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※物語の調整のため、文章を改編・追加しております。(2025/9/19)
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監視室から取調室の中を見つめながら、審馬は大きな溜息を付く。
場所が自宅から警察署に移されようと、菜穂子の主張も態度も何一つ変わらない。
3人の死は然るべき判決が下ったが故なのだと。お前が殺したのかと聞けば、「殺す?とんでもない。それは犯罪でしょう?」と答えが返ってくる。それならば何故、彼らの死因を知っているのかと怒鳴りつければ、「恐喝ですか?警察官って野蛮ですね」という全く違う返答を口にする。
脅しなど当然のように通用しない。あまりに問い詰めると、彼女は話を変えるように「私がここに来てから、どれくらい時間が経ちましたか?」などととぼけ始める。
そんな彼らのやり取りに溜息が出る。
刑事でもあろう人間が、のらりくらりと躱され、菜穂子のペースに巻き込まれている。
「ったく…素人かってんだよ」
思わずそんな言葉が審馬の口から出ていく。
「でも、あの裁矢菜穂子って人、本当に肝が据わってますよねぇ。あんな強面に怒鳴られたら、やってない犯罪も自白しちゃいそうですよ」
高橋が菜穂子の聴取をしている熟年刑事の顔を見ながらそう言う。
「今時マル害ビビらせて自白取ろうなんざ、古臭いんだよ」
高橋の言う通り、菜穂子が今の自分の状況に怯えることも取り乱すこともなく、あまりに淡々としているせいで、気付けば刑事側が彼女のペースに乗せられてしまっている。
だが、彼女が一切犯行を認めなかったとしても、状況証拠さえ揃えば逮捕は免れない。
犯人逮捕という点だけにおいては、自白など大して重要ではない。
けれどそう考えれば考えるほど、また更に菜穂子の行動に疑問が浮かんでいく。
菜穂子は何故、逃げ出すこともなくこうして当たり前のように警察署にやってきたのだろうかと。まさか自分が捕まるなどと、微塵も思っていなかったのだろうかと。
その美しい横顔をガラス越しに睨みつけていると、監視室の扉が開く。中に入ってきたのは四方と東だ。
「四方。どうだった」
「黒だ」
「だろうな。これで白だった方が怖い」
「姑の加津子さん、夫の賢一郎さんの服薬管理をしていたのはあの女で間違いない。薬の袋からも彼女の指紋が大量に検出されているし、薬局や病院にも彼女は顔を出している。晴翔くんが飲んだのだという酒については、破棄されていて確かめようがなかったが、普段から飲酒喫煙をしていたのは、同級生の証言から明らかになっている。遺体は今検死に回されているが、遺体の状態から推測するに、あの女の発言と相違はないと」
随分と仕事が早い。事件が発覚してまだ1日しか経っていないが、もうそこまで調べ上げたのか。
二日酔いを理由に監視室から一歩も出ようとしなかった審馬の代わりに、東達が駆けずり回ったのだろう。
「晴翔くんの遺体は発見時で既に死後4日は経過していたそうだ。賢一郎さんが2日、加津子さんが24時間以内といったところ。遺体が安置されていた部屋や遺体からもあの女の指紋が大量に検出された」
死後4日。それにしては遺体の腐敗状態はそこまで進んでいなかったように思える。
それは、高橋が部屋に訪れた時に感じたという異様な寒さが関係しているのだろう。
真冬の季節ということもあり、室内はそもそも冷え切っていた。そこに更に窓から冷たい外気を引き入れる。遺体の傍には保冷剤やドライアイスを設置し、できる限り腐敗を食い止める。
腐敗臭については消臭剤や空気清浄機を利用して何とか食い止めていたような印象だ。
殺した遺体をバラバラにしてどこかに埋めるわけでもなく、ドロドロに溶かしてトイレに流すわけでもなく、身なりを綺麗に整えて、死化粧まで施して、自宅の奥の部屋に安置する。
現場検証結果の資料によれば、遺体の傍に香炉が置かれており、そこには線香が立てられていたのだという。
「何より、この家に設置された玄関前の防犯カメラの映像から、裁矢菜穂子が被害者の死亡時間帯に家にいたことがわかっている」
四方が差し出してきた裁矢家の防犯カメラの資料を受け取って、審馬は軽く目を通す。
なるほど。それが菜穂子が黒である決定打になったわけか。
状況を一つ一つ把握していけばいくほど、菜穂子の行動の不可解さが際立っていく。
何故、彼らを殺す必要があったのか。何故、殺した後にわざわざ役所に訪れたのか。何故、警察と対峙して何食わぬ顔をしているのか。
それを一つ一つ紐解いていかなければ、到底この女の壁は壊せない。
「じゃあ、いよいよどうしてこの女はこんな意味不明な発言を繰り返しているのか、それを暴いていく番ってことだな」
そう言って、審馬は気合を入れるために両肩を回す。
今、菜穂子と対面しているポンコツ刑事では、いつまで経ってもこの事件は解決しない。今こそ自分の出番だと、審馬は四方の肩を叩いて監視室から出て行こうとする。
「必要ない。このまま殺人容疑で逮捕状を請求する」
すれ違いざまに、四方がそう答える。
「あ?」
「裁矢菜穂子の自供は必要ない。あの女が犯人なのは明らかだ」
四方の方へと振り返る。冷めた視線で取調室を見る四方の視線を遮るように、審馬は彼の前に立つ。
「あぁ、そうだな。あの女が犯人だろうよ。さっさと逮捕してくれ。でもそれで、はいおしまいはねーだろ」
「これ以上深掘りしてもあの女に振り回されるだけだとの課長の判断だ。このまま送検し、精神鑑定に出す」
確かに、実際にただのらりくらりとこちらは菜穂子に躱されている。警察という存在そのものが与える脅しは彼女には完全に通用していない。
だからこそ、そのまま彼女が何を考えていたのかもわかろうともしないまま、ただ精神疾患を患っているのだと断定しその不可解な言葉の意味を放置してしまうのは、あまりにセンスがない。
「私も課長のご判断に同意します」扉の近くに立っていた東が四方の言葉に賛同する。「これ以上は検察や裁判所の仕事です」
「だとしても、動機は探るべきだ」
「あの女がまともに供述すると思いますか?既に同じ押し問答を数時間繰り返しています」
「然るべき判決が下された、だったか?その言葉の中に、奴の真実が隠されている」
「私達の仕事は裁矢菜穂子が犯人である証拠を揃えることです。もうその職務は果たしました。事件の真相が知りたいだけなら、精神鑑定の後でも別に構わないでしょう」
「駄目だ」
次回投稿は6/28(土)
を予定しております。