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【 第4章 毒の雨が降る国で 】



ジャスミンがザハール国を出る少し前のお話。

隣国ラヴィル国でのこと。



ラヴィル国の執務室で、イヴァンは苛立ったように爪を鳴らす。短く刈り揃えられた黒の髪と視線が会うだけで怯えさせるような緑の瞳。片目は剣の傷によって失っているため眼帯を付け隻眼だというのに、イヴァンの視線に執務室にいる誰もが震えあがった。


それにしてももう何日、こうした日々を過ごしているのだろうか。なぜか計画は上手くいかず、部下たちから送られてくる報告書に腹立たしさすら覚えていた。イヴァンはそうして執務室の机をガンっと蹴り上げる。


「いいから報告を続けろ」

「は…はいぃ…」


イヴァンの前で体を震わせる髪の薄くなった宰相の男。そんな彼は震えながら手にした報告書を読み上げた。


「ザハール国に忍ばせたスパイの報告によれば、なんらかの力で毒に倒れたはずの王妹・リーリエ様が復活し、人々の前に姿を現したということです。…えぇ…それで、ですね…」


どこか言いづらそうに言葉を途切れさせる宰相を見て、イヴァンはもう一度机を蹴り上げる。


「いいから、報告を続けろ」

「は、は…はい!!それが…なぜか我が国がリーリエ様を助けると言った旨の手紙は届いていないようでして…何度も確認させたのですが、そもそもその手紙の所在がわからなくなっているとの報告です…」

「なんだと?お前らはどれだけ無能なのだ!!」


傍に置いていた銃を手にしたイヴァンは、見せしめにしてやろうとまずは宰相の眉間を狙う。そうして、弾が打ち出される瞬間…イヴァンの前に美しい女が現れた。


輝く琥珀色を長い髪を揺らし、深紅の瞳でイヴァンを見据える女。イヴァンは突然現れた女に驚き一気に距離を取った後、手に持つ銃をすぐに女へと向ける。


「一体何者だ?一体どうやってここまで侵入してきた!」

「あら、私の顔に見覚えがないのかしら」


そう告げる女の台詞に、イヴァンは嫌な予感がしながらも思考を巡らす。過去に寝所に連れ込んだ女に、こんな美貌の女はいただろうか?いや、これほどまで美しい女なら覚えているはずだ。だったら、ここにいる貴族たちのうちの誰かの娘か…。


「あ?」


イヴァンはそうして執務室に目線を向けたときに違和感に気付いた。イヴァンと女以外、この執務室にいる全ての者の動きが止まっているのだ。ついさっき打ち出した拳銃の弾丸も空中で止まっており、その奥で女はにこやかに微笑む。


「あら、まだわからないの?私、嫉妬しちゃったのよ。あなたほど素敵な人が、わざわざ敵国のお姫様を狙うなんておかしな話しだもの。だから、手紙は私が預かったの」


そう言って彼女が手にしたのは、確かにイヴァンが書き記した手紙だった。


「…くそ、お前の仕業か。一体、何のつもりだ!」

「何のつもり?なんて台詞はこちらの台詞よ。隣国のお姫様に一目惚れしたからって、解毒薬を自分しか持たない毒を飲ませるって本当に最低すぎるわ。だからね、私考えたのよ。この毒にあなた自身が苦しめば良いのにって。それに…私のことを信仰しようとしない国民たちに、ちょうど罰を与えたいって思っていたしね」


女の赤い目が鋭く細められた瞬間、空が真っ暗になる。そうして、国中に降り注ぐ雨の色は窓を緑に染めて…。いや、その瞬間、イヴァンは背筋がぞっとした気がした。イヴァンがスパイに持たせた毒薬はこんな色じゃなかったか?


「ふふふ、あなたは少し痛い目を見ないとね」


ふふっと笑い声が響いた後に彼女は消えていく。時間が動き出し、イヴァンが撃ち出した弾薬は、怯えた宰相の眉間に穴を開ける。真っ赤な血が周囲を染める一方で、窓の外には緑の雨が国を穢していく光景が見えていたのだった。



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