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雲一つなかった青空は突然厚い雲で覆われ、辺りに大きな雷の音が響き渡る。神殿が地響きで揺れ、辺りはバケツをひっくり返したようなほどの勢いで雨が振りだした。
『ジャスミン、そなたは無実だ。我が名はエリク。この国で我が名を知らないものはいないだろう?我は嘘を嫌う。それはお前らが良くわかっているはずだ』
神殿に集まった人々は悲鳴をあげることもできず、ただただ震えながらこの状況を見守っていた。殺されそうになっていたジャスミンの前に現れた、目が眩むほどの美しい容姿の人物。オレンジの髪は眩しいほどに光り輝き、深紅の瞳は嘘を見抜くような恐ろしさを含んでいた。なにより彼がこの国で信仰されているエリク神の名を名乗ったことで、人々は徐々に膝を折って地面に頭を付けていく。
エリク神が視線を向けるだけでジャスミンを縛り付けていた鎖は一瞬にして灰に変わった。ジャスミンは目の前にいる神から目が離せなくなり、エリクは輝かしい笑みをジャスミンに向ける。
『お前は清い心の持ち主だ、ジャスミン。しかし、我だって正しいことが好きな神じゃない。人の願いを叶えてばかりだとつけあがる。人間とはそういう汚いものであり、我はだからこそ退屈しない。だからこうして儀式を行わせて、隠し通したい嘘を暴いて、人々が狂った姿を見ているのだ』
神殿の外では轟音が鳴り響き、建物が崩れる音や逃げ惑う人々の悲鳴も聞こえるというのに、目の前にいるエリク神の言葉は神殿内にいる全員の耳元に静かに響いていた。
『ジャスミン、我をもっと楽しませてくれ。外で逃げ惑う人々を救いたいだろう?』
その質問は有無を言わせぬ威圧感を含んでおり、ジャスミンは困惑しながらも首を縦に振った。
『はは、清廉なお前ならそう返答すると思っていた。条件は簡単だ。ジャスミン、お前が愛するヴィクトルからたった1人、お前の記憶だけを消してやる。ヴィクトルはこの先、ジャスミンのことだけを何も思い出せなくなるだろう。ははははは、我ながら面白い考えだろう?』
「…っ、それは」
エリク神の提案に、ヴィクトルは焦ったような表情をする。多くの国の民とたった1人の記憶。この国を思うのであれば簡単な答えだった。