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「速水さん、オンナの所でシャツだけ着替えたんですか?」
“由美”の目でこの様なチェックを入れた柴門だが、その“オンナ”が暢子だと言う事までは気が付かない。
「いちいち目ざといくせに自分は相変らずの恰好だな! お前、どこで服、買ってんだ?!」
「オレは……シモキタです。他にサイズがあるとこ無かったんで」
「シモキタ~?! パッとしねえなあ~ このスーツは六本木の「ベビード〇ル」というオートクチュールのブティックで作ったんだ。ここならお前に合うのを作れるぞ」
「いや、オレはいいですよ。“オートクチュール”なんて柄じゃねえし」
「じゃあ表参道のBI〇Iだな」
「話、混ぜっ返さないで下さいよ」
「混ぜっ返してなんていねえよ! 小ぎれいにしてねえと女にモテねえって言ってんだ!」
「オレは別に女なんかいいですよ」
「ムリさんが居るからか?」
「悪い冗談止めて下さ……」と柴門が言い掛けた所で速水が脇腹を小突き、通りの向うを目で指す。
「十川組ですね」
「付けるぞ」
「ハイ!」
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十川組のチンピラは途中で“兄貴分”と合流し、とある児童公園に入った。
植え込みの陰から確認すると、ベンチに工員風の若い男が座っている。
“下っ端”の方がその男に声を掛けると男は二つ折りした一万円札の束を胸ポケットから出して下っ端に渡し、下っ端は数を確認して兄貴分に差し出した。
兄貴分が茶色の紙袋を男の膝へドスン!と投げると、男はすぐにそれをガサガサと開き、中から取り出した拳銃に頬ずりした。
「よ~し! そこまでだ!」
と速水が飛び出すとチンピラ共は二手に分かれて逃げ散った。
柴門が兄貴分に飛び掛かり手錠を掛けようとするとパン!と銃声がして柴門の脇を弾が掠め、咄嗟に身をかわした柴門の懐から兄貴分は脱兎のごとく逃げ去る。
「大丈夫か?!」と柴門に声を掛けながらも“パイソン”を抜いた速水は、まず下っ端に1発、次いで手に持った銃を向けて来た若い男にも1発撃って、二人を地べたに転げ回らせた。
そして……
兄貴分を見失い公園に戻って来た柴門が見たのは、負傷していない左手同士を手錠に繋がれ自分の足元に転がしている速水の姿だった。
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「お前に肩を撃たれた二人はどっちも重傷だがな……工員の方はもう元の仕事には戻れない状態だとよ!」病院の廊下で石原は速水に語気荒く詰め寄る。
「密売拳銃を手に入れて振り回すヤツなんて、元よりクビでしょ?!」
「お前!“犯人”が更生した後の事を考えているのか?! 更生しても体が不自由で、それが原因で仕事に就けなかったら、また道を踏み外すかもしれないんだぞ!」
「そう言う事も含めて自己責任じゃないんすか! だいたい人の命が危険に晒されている時に、そんな事まで考える必要は無いですよ! それこそ一瞬のためらいが取り返しのつかない事になる!」
「だからこそ常日頃から自問自答しなきゃならないんだ!」
「そんな考えでムリさんは弾込めないって言うんですか?! でも弾を込める間もなく犯人が拳銃を振り回すかもしれないですよね!」
速水へ反論しようした石原へ言葉が投げられた。
「どう考えても速水の言う事に理があるな」
言葉を発した男は、背はそれほど高く無いが石原を見据える眼光には威圧感がある。
「あなたは?」
「城西署の鬼塚、速水の上司だ」
「それは失礼いたしました。」
「淀橋署では君の様な綱紀違反を野放しにしているのか? だとしたら渡くんの管理不行き届きだな」
「それは……」
「いずれにしても今回の事件は城西署管内で起こったもので、速水はウチの人間だ! 君達への協力を惜しむつもりは無いが、無用の口出しは止めてもらおう!」
鬼塚警部の言葉に石原は苦い顔で頭を下げ、柴門はジーパンのサイドポケットに両の親指を突っ込んで押し黙った。