歪な空間-2
「なんだよ!そんなかっこいい酒、俺には出してくれたことないじゃん!シェリー!」
「あんたにはそれが一番あってるからいいのよ」
うーん。と悩んだ風の彼女は、そうなのか・・・と何度も小さく繰り返した後に
「そう言う事にしておいてやる!」
自分で勝手に納得して、少し上から目線に腕を組んで見せた。
その姿に、私とシェリーさんは何故か目を見合わせてクスクスと笑った。
「なんだよ!ふたりして!あー!もう俺は歌ってくる!!」
そういう彼女はお酒を一気に飲み干して、ステージの方へ大きく足を踏み鳴らしながら消えて行った。
「うちは飛び入り参加ありだからユズキちゃんも一緒に歌ってくる?」
「いえ。私はそういうの得意ではないので」
そう。っと笑みを浮かべるシェリーさんは、やっぱりどこか艶やかで目をそらしてしまう。
オォオオ!!―――
突然観客からどよめきが起きる。
その声でとっさに振り向く私に、後ろから声がした。
「アサヒはここでは人気歌手なのよ」
大きな歓声が聞こえ続ける中、それを突き抜けて彼女の声は届いて来た。
その歌声に目が、耳が、意識が自然と離せなくなった。
歌声が体に入り込んで、身体を直接震えさせているように感じる。
「彼女が自分の感情を隠さずにだせるから。それを歌にものせるから。彼女の声に、みんなが震える。聞き入る。そして巻き込んでいくのよ」
彼女の歌はまるで物語を読まされているようだった。
それが伝わって、ある人は声援を送り、ある人は泣き、
阿鼻叫喚にも思えるその状況まで彼女の歌の一部のように感じられる。
「ユズキちゃんはアサヒに巻き込まれたんでしょ?好き勝手言うからねあの子は。」
「アハハ。その通りですね。今日会社の忘年会だったんです。そこで私、部長にセクハラされそうになっちゃって。彼女が止めてくれたんです。部長に啖呵きったもんだから・・・忘年会はもうめちゃくちゃになっちゃって」
私の中で何かがあふれてくるのがわかる。
それはもうどうにも止められなくて、これまでの事を全て話していた。
「彼女、そこで言ったんです。"自分に嘘をつくのは、やめな"って。私、頭まっしろになっちゃって。店を出てももう何も考えられなくて・・・それが偶然、家の近くの公園で彼女にまた会えたんです!私夢中で駆け寄ってました!話かけたら彼女、私には止められないって言うんです。最後には受け入れてた、なんて・・・そんな事言うもんだから私、大声で言い返しちゃって。そしたら彼女、今度は笑って"今とっても素直な顔してる"って言ったんです。私・・・泣いてました。彼女が私の素直な部分を引き出してくれたんです」
シェリーさんは微笑んでいた。自分語りを始めてしまった私を止めることもなく。
ただ黙って聞いてくれた。まるで実の親が子に見せるような慈愛の表情をしてくれる。
「私の時もそうだった。散々煽られて」
「シェリーさんもですか!?」
「えぇ。でも彼女は助けてくれた。今私がここでバーテンをしてられるのは彼女のおかげ。だから彼女は私のヒーローなの」
そういうとシェリーさんは歌い終わりステージ上で観客とワイワイ話ている彼女を見つめた。それはどことなく遠い目をしているような気がした。
えもいえない少しの沈黙の後、観客の間を抜けて戻ってきた彼女が、勢いよく席に座った。
彼女はスポーツをしてきたかのように汗をかき、とても上機嫌な様子。
「いやー!歌った歌った!シェリー!喉渇いた!」
はいはい。と呆れるようにそしてどこか嬉しそうにシェリーさんはお酒を作り出す。
上着の襟元をパタパタと煽ぎながら彼女はこちらに向き直し、歌った名残からか少し大きな声で話しだした。
「なんか楽しそうに話してたな!どうだ!シェリーはいいやつだろ!」
「はい!まるでお父さんみたいでした!」
私が話し終えるとほぼ同時にアサヒの表情がどことなく強張り、
シェリーさんのお酒を作る手も一瞬だけ止まったように見える。
アサヒさんはおもむろにこちらへ近付き小さな声を出した。
「言い忘れたがシェリーには―――
「ありがとう!ユズキちゃん!でも出来ればお母さんって言ってほしかったかな・・・!」
鋭い声色に私も言葉を間違った事に気付いた。