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エイドスの地  作者: 黒石迩守
第三部 無花果の種子

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PSEU

「任務完了。撤収する」


 PSEUのリーダーである《奉仕者リテイナー》――軍備奴隷アレックスの言葉に従い、隊員たちは夜陰に紛れる蛇のように、ダッカー家の屋敷から迅速に退去を始めた。同じくPSEUでポイントマンを専任し、《新人ニユービー》のコードネームを与えられているイフルズも、同様に退去の準備を進める。


 ダッカー家の屋敷を出たバックヤードには、一台の完全自動運転(レベル5)のEVバンが停められている。都市のインフラ設備の維持管理を行っている、ルクスリアの基盤奴隷の公用車だ。車両に情報を要求すれば、すぐさま担当している奴隷のプロファイルや所属情報など、管理データが取得でき、身元が保証されているとわかる。


 隊員たちは当たり前のようにバンへ乗りこんでいった。PSEUは、この車両で平然とした顔で、自らの身分が基盤奴隷だと()()()()()()()身分を偽り、ダッカー家の敷地内に侵入したのだ。


 見た目も登録された車両情報も、完全に基盤奴隷の公用車のそれだが、中身は別物だ。ボディやガラスはすべて防弾仕様になっており、中には隊員が状況に応じて使用するための銃火器類やボディアーマーなどが積まれている。


 しかし、この都市の中で、それに気づける人間はいない。たとえ、高性能のセキュリティシステムで重量やX線の検査を行おうとも、検査結果そのものを改竄する欺瞞迷彩プログラムが、ルクスリアというシステムの上位階層から干渉するようになっている。


 環境建築物アーコロジーの都市機能を支配する軍属にとって、潜伏できない場所など存在しないのだ。


 隊員全員が乗りこむと、バンのバックドアが独りでに閉まり、PSEUの専用グループ回線に通信が入る。


〝お、お疲れさまです……揃ったみたいなので、帰投開始しますね〟


 PSEUの情報支援担当のオペレーター《天岩戸イワト》のルーナ・アサヒ大佐の声だった。人と話すのが苦手で、通信越しでも緊張して言葉につまりがちになるのだという。任務中の情報伝達はAIアシスタント経由なので支障はないが、PSEUの中で最も階級が高い上に、公民権を持っている人間が何を緊張するのか、イフルズには不思議でしょうがない。


 EVバンのモーターが静かに唸って駆動を始める。かすかに体が引っ張られるような慣性を感じると、隊員たちは覆面を脱いだ。


道化師ジエスター》の軍備奴隷ナール少尉が、壁に寄りかかりながら足を投げだす。


「ふいー、終わった終わった。あのアホ親父、まさか本当にやらかすとはな。身の程知らずにもほどがある。しかも今までの任務ん中で、一番楽勝だったってのが悲哀を誘うぜ」


 ルクスリアでは、〈官能〉を求める自由が許される反面、少々()()()()()者が時折現れる。それ自体は国の構造的に仕方がない。問題は、概念コンセプト()()が、それを放置することだ。


 どんなに過激でも、それが〈官能〉を求める行為ならば黙認する。それは確かに概念コンセプトらしい。しかし、人間らしい文明社会に、堂々とそんな〝ヴィラン〟を野放しにするわけにはいかないのだ。コミックならば、そんな連中を掃除してくれる立派なヒーローが戦ってくれるが、現実はそうもいかない。


 PSEUは、()()()()そういった手合いへの対処を秘密裏に遂行する特殊部隊であり、今回のレーム・ダッカー暗殺もその一環だ。


 ナールが車内を見渡しながら言う。


「このあと誰か飲みに行きません?」


 PSEUの実働隊員は六人で、情報支援のオペレーターをルーナが専任している。任務中の隊員のポジションは基本的に臨機応変で、隊員は複数の役割をこなせる前提だ。


「パス」


 即座にナールの誘いを()()()()()()な態度で断ったのは、《天秤ライブラ》のユスティナ・ディカイオス中尉だ。実働隊員の紅一点で、伸ばした赤髪をポニーテールでまとめている。


