【 第3章 ミント味の口づけ 】
ザハール帝国の王城から少し離れた小さな町、その奥に普段は人々が寄り付かない森があった。森には多くの恐ろしい獣たちが住んでおり、自分の身を守る術を持たない人間は寄り付かない。しかし、森の奥には人が入り込まないために広がった豊かな風景があり、ジャスミンが薬に使う薬草たちも多く自生しているのだった。
「うーん、久々の良い天気だわ」
ここ数日、雨が続いていたことからジャスミンは森を出ることはなかった。基本、ジャスミンは獣よけの香水をして森を歩いているが、雨の日はどうしても香水の効き目が悪く、獣たちと出会ってしまいやすい。そんなことから、雨の日は部屋に籠もるべき…それがジャスミンがここで共に暮らしていた父の言葉だった。
ジャスミンは、幼い頃からこの森で住んできた。物心ついた時には父と2人でこの小屋に住んでおり、父は薬を作って街に下ろしていた。時々、怪我や病気、出産などで呼ばれては人々の家を巡る医者のような仕事をしており、ジャスミンはそんな父の後ろをついて歩きながら様々なことを学んできた。いつかはそんな父のようになりたい。
…そう思っていたこともあったものの、いざ父が亡くなった頃には、ジャスミンは完全に1人になってしまった。街の人たちはジャスミンの薬を頼ることはあるものの、近年はきちんと整備された病院や医者の数も増えているため、わざわざジャスミンを頼る者たちはいなかった。ジャスミンの仕事と言えば、森にある薬草を採取して薬を作るくらいだが…別にジャスミンがいなくても薬草をきちんと管理している環境があり、国家職である調薬師たちが量産している。全ては先王が環境整備して作られたものであり、人々からも慕われる素晴らしい王だったと話しに聞いている。
そんな生活をしていたジャスミンの環境ががらりと変わったのは、半年前に森で倒れるヴィクトルに出会った頃だった。街の情勢に詳しくないジャスミンにとって、ヴィクトルは名前は知っているものの顔までははっきりと見たことがなかった。ましてや、こんな人が出入りしない森に王子が迷い込んでくることなんか想像できなかったのだ。
ふと、ジャスミンは自分の足がヴィクトルと出会った森の奥にある泉の近くに近づいたことに気づく。昨日、雨が降ったというのにそんな様子を感じさせないほど綺麗に澄んだ泉。ジャスミンは着ていた少しくたびれたワンピースを脱いで泉の中に入る。つい最近までは見張りがついていた為、こんな大胆なことはできなかったものの、父がいたときからこの泉は水浴びの場所だった。
ジャスミンは昔からこの泉が大好きだった。時々、長く潜っては父を困らせて、慌てた父が救い上げてくれて…そんなことを考えていたジャスミンは、まさか幼い頃と同じことが目の前で起きるとは思わなかった。
ジャスミンは誰かに腕を強く引かれ、焦ったような男性と顔を合わせる。
「ジャスミン、あなたはなんてことを!!」
そこにいたのは、王宮でよく顔を合わせていたアレクセイの姿だった。




