⑤
「おはようございます!」と入って来た石原刑事を顧みて篠崎巡査部長が声を掛ける。
「今日は柴門と一緒じゃないのか?」
「アイツは直行で速水と合流し城南署管轄で聞き込みです」
「ボスには話、通っているのか?」と谷山警部補。
「朝一でボスの自宅へ電話を掛けさせました」とムリさん。
「と言う事は……チノパンは“丸腰”か……」とチョーさん。
「ナポリがパイソンを携帯してますよ。あいつら今は“ニコイチ”ですから」と鳥刑事。
「“ニコイチ”って言ってもあの組み合わせはなあ……ボスもどういうつもりで……」とムリさんが言い掛けたところでドアが開き、渡警部が入って来る。
「何がどういうつもりだって?」
「いえ!」と背筋を伸ばし起立するムリさん。
ボスは椅子に腰掛けながら指示出しする。
「チョーさんとプリンスは引き続き十川組を洗ってくれ! タニさんは昨日の打ち合わせ通りで頼む。で、ムリ! ちょっと拳銃を見せてみろ!」
ムリさんは無言でホルスターから拳銃を抜きボスに手渡す。
ボスが手渡されたリボルバーの弾倉を開くと弾は1発も入ってはいない。
「弾はどこにある?」
「スーツのポケットの中です」
「すぐに弾を込めろ!」
「しかし、ボス!!」
「これは命令だ! 昨日ナポリに言った様にな!」
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ウグイス色の電車が行き交う国鉄のホーム。
競馬新聞を持った男と谷山警部補がベンチに並んで座っている。
「ダンナ! タバコありますか?」
谷山警部補が口の開いたハイライトを箱ごと渡すと、男は中に重ねて入れてある“伊藤博文”を確かめてからダバコを1本抜き、箱は自分のポケットへ押し込む。
谷山警部補が男のタバコに火を点けてやると男はうまそうにそれをふかす。
「ダンナ達も大変ですねぇ~でも十川組も随分と物騒らしいですよ」
「串田と菅井の跡目争いか?」
「それもなんですが……『拳銃を売れ売れ』と大変らしいんですよ」
「串田か?」
「それが菅井絡みらしくて……一人一人にノルマまで振っているらしいですよ。組員は上から下まで『オレ達はクルマ屋か?!!』ってヒイヒイ言ってますよ」
そう言いながら男は競馬新聞に赤鉛筆で『月3台』と書いて、スーッ!と居なくなった。
谷山警部補はその『3』と言う数字に渋面を作る。
『菅井の息の掛かった構成員だけとってみてもあの人数だ!それが月3丁だとしたら……とんでもない数の密輸密造拳銃がこの街にばら撒かれる事になる……』
「タニよ!オレにも1本くれ!」
そう言いながら空いた席に腰掛けた紳士に谷山警部補は顔を上げた。
「鮫島警視!」
「まあ、1本くれや」
「『動燃拉致事件』の手助けに回ってらっしゃるとお聞きしましたが」
「その件は……止めておこう」
「申し訳ございません」と谷山警部補は鮫島警視のタバコに火を点ける。
「お前、押収した銃器がどこへ行くか知ってるか?」
「田口邸ですね」
「その通り。まさか文教地区の……それもど真ん中の庭園の地下に押収された銃火器の保管倉庫があるとは付近の住民は想像も付かねえだろうな」
「確かにパチンコ店もおいそれとは建てられない地域ですから」
「それも生活安全局保安課が認可すれば問題ない。それと同じ事だ。ただもっと“上”の話だがな。時に田口邸は今度、外務省の研修センターとして大幅に改築される」
「“外務省の”ですか?」
「そう!研修センターとは表向きの事、内実は都心の一等地に“彼の国”の軍人ドモの接待施設を作ろうって話だ。」
「“今太閤”がよく呑みましたね」
「ああ、首相の私邸からはクルマで10分もかからねえからな! 苦虫を嚙み潰していたらしいよ。だが今の問題点はそこじゃねえ。この話が“彼の国”の息が掛かったゴロツキどもに知れ渡ってしまった事だ。そしてそいつらの狙いはきっと別の所にある。」
「もしかして……押収した銃火器を近々移送するとか?」
谷山警部補の質問には答えず鮫島警視は席を立った。
「渡には宜しく伝えておいてくれ」
そう言い残して鮫島警視はドアを開けたウグイス色の電車へ乗り込んで行った。