 公民権を持つ士官学校卒で、二〇代で中尉だというのだから、生粋のエリートだ。それがなぜ、こんな日の当たらない秘匿部隊に所属しているのか。癖のある隊員しかいない中で、正道すぎて逆に異質という隊員だ。


 その後ろに座っていた、頭から爪先まで機械に換装している全身義体の機械主義者メカニストが、重い体の駆動音を鳴らして身を乗りだす。


「オイルでいいなら。ない? ではパスで」


哪吒ナタ》のリエン・カマル大尉は、誰も性別も年齢も知らない。わかっているのは、趣味で肉の体を捨てて機械化した変人ということだ。


 続いて《木樽カスク》のグレン・グラント少佐が、ひらひらと手を振る。


「愛する妻と二人の天使が待っているからパス」


 グレンは古参の軍人で、隊のサブリーダーを務めている。話す分には妻と双子の娘を溺愛する普通の中年だが、任務中のナイフと銃を正確無比に操る動きは、熟練の兵士らしい落ち着きと風格がある。


 ただうっかり家族の話に触れると、話がものすごく長い。イフルズも入隊したてのときに、ナールにハメられて長話につきあわされて苦い思いをした。


 次々と誘いを無下にされるナールが、不満げに歯を見せて顔をしかめる。


「もうこんな時間じゃ寝てるでしょ」

「わかってないね、寝顔を見るために帰るんだよ。それに、もう遅くまで羽目を外せる歳じゃなくてね」


 リエンが機械の手首を回転させて見せる。


「機械の体、おすすめですよ。疲れ知らず」

「ゴツゴツした腕は娘たちが嫌がるなぁ。ただでさえ髭が嫌がられてるのに」

「私の顔はツルツルですよ」

「それ強化プラスチックのモニターじゃない」


 まともに相手にされなくなったナールは嘆息しながら、念のため、と言わんばかりの態度で、目をつぶって黙りこんでいるアレックスに訊く。


「リーダーは……」

「ベリカ准将への報告がある」

「あっはい」


 この部隊は本当に変だ、とイフルズは常々思う。隊員の顔ぶれは、公民権を持つ軍人もいれば、イフルズのような奴隷もいる。しかし、この部隊の指揮系統はルクスリアの中でも特異だ。


 リーダーを務めるのが、軍備奴隷のアレックスなのが、それを如実に物語っている。


 噂によると、ベリカが一〇歳の誕生日に、父親から買い与えられた奴隷がアレックスなのだという。以来、アレックスは滅私奉公という言葉を体現するように生き、ベリカの忠実な右腕であることが周知の事実となっている。


 それを物語るのが、軍備奴隷としては破格の中佐という階級だ。


 だが、表向きはどれだけ階級に開きがあっても、奴隷と公民の間には絶対的な権力差がある。一兵卒の公民でも士官の奴隷より立場が上なのが実態だ。それは暗黙の了解として、ルクスリア軍の慣習として存在する。あまつさえ、ベリカの右腕とはいえ、奴隷のアレックスの指揮に公民の軍人が大人しく従うなど、他の部隊ではありえないだろう。


 しかし、PSEUでは階級が絶対だ。隊員全員が、身分の貴賤ではなく、部隊の指揮者であるベリカにこそ服従しているからだ。


 ナールが泣き真似をしながらイフルズの肩を組んでくる。


「みんな冷たくて悲しいぜ。《新人ニユービー》、お前は来てくれるよな」

「いえ、オレまだ一七の未成年なんで、来年まで待ってください」

この国(ルクスリア)でそんな無粋なこと言う奴あるか!」


 近くで話を聞いていたユスティナが、刺すように静かに言う。


「ナール少尉」


 びくりとして、ナールはその場で座ったまま背筋を伸ばして姿勢を正した。


「ルクスリアでも法は法よ。私たち公民の飲酒に年齢制限はないけれど、あなたたち奴隷は違うわ。それに、人工アルコールには神経保護剤が添加されているとは言え、飲酒による酩酊感の認知バイアスが脳に与える影響を考えると、未成年が飲酒をするにはまだ早いわ。健全なる〈官能〉のためには、ルールを守ることも重要なのよ」


