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エイドスの地  作者: 黒石迩守
第二部 月も登らない空の下で

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幕間Ⅳ:しき

 国家のネットワーク管理の中枢は、どれも宇宙に似ている。


 暗黒の中に明滅する光が点在し、あたかも星のようにきらめきを放つ。それら一つひとつは、この世で行われている遠い国外の通信の様子だ。KUネット上で何かしらのやりとりが行われているとだけわかる、他の概念コンセプトの支配領域の営み。


 逆に、自国のネットワークは、ありありと見える。


 この中枢に接続する者の視座は、ちょうど惑星の衛星軌道に近い。惑星に引き寄せられる重力と、そこから逃れようとする移動速度が釣りあった、永遠の落下地点。遠くに見えるが、はっきりと全景を臨める可視化されたネットワークは球体で、管理者はその周囲を巡るのだ。


 ルクスリアでは主要なネットワークは二つ――都市という単位でネットワークが存在している。規模が異なる二つの都市のネットワーク球は、大小の異なる連星のように並ぶが、そこに重力相互作用は存在しない。そのため、さながら宇宙のようであっても、管理者は三体問題に縛られずに自由な軌道を描ける。


 連星系は互いに光で結ばれていた。相互に通信のやりとりが存在し、ネットワーク同士でも通信経路コネクシヨンを表す無数の細い繊維が生えているのだ。至るところで両者は繋がっているため、二つのネットワークは薄い繭で覆われるように、ぼんやりと卵形オーバルのような輪郭を持っている。


 そう、ネットワークは通信の集合体であり、球体に見えるネットワーク球も通信経路コネクシヨンにより縒られた繊維の糸玉に過ぎない。


 ネットワーク球に近づいてみれば、それが細かな光の束で編まれたものだと誰もが気づけるだろう。国内で行われる通信は光として視覚化され、ノードからノードへと奔る輝線が引かれているのだ。


 通信は無数にやりとりされ、縦横無尽に駆け巡る。ノードの物理的な座標がVR空間上の座標に変換され、位置関係ができあがり、距離が生まれ、情報がユークリッド空間上に表現される。そうして最適化を目指していくと、情報の関連性の重力が生まれる。情報の万有引力に引き寄せられた宇宙塵のようなノードが、自然と球体になっていくのだ。


 この管理中枢にいる者は、国内のすべてを知ることができる。国内のすべてのデータが収集され、可視化された惑星で、衛星画像の解像度を上げるように望む場所を覗きこめばいいのだ。


 だがそれは、それを解析するに足る情報処理の速度と分解能を持っていることが前提だが。


 惑星に生きる者が、独力では自分の生きる場所を眺められないように、ネットワークも例外ではない。その惑星と同義たる存在でなければ、その詳細を把握できるわけがないのだ。つまり、ネットワーク管理の中枢を作りあげられる者のみが、このルクスリアの天球儀に意味を与えられる。


 すなわち、概念コンセプトたる()()だ。


 しきは妙齢の女の姿をしている。この姿は、彼女が概念コンセプトとして発生したときには持っていなかったものだ。数百年前に姿を隠すことを決めたとき、彼女はこの似姿アバターを自分だと定義した。柔らかな色味の金糸の髪を長く伸ばし、狼のような琥珀色の瞳に、赤いワンピース。


 天球儀に接続できるのは、しきと、彼女が許可した人間だけだ。


 その内の一人が、しきにルクスリアの体現者であると選ばれた、当代のルートであるソニアだ。


 人生の峠の下りの麓にいるソニアは、すでに寝たきりの状態で、BRでは生命維持装置に繋がれ、会話もままならない。VRでのみ会話ができる彼女こそが、この世で数少ないしきと言葉を交わすことができる人間の一人だった。


 老齢のソニアは白い流木のような痩せ細った手足をし、その顔には深い皺が刻まれている。しかし、その髪や瞳は、しきと同じく金髪で琥珀色の瞳をしている。顔の作りも似ているため、一見すると母娘のように見える――無論、実年齢はかけ離れているが。


 普段、しきはこのルクスリアの天球儀から、外に出ることはほとんどない。


 この場にいれば、ルクスリアのすべてを知ることができるのもあるが、彼女は自分の目的を果たすまで、なるべく外界と接したがらないのだ。そのため、ときおりソニアが天球儀を訪れ、他愛のない会話をして過ごす。


 落ち着いたアルカイック・スマイルを崩さず、感情らしい感情を表に出さないしきだが、その日は違った。


 ソニアとの会話の最中、突然驚いたように瞠目したのだ。


 情報の支配者である概念コンセプトらしからぬ表情に、ソニアは訊く。


「……どうかしたの、しき」


 しきは、自分の存在を確かめるように、己の頬をさする。


「今、誰かが私に触れました」


 自分の中から湧きあがった感覚を確かめるように、しきは胸に手を当て、もう片方の手で顔を覆う。


「肉体を持たない私に、確かに誰かが()()()のです」


 しきは、初めての感覚に戸惑っているようだったが、その表情は感極まった喜びに満ちていた。長年連れ添ってきたソニアはおろか、しき自身も己がそんな顔をしたところを見たことがない。


「そう」


 ソニアは応えた。


「完成したのね」


 ソニアは、肩の荷が下りたように寂しげに笑みを作った。

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