過去の経験が、先を考える糧になっている。


 宿題も同じだ。なるべく早めに処理しておいた方が後々楽ができるという点において、ある意味仕事に活かすことができているように思う。まぁ、宿題と仕事では、抱えている責任の重さが段違いのような気はするが。


「で、何の話なの?これ」


 結局、私の思考はそこに戻る。

次回投稿は5/28(水)

を予定しております。

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