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エイドスの地  作者: 黒石迩守
第二部 月も登らない空の下で

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幕間Ⅴ:〈闘争〉

 適性試験の観賞用VIPルームで、無聊な時を過ごしていたベリカは、ある違和感を抱いた。


 ベリカがそのことに気がついたのは、彼女の無意識に根差している知覚が、それを見逃すはずがないという偏執的な蓋然に近い偶然だった。


 ナンバリングされた立体映像ホログラフイが戦場を切り取って映しだしている中で、義務的な観賞を入力として受けていると、ベリカ、あるいはフィロ家の血筋――高度に情報化された家訓である血族の共有幻想(ブラツド・マトリクス)――は確実にそれを目敏く見つけた。自身に具わっている〈闘争〉の官能の等級(センソリー・グレード)という情報処理能力が訴えかけるのに従い、彼女は膨大な戦場の中から自分が欲しているものを抽出する。


 それは一人の学生奴隷の少年だった。今の今まで気がつかなかったが、戦場が終局に向かっている中で、ベリカはそれを見つけだした。


 少年の動きは、ある時を境に激変したため、それがベリカの視野の端に引っかかったのだ。過去ログを参照すると、それ以前の動きも素晴らしいものではあったが、()()()()()というだけで、特筆すべきものはない。


 しかし、少年が敵に占領された拠点に戻ってきてからは、感嘆の息が漏れる。


 少年は無機質で完璧な殺戮装置だった。相手をいかに素早く正しく殺すかという動きに特化し、機械的で昆虫のようでもある。肉体の使い方に無駄はなく、五感で得た情報はすべて敵の命を止める方法論へ繋がっていた。


 少年がまず最初に殺したのは自分の感情だろう。自分の殺意の理由を冷たい激情とし、怒りに任せない戦場の理屈で判断を下している。


 ()()()()


 それ以外のものは、ことが済むまで削ぎ落とし、持ちこまないというのは、存外に難しい。戦場であれば痛みがあるし、緊張があり、恐怖も湧く。それらすべてを排して、設定した目標のために突き進むには、狂気の理性で己を律するしかない。


 あれは、戦うための本能――〈闘争〉が()()()()者の動きだ。


 ベリカは迷わずに管理者であるファルマに命じた。


「あの学生奴隷は私が個人的に買う」


 奴隷管理AIは、突然の要請に戸惑ったのか、やや間をおいて返答する。


〝……奴隷は国備品であり、国の所有物となります。そのため、私的購入は適性試験の結果を踏まえたあとに開示される、国有財産の一般競争入札にご参加いただき――〟

「正規の手順は飛ばして構わん。私の権限で許可する。金額もいくらでもいい。あれは金に換算できるものではない」


 少し間が空いたあと、ファルマは言った。


〝では、記憶の洗浄処置と肉体の治療を施してから、ベリカ様の元にお届けをしますので――〟

「いや、()()()で構わん。と言うより、未加工で無ければ意味がない。いいか? 記憶の洗浄は行うな、未加工のままでいい。あぁ、治療はきちんとして身体を新品同様にしてやれ」


 通常、適性試験を突破し、正式に奴隷となる者たちは、記憶洗浄が行われ、試験の記憶を消される。いくら適性試験の主要な目的が『人を殺す適性』の確認とは言え、過酷な戦場で戦争神経症シエル・シヨツクを発症し、その後の奴隷の運用に支障を来たしては本末転倒だからだ。


 なので、()()()()()ことが確認できれば、無駄な負荷を掛けて奴隷が壊れるリスクを残しておく必要はない。あまつさえ、殺しあいを強制されたという記憶は、奴隷たちの反発を招くだけで、百害あって一利ないものだ。


 しかし、ベリカはその危険性が必要だと言っていた。


 ベリカは購入を決めた学生奴隷のプロファイルをARヴィジョンで表示する。そこからさらにリンクを辿り、複数のウインドウで少年の奴隷学校での成績や交友関係をチェックしていき、途中で手を止めた。そこには興味深い特記事項が載っていた。この学生奴隷の少年はアルト氏症候群というVRPDを持っているという。


 肉体の性能は十分に優れているが、情報処理能力は貧弱ということだ。しかし、あの肉体の性能は、VRPDという特性によるところが大きいのも間違いないだろう。この世界で、情報処理能力が欠落しているというのは、どのような世界を見ているのか。そして逆に、物理的な自己の肉体に対する認識はどこまで行き渡っているのか。


 手元に置くのならば、最大限に性能を引きだしたいところだ、とベリカはしばし思案を巡らせる。


 そして、ふむ、と小さく頷いた。


「あともう一つ。これは必須ではないが、可能ならばあの死んだ少女――識別子はENCH-TREESか――の死体も回収し、保存しておけ」


 不可解な数々のベリカの注文に、しかし相手が国軍の少将ということもあってか、ファルマは何も言わずに従った。


 ベリカはじっくりと、戦場でひたすら敵を殺す少年を眺める。そこには彼女にしかわからない『美』がある。およそ、多くの芸術品がそうであるように、ある一定の完成度に達した作品の差異が、特定の感性を持つ者にしか評価できないのと同様の『美』だ。


「あれはいい」


 ベリカは誰に言うわけでもなく、満足気に呟いた。


 識別子IFLS-ALT4S。


「あれはいいぞ」

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