④
ガード下の……煙がもうもうと立つ串焼き屋。
“チノパン”と“ナポリ”は、誰に聞かれるかも分からない狭間の話で、串とビール瓶とお銚子をカウンターの上に積もらせている。
また電車がゴウゴウと行き交い、ナポリは話が聞こえないとジェスチャーをしてチノパンの話を止め、代わりにビールを注ぎ足した。
目礼してグラスに口を付け、最後のひと串を食みながらチノパンは話を戻す。
「そろそろ出ませんか?」
「ん、オレは茶漬けが食いたいよ」
「ここにゃ、そんなメニューはありませんよ。それに茶漬けならオレが作ります。冷蔵庫に炊飯器の釜ごと入れてありますから」
「そんなの、今頃ムリさんが食っちまってるよ。そう!釜を抱えてゴリラみてえにな!」
「昼間の事、まだ根に持ってるんですか?」とナポリにビールを注ぐチノパン。
「うっせえなあ」とタバコの箱を探すナポリ。
「タバコあるか?」
チノパンがポケットからえんじ色の箱を出すとナポリは「なんだ!“チェリー”かよ」とほたえたながら1本抜いて咥える。
チノパンも1本咥え、マッチを擦ってナポリと自分のタバコに火を点ける。
「これから杉並まで戻るんですか?」
「めんどくせーからオンナの所へ泊るよ」
「オンナですか?」
「いいぞ、オンナは甲斐甲斐しくって」
「“昭和”の女性はそうなんですか?」
「ん?昭和も何も……オンナってのはそう言うもんだろ?!」
「そうですかねぇ~」
“由美”としてはナポリの発言を納得できず……“チノパン”はカウンターのアルミ灰皿にカツン!と灰を落とした。
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「この分じゃ、淀橋署からは誰も来ねえだろうし……そろそろ閉めるか? 暢子、お前も明日、早いんだろ?!」
最後の客を見送って幸吉は娘を振り返る。
「私、明日は非番だし……もう少し開けていてもいいんじゃない? 手が空いてるなら明日の仕込みをすれば? 私も手伝うから」
「そうだな」と幸吉が手ぬぐいの鉢巻を締め直しているとガラスの引き戸の向うに水色のスーツの影が見え、暢子はカウンターから出て引き戸を開け、ナポリを出迎えた。
「おう!久しぶり!」と笑顔を向ける幸吉に「茶漬けを食わせてくんねえかな」と応えるナポリ。
暢子は手際よくカウンターを片付けて椅子を引きナポリを座らせる。
「ダメよ!お茶漬けだけなんて!」
「もう飲み食いしちまったからよ! ワリイな儲けが無くって!」
「何言ってるの! 豚汁があるから出してあげる」
程なく目の前に出て来たお膳の豚汁のどんぶりに茶碗の中のご飯を投入し“猫飯”にしてしまうナポリにため息をついて暢子はお茶を入れる。
そんなナポリに、明日の下ごしらえをしながら幸吉が声を掛ける。
「ムリさんとやっちゃったんだって?」
ナポリはガサガサと猫飯をかっこみながら暢子を見やる。
「ったくオンナって奴はペラペラと……」
「何よ!」とむくれる暢子。
「ムリさんの矜持はお前さんも良く知ってるじゃねえか」との幸吉の言葉にナポリは箸を置く。
「そんな、なまっチョロい事じゃ殺られる!ボスだってそうだ! 奴らが抜く前にこっちが抜かなきゃダメなんだ!」
「おいおい!ボス批判までするか?」
「ああ!するね!! 例えオレが死ぬような事があっても市民を犠牲には出来ねえからな!」
ナポリの目の前に凶弾に倒れたあの女性の姿がまざまざと浮かぶ。
「そんな!!自分が死ぬなんて事を言わないで!!」
暢子の叫びで我に返ったナポリは彼女から目を逸らせ幸吉を見やる。
「オヤジ!タバコある?」
「おう!ハイライトで……」と言い掛けて幸吉はふと思いついてピンク電話の受話器を取る。
「夜分にすまねえな! ああ、『飯屋幸吉』だ! うっかり店置きのタバコを切らしちまってな! 今からいいかい?」
電話を切った幸吉はカウンターから出て二人に声を掛ける。
「ちょっくらタバコ屋まで行って来る!お前さんはセブンスターだったよな」
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二人きりになってしばらくは無言だったが、とうとう我慢しきれずに暢子が口を開く。
「お願いだから無理はしないで!!」
「それが仕事だって!同業のお前なら分かるだろ?」
「それはそうだけど……それでも無理はしないで!」
「それこそ無理な話だぜ!」
暢子は深いため息をついてナポリに背を向け左手の人差し指を折って目頭に当てる。
また無言の時が流れ……幸吉が帰って来る。
「なんだか眠くなっちまった。オヤジさん! 泊らせてくんねえかな?」
「構わねえよ!」
「私、床を取ったげる!」
努めて声を弾ませる暢子の背中に
「余計なことすんなよ!」
とナポリは言葉を投げた