06.温かな寝室にて
極上の温泉と疲労からウトウトしかけていれば、侍女からそっと声をかけられた。
「姫様、お風呂の次はお食事となります」
「いや、お腹は空いていないので大丈夫だ。それより寝室へ案内してくれないだろうか」
「分かりました。お疲れですよね、すぐにお部屋へ案内します」
「ありがとう」
お風呂であんなに良くしてもらっておいて、食事まで頂くのは流石に申し訳ないからな。
さて、魔王様は夜の訪問もないと言っていたし一体どんな部屋に案内されるやら。
掃除も施されていない埃だらけの部屋だろうか。廃墟のような壊れかけの家具が置かれただけの部屋だろうか。いやはやこの城の中ですらなく、この寒空の下すきま風の吹く物置小屋のようなところに連れていかれるかもしれない。
王宮で私達家族が住んでいたボロ小屋よりマシだといいなと願う。
もし部屋の掃除をしろというなら道具さえ貰えれば何とかなるかと腕まくりをする。じっとしているのが苦手な私は体を動かす目的でよく家の掃除をしていたし、側室の嫌がらせで王宮の掃除を命じられて、渋々メイドたちに混ざりながら暗くなるまで永遠と掃除をしていた。なんであんなに粗を探すのが得意なんだか。
そんな事を考えていれば、気がついたらもう到着していたようだ。
案内されたのは想像していた通りボロ小屋……
などではなく、調度品が全て完璧に磨かれどこを見ても埃ひとつない素敵な部屋であった。窓は割れていないし家具も倒れていないし、ベッドも薄っぺらい敷布団ではなくふかふかのベッドだ。
部屋の全体的な色合いがパステルカラーのものが多く、この私には似合っていない気がするが、センス良く纏まっているのもあり嫌がらせの一種とかではないと感じる。
「姫様がお風呂に入っている間に応急的に部屋の改装をしましたので、好みではなかったら遠慮なく仰ってくださいね」
「あ、ありがとう。気に入ったよ」
「ルネディア王国の流行や好みが調査不足のため心配でしたが気に入って頂けたなら幸いですわ」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。
ちなみにルネディア王国の流行は私も知らない。義姉達の部屋に行ったことはあるが、煌びやかを通り越して装飾が多くて目に痛く、香水が強くて長居はしたくなかった。しかしこの部屋は居心地がよくて良かったなと思う。
「それではゆっくりお休みください。何かありましたらテーブルにある鐘を鳴らして頂ければ直ぐに参りますので」
そうして侍女たちは速やかに退室して行った。
なぜこんなに良くしてくれるのか。やはりあんなことを言っていたが、魔王様が部屋に来るのではとソワソワベッドの上で正座をして待っていた。ふかふかなため少し正座がしにくいのにも感動する。
今まで薄い敷布団生活だったため、義姉達のような天蓋付きのベッドに憧れていたから少し嬉しいような気もする。
しかし、待てど暮らせど一向に来る気配がなく。
今は日付が変わって一時間ほど経過した頃だろうか。うつらうつらと船を漕いでいれば、部屋の扉がそっと開けられた気配がした。普段早寝早起きを心がけている私は、久しぶりの夜更かしに寝そうになってた瞼を押し上げる。
「うわっ、何アンタ暗闇で正座して何してんのよ。怖いわよ」
いきなりの光源が眩しく瞬きをして眠たげな視線を向ければ、そこに居たのはやはり魔王様であった。こんな時間まで起きているとは、魔族は夜行性だったりするのだろうか。
私は慌てて佇まいを直し、よだれが出ていないか確認してから向き直る。
「魔王陛下を待っていました」
「アタシさっき来ないっつったでしょ」
「でも今来てるじゃないですか」
「ちょっと様子を見に来ただけよ。まったくもう、さっさと寝なさい」
そう言って色気も何も無い形で押し倒され、布団を肩まで掛けられる。最早お母さんだ。流石にポンポンと叩いてくれたりはしなかったが、されたらされたで困るからいいや。やばい、布団に入ると凄く眠いな。
それにしても、瞬発力や物理的な力も魔王様の方がずっと上だと確信する。私が寝そうなのを加味しても、まるで赤子のようにベットに寝かされてしまったのだから。
「お抱きにならないなら、何故こんな良くしてくれるのですか?」
「……あら、まだ風呂に入れただけよね? それにご飯も拒否して寝室に向かったって聞いたのだけど」
「初めて入った温泉も、こんな温かくていい部屋も用意してくれて……充分よくしてもらいました。ご飯は今朝方にパンを食べてまだ腹が減ってませんでしたので」
普段は一日に一回何か食べられたらいい方で、今日は旅立ちのため家に残っていた食材をかき集め、全て食べていたのでそこまでお腹が空いていなかった。
「それでお腹が膨れるって人間って少食なの? まぁいいわ、明日はちゃんと食べなさいよ。ガリガリは好みじゃないわ」
「分かりました」
ご飯が貰えるならと大人しく私は頷く。そしてやはり魔王様は豊かな胸が趣味なのか……と納得していれば、何か感じ取ったのかジロリとした瞳を向けられる。
「おやすみなさい」
私は誤魔化すようにまぶたを閉じる。
そして私は初めて雨漏りや隙間風に怯えずにふかふかの布団で眠りについた。私の特技は三秒で寝れることなのだが、今日は馬車と全力ダッシュの移動で疲れた上に、温泉にも入れた効果か、本当に眠りにつくまで一瞬だったと思う。
「えぇ、おやす……待って、もう寝たの?」
そんな困惑の声は私の耳には届かなかった。