 滔々と語るユスティナの言葉に、ナールは短く「うす」と応えた。


「あと、イフルズ少尉を揶揄するために、任務外にコードネームで呼ぶのはやめなさい」

「……うす」


 ナールは少し()()が悪そうな顔をしていた。


 イフルズはPSEUの隊員として活動するようになって一年になる。


 その間に、奴隷に自由を与えるという建前で活動するアナーキスト組織《奴隷解放戦線》の壊滅作戦や、未認可のドラッグ《ペルソナ・オーバーラン》を流通させていた麻薬カルテルの殲滅作戦などに参加し、経験を積んでいる。確かに経歴的には、もう〝新人〟ではないだろう。


 だが、PSEUの伝統として、未だに《新人ニユービー》なのは事実なので仕方がない。


「俺は別に気にしてないですよ、ディカイオス中尉」


 ユスティナは微笑んだ。


「いつも言っているけど、ユスティナでいいわ、少尉。あなたは優しいから、ナール少尉をつけあがらせては駄目よ」


 別に本気で気にしていないだけだったのだが、どうもイフルズはユスティナとの会話に、いつもどこかすれ違いを感じる。


 ナールが天を仰いで大仰に嘆くように言う。


「オレとの扱いの差が如実ぅ。イフルズが入隊する前の《新人ニユービー》だった、初心なディカイオス中尉は一体どこに……」

「ナール少尉……」

「うす、すいませんっ」


 ユスティナに睨みつけられ、ナールは慌てたように姿勢を正した。いつものことだが、果たしてどこまで反省しているのか。


 PSEUでは入隊したての隊員には、必ず《新人ニユービー》のコードネームが与えられる。その後、実力が一人前と認められるとギャロップが支給され、機体名と同じコードネームを名乗るようになる。


 しかし、イフルズにはギャロップが与えられる気配が未だにない。


 ベリカの判断基準は不明だが、何かしらの理由はあるのだろう。それに、このままギャロップが支給されなくても別にいい、とイフルズは考えていた。


 いまさら、学生奴隷時代の夢だったギャロップパイロットになれると言われても、実感が湧かない――いや、心が動かない、というほうが正しい。むしろ、こんな形で、自分だけが夢を叶える機会を与えられること自体、間違っているとすら思う。


 ベリカは、わざと自分の適性試験の記憶を残したと言っていた。だから、アレックスもナールも、適性試験の記憶はないのだろう。自分もそうやって何も知らない奴隷として国に尽くせたら、どれだけ良かっただろう。試験結果で選ばれた配属先で働くうちに、学生時代の友人と()()()()()()()()()()()()()()()、疎遠になったな、とふと思い返すだけで済んだら、どれだけ良かっただろう。


 無意識にイフルズは自分の手首を力強く握りしめていた。


 そうだったら、素直にギャロップパイロットになれる可能性を無邪気に喜んだはずだ。だが、イフルズは今の自分が殺戮装置だと知っている。自分の中の壊れた理想を歯車にして動く機械人形だ。


〝あ、り、リカちゃ……ベリカ准将から、連絡が来たよ。『アヒルは外れだ』、だって〟


 PSEUの専用グループ回線にルーナの声が流れ、イフルズは我に返った。


 報告を聞いて、今まで目をつぶっていたアレックスが瞼を上げる。


「どうやら」


 アレックスが口を開いた。


「今回も〈種子ビージヤ〉ではなかったようだ」


 片眉を上げてグレンが応える。


「まぁ、でしょうな。アレがこの国を滅ぼす因子になりえるなら、この国はとっくの昔に終わっていたでしょう」


 ベリカがPSEUを編成し、ルクスリアのヴィランを排除しているのは、事の()()()に過ぎない。


 この部隊の真の目的は――〈種子ビージヤ〉と呼ばれるものを発見し、抹消すること。


 イフルズは、ベリカが〈種子ビージヤ〉について語っていたことを思いだす。


 その名の通り、この国を滅ぼす可能性を秘めた伝承のことを。

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