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6-1

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Instagram:@kasahana_tosho

 


  6



 裁矢家から押収された証拠品の数々を見ながら、審馬は腕を組み顎を撫でる。


 菜穂子が語った罪状から推測するに、彼女が最も恨んでいたのは夫である賢一郎なのだろう。


 暴行罪、準監禁罪および強制性交等罪。これは、菜穂子自身が夫から受けていた可能性も高い。


 殺害方法が薬剤だったことを思えば、最初に殺された晴翔は実験台、そして本命の賢一郎、加津子は犯行がバレてしまったからか、それとも嫁姑としてのいざこざがあったからか、どの道ついでに殺されたと考えるのが妥当だろうか。


 正義面をしていたところで、家族を殺す動機などたかが知れていて面白味に欠ける。


 だが、本当にそれが答えなのだろうかと、審馬は賢一郎の手荷物を探る。


 賢一郎の会社を取り調べしている刑事によれば、彼は若いのに優秀な出世頭で、営業成績もトップなのだという。歩合制によって給料は跳ね上がっているだろうに、庶民的な感性を決して忘れておらず、よく部下や同僚と牛丼屋や安い定食屋でお昼を食べていたようだ。それでも、飲み会の時などは大判振る舞いをしてくれるから、各所からの評判はかなり良い。


 人から恨みを買うような人には見えないと、皆口を揃えて言っていたと。


 典型的な外面だけ良くて最も近い人間を破滅させるモラハラ夫のそれだ。菜穂子の恨みは相当だったに違いない。


 だがそれなら、何故薬剤などという回りくどいやり方をしたのだろう。殺したいほど憎かったのであれば、寝込みを襲ってしまえば楽で確実だっただろうに。家族全員をまとめて殺したかったのであれば、この寒い時期なら家中にガソリンでも巻いて、火をつけてしまえば良かっただろうに。


 考えながら賢一郎のジャケットのポケットを探っていると、ひらりと一枚、紙が落ちてくる。


 名刺、だろうか。


 拾い上げると、それがキャバクラ嬢の名刺であると気付く。


 「Club Reverie」。見覚えのあるその店名に、思わず溜息が漏れる。


 以前に審馬も利用していたキャバクラだ。嬢の質も比較的良く、代表とは昔からの知り合いだったからよく通っていたのだが、面倒な嬢が1人いて、その関係を断ち切りたくて行くのをやめてしまったのだ。


 賢一郎はこのキャバクラに通っていたのだろうか。


 「麗那」と書かれた下に電話番号が載っていて、審馬はそこに電話を掛ける。だが、出ることは無い。


 舌打ちをする。キャバクラ嬢であれば、賢一郎の裏の顔を知っていたかもしれないと期待していたのだが。


 名刺を見つめて、そして携帯を見つめて、審馬は再び舌打ちをする。電話帳から久々に目にする名前を探し出して、電話を掛ける。


 相手は驚くほど早く出た。テンションの高い声が、耳から頭を超えてもう片方の耳まで響いていく。


 端的に話を聞きたいのだと伝えると、こちらの言葉を遮って、向こうから時間と場所を指定される。嫌だと返事をすれば、「じゃあ切るね」と言ってくるものだから、審馬は仕方なく指定された場所へと向かう。


 車で郊外へと向かう。雑草が伸びた駐車場に車を停めて、審馬は寂れたアパートの階段を上る。廊下を奥まで歩いていき、インターホンを鳴らす。するとすぐに、むせ返るような香水の匂いとともに扉が開いた。


「審馬さぁん。久々じゃん。ずっと連絡待ってたんだよ?」


 華奢な体に隠す気もない豊満な胸を携えた彼女は、審馬が「Club Reverie」に通っていた時によく話をしていたキャバクラ嬢だ。


「梨々華。悪いが俺は、もう一生連絡なんてするつもりはなかった」


 そして、関係を断ち切りたかったキャバクラ嬢、その人でもある。


「でも連絡してくれたんだ。嬉しいなぁ」

「電話でも言ったが、聞きたいことがある。『麗那』っていうキャバ嬢について…」


 言い切る前に、梨々華が「あっ!」と大きな声を上げる。


「何だ」

「お味噌汁っ!」


 バタバタと梨々華が部屋の中に戻っていく。部屋の奥から「あーん、もう最悪ぅ。溢れたぁ」という言葉が聞こえてきて、火にかけていた味噌汁が鍋から溢れたのだろうと、玄関から一歩も動かずに想像する。


 そのまま部屋の奥で物音がしている。梨々華のやたら大きな独り言も聞こえてくるが、審馬はじっと開いた玄関で彼女を待つ。


 やがて、全ての音が止んで静かになる。そこに違和感を覚えたのも束の間、床に何かが落ちたような大きな音と共に「あっつっ!」という叫び声が聞こえて、審馬は思わず室内に足を踏み入れる。


「おい、大丈夫か」

「審馬さぁん。お鍋落としたぁ。熱いよぉ」

「いいからさっさと冷やせ。どこやけどしたんだ」

「足…」

「風呂行け、風呂。ここは掃除しておくから」

「はぁい」


 梨々華と共に脱衣所に移動して、彼女だけを風呂場に押し入れて、審馬はバスタオルをいくつか手に取ってキッチンの方へと戻る。


 床を拭こうとして、そこで漸く梨々華の思惑に気付いて踵を返す。


 玄関に戻ると、そこには既に審馬の靴は見当たらなかった。


「あー、大変!審馬さんの靴がびしょびしょになっちゃったー」やけに棒読みな言葉が風呂場から聞こえてくる。「でも大丈夫ー。梨々華のお部屋には乾燥機があるからー。2時間くらいかかるけどー」


 梨々華の背中に向かって大きな溜息をつくと、意地悪な笑みを浮かべた彼女が振り返る。「まぁ、過ぎたことは仕方ないから、ゆっくりしていってよ。審馬さんっ」


「お前が言うな、お前が」


 ここまで家の中に引き留めることに躍起になられると、最早諦めもつくものだ。


 キッチンへと戻る。床に散らばった味噌汁をバスタオルで拭き取ると、それが全く熱を持っていないことに気付く。


 完全に梨々華にしてやられてしまったのだろう。


「ありがとう、審馬さん。梨々華のこと、本気で心配してくれたんだね」

「当然だろ」

「酷い別れ方したのに、優しいんだから…」

「哀愁に浸ってるところ悪いが、俺達は付き合っていたわけでもなければ、当然喧嘩別れしたわけでもないんだがな」

「ノリ悪」

「そろそろ本題に入って良いか?」


 梨々華との関係に特別大きな亀裂があったわけではない。純粋に審馬が彼女のこのペースについていけなくなったのだ。


 梨々華に捕まると、そう簡単には離してくれない。彼女の満足がいくまで、あの手この手で引き留めようとしてくる。


 梨々華を一人の女性として親愛を持って接するならともかく、審馬にとって彼女は、あくまで都合良い情報提供者の一人でしかなかったのだから、梨々華との近すぎる関係はある意味で害でしかなくなってしまったのだ。

次回投稿は8/2(土)

を予定しております。

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