歪な会話-1
「君はあの時の・・・俺が声をかけた子か」
近寄る私をみた彼女の第一声はそれだった。
「ここで何をしてるんですか?」
「俺、店員なのに客怒らせちゃったじゃん?あれで店長めっちゃ怒っちゃってさ。速攻クビだって」
彼女はまた空を見上げながら、淡々とした口調で表情も変えずにそう言った。
当然の事なのかもしれない。うろ覚えだが店長らしき人が部長に謝り続けていた気がする。
それでも・・・私のせいで・・・
「そんな・・・」
「あー。君がそんな暗い顔する事ないから。あいつが気持ち悪くて勝手にした事だし。」
そんな事言われても自分のために仕事を無くした人を前に、何も思うなという方が無理な話だ。
こういう場合どうすれば良いのだろう。
立ったまま黙る私に彼女は、
「それにさ。俺君みたいな子嫌いなんだよね」
そう続ける。
「いい子ちゃんでいることを生きがいにしてるやつ。」
「えっ・・・」
無表情のままの彼女が発したのは想定もしていない言葉だった。
それでも彼女の言葉はまっすぐだった。
含みも下心もなくただまっすぐ。
あの時の目もそうだった。
だから怖かった。見透かされているようで。
「君はさ。他人の嫌な事全部やってあげれば他人に好かれると思ってるタイプだろ。」
私の頭は何も考えられなくなっていく。
私を部長から助けてくれた人。
そして私のこれからを思って言葉をかけてくれた人。
そんな人が今私を堂々と嫌いと言い、今度は、貶すような言葉を投げ付けてきていた。
「何が楽しくてそんな事してるんだか。」
・・・。
「私は金もらってでもそんな事しないな。」
私だって・・・。
「そうか!金か!?君。あいつからの金がほしくてやってんのか?」
「ち・・・違います・・・。」
お金ほしさでこんな事するわけないじゃない。
「それも違うとなると、いよいよあれか?君はあのセクハラ野郎の事が好きなのか?」
なんで同期の人達と同じ言葉をぶつけてくるの?
あなたもあの人達を同じなの?
私の中に沸々と何かが沸き上がるのを感じる。
「そうするとさっき俺がやった事はいい迷惑だった分けだ。
俺からしたら気持ち悪かったけど、君からしたら狙い通りだったわけだ。」
限界だった。
私の気持ちも知らずに、解決したかのようないいぶりの彼女に、
「悪かったな!好かれようとして頑張ってたのに邪魔しちゃって!」
「好かれたくてやってるわけじゃない!」
私は、社会人になって初めて大きな声を出した。
何故なのかは自分が一番わかってる。
そんな私の声にも、ニヤリとした悪戯な笑みを浮かべた彼女は、
おもむろにブランコから立ち上がり私の方へと詰め寄って来る。
「じゃあ君はキモイ上司に尻撫でられても何も言わずに!
同い年の奴にもいいように使われてもそれでもみんなが喜ぶならって
ニコニコしながらこれから先も続けていくんだろ!?
自分は辛い!がんばってる!なんて思っちゃったりしながらずっとずっとずっと!!」
っ―――!!
「私だって言うときくらいある!!」
「君には無理だね!あの時俺が助けなかったら君はあのキモイ男を止められたか!?」
「止めるつもりだった!!たまたまあなたが先に止めただけで!!」
彼女は名前すら知らない私に対し、段々と語気を強めながら捲し立ててくる。
そんなの思ったとしても他人に言うのは躊躇われる言葉だ。
それを小馬鹿にしたようにニヤついた顔で。
「君には止められないよ。蚊の鳴くように小さな声で、やめてください・・・
なんて言うのが精一杯さ!!
最後には受け入れていたんじゃないか!?」
「っ――!!・・・そんなことない!!私は嫌で嫌でしょうがなかった!
鼻の下を伸ばしたあの顔なんか見たくもなかった!!
幹事だって!毎回毎回変わってあげてる子に嫌味まで言われてっ・・・
いつかあの子にだってちゃんと文句言ってた!!
あなたに私のなにがわかるっていうんですか!!」
我慢できなかった。耐えてきたこれまでを全て馬鹿にされたようで。
私は全てを吐き出すように声を荒げて叫んだ。
そして彼女は言った。
これまでの声とはまるで違う。
落ち着いた声で。
優しい笑顔を浮かべて。
「君の事は君にしかわからない。でも今とっても素直な顔してる」
えっ・・・
私は、ハッとした。
突然言われたその言葉に理解が追いつかなかった。
だんだんと彼女の言葉を頭が理解していく。
自然と涙が零れ出していた。
頬を伝うそれを止められなかった。
足の力は勝手に抜け、腰が砕けたように地べたに座り込んでしまった。
アハハハッ――
彼女はそんな私を見て大笑いしながら、ゆっくりとしゃがみこむと、
座り込んだ私に顔を近付け、頭を2回優しく叩いた。