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平民であり、頼れる人も居らず、貧しい日々を過ごしていたジャスミンがヴィクトルに拾われたのは、半年前に倒れていた彼を助けたことがきっかけだった。小さな山小屋で薬草を収集し、薬を作って暮らしていたジャスミンは、たまたま酷い怪我をした青年に出会い治療をした。獣に襲われたのか体中が傷と泥だらけであり、最初ジャスミンは彼の正体に気付かなかった。しかし、治療の後に彼が目を覚ました後、ジャスミンは彼がこの国の皇帝であるヴィクトルだということに気付いたのだ。
その後はヴィクトルが感謝をしたいと告げ、ジャスミンに仕事を与えてくれた。王城にある温室の中に薬草を育てる薬草園を作ってくれ、同じくらいの年頃のリーリエの話し相手になるという仕事も与えてくれた。仲良くなったリーリエは時々、ジャスミンに「兄様にとってきっとジャスミンは特別な存在よ?」なんて笑って教えてくれたが、ジャスミンはそのたびに心苦しく思っていた。
”ヴィクトル様はただの恩人だから”
そう答えていた気持ちは、本当はずっと嘘だったのだ。
「私が生涯吐いた嘘はそれだけです。リーリエ様を貶めたのは、誓って私ではありません。…きっと、この後の儀式でエリク神が証明してくれるはずです。ヴィクトル様、どうかリーリエ様のことをよろしくお願いします。そして、どうかこの先も健やかにお過ごしください」
いつのまにかジャスミンの頬にも涙が伝っていた。けれど、自分が死ぬことで無実が証明されるなら、これ以上の幸せはない。愛する人に殺されることも…きっと誰よりも幸せだ。貧しい暮らしをして、静かに死んでいき、誰にも気付かれない日々を送るはずだったジャスミンは今、誰よりも恵まれているだろう。
「…ジャスミン、君の言葉は受け取った」
ヴィクトルがそう告げた声は小さく震えていた。そうして、ジャスミンの頬に優しくキスを落としてくれるヴィクトル。しかし、ヴィクトルはその後、剣を大きく振りかざした。彼自身も今、するべきことがわかっていたのだ。
そうしてそれは…一瞬の出来事だった。
ジャスミンの首元にヴィクトルの剣先が当たった瞬間、周囲に眩しい光が立ち込める。その後、神殿中に大きな”誰か”の声が響き渡ったのだった。
『あぁ、久々に楽しめそうだ』