歪な未来
その日、俺にできる事は何もなかった。
授業の内容は何も覚えていない。
嫌な想像だけが次々に流れていく。
昨日の今日で良くない出来事が連続し過ぎてる。
なんとか・・・なんとか・・・わかっていてくれ・・・
景都は・・・景都の心は・・・もう、限界寸前なんだ・・・
そんな事ばかり考えても何も状況は変わらない。
ただ時間だけが過ぎいき、いつの間にか俺は家に着いていた。
静かな家の中、いろいろな想定を巡らせていった。
景都が明日学校に来なかった場合。
景都が明日学校に来た場合。
学校に来た景都が今日のままだった場合。
学校に来た景都が少しは話ができるようになっていた場合。
景都の両親が景都にきつく当たっていた場合。
景都の両親が景都の心をほぐしてくれていた場合。
でもやっぱり・・・良いイメージは沸いても直ぐに消え、悪いイメージは鮮烈に頭に残り続ける。
また三人で楽しい事できるようになるまで・・・なんとか・・・。
その日はそのまま気を失った。
俺は気が付くと急いで仕度をし、走って学校へ向かった。
景都が心配でいてもたってもいられなかったんだ。
そのせいで教室に着いたのは俺が一番初めだった。
席に座って待っていると昨日夜に考えていたイメージがまた俺の頭を巡っていく。
そうしているうち、同級生がチラホラと教室へ入ってくる。
その度に、席を立ち上がりそうになるのを何とか抑えていた。
景都より、シェリーより、先に来たのはあいつらだった。
焦る気持ちを隠しきれていない俺に気付き、口元が緩んだ気さえしてしまう。
続いて来たのは、
「景都!」
景都だった。思わず席を立ち呼びかけてしまう。
「あっ・・・朝比さん」
「大丈夫か景都!少しは落ち着いたか?」
その表情、声色からは感情をうまく読み取れなかった。
「大丈夫です。朝比さん。僕強くなるんで。」
景都からの出たその言葉。
想像もしていなかった言葉に俺は言葉を失った。
景都とその言葉が繋がらなかった。
俺の全身に鳥肌が立っていく。
自分の席に荷物を置いた景都は、
「見ていてください。」
景都は俺にそう言うと、ゆっくりとそして静かに向きを変えていく。
その動きはまるで決まっていたように、なんの迷いもなく。
「けい・・・と・・・?」
体が反応してくれなかった。
景都が歩き出した後も。
その方向から向かう先に想像がついても。
景都は何も言わずにあいつらの前に立ち、そして、
「なっなんだよ。」
身体からぶつかっていった。
「えっ・・・?なん・・・
景都にぶつかられたやつが言葉を途中でやめ、
そしてそのまま床に崩れ落ちた。
―――うわぁああああああ!!!!―――
初めに気が付いたのは直ぐ近くにいたやつらだった。
突然叫び出し、腰を抜かし、机を押しのけながら這いずるように景都達から離れようとする。
それでも俺は身動きができなかった。
「おっ・・・おい。景都何してるんだ?」
教室全体が慌てふためき、我先に廊下へ逃げ出していく。
そんな中でも一歩も足は動かない。
辛うじて動いく震える右手を景都の方に差し出すのが精一杯だった。
景都は足元に崩れ落ち、もがき苦しむあいつにしゃがみこんで。
俺はこの時ようやく理解した。
景都は、また・・・刺した。
いつから持っていたのかわからなかったナイフで。
何度も何度も、何度も。
「やめろ!景都!!」
俺の言葉でようやくその手を止めた景都はゆっくりと立ち上がり、
ゆっくりとこちらに振り向いていく。
空気が張り詰め、消えていくような感覚。
色が音が周りの景色が全て、消えていく。
ここが二人だけの世界に感じられる。
真っ赤に染まる手と、全身に広がる水玉模様をそのままに、
景都は、
「これで朝比さんとか、シェリーさんみたいに僕も強くなったよね!?」
ニッコリと笑った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「この後、教師と警察が飛び込んでくるまで、景都は笑ってた。」
あまりの事に私は言葉を失った。
相槌も打てないほどに。
「警察に事情聴取とかされたけど、正直何を聞かれたのかも、なんて答えたのかも記憶がないんだ。」
少しの間をもってから、アサヒは俯きながら続ける。
「でも、景都の母親から言われた言葉は今でも鮮明に覚えてるんだ。」
「・・・なんて言われたの?」
「お前があの子を変えてしまったからこんな事になったんだって。
お前があの子にとって失いたくない存在になり過ぎたんだって。」
「そんな・・・」
心配していた気持ちでも。
生き辛さを思っての良心でも。
大切だったからこその行動でも。
関わったから、関わってしまったからこその出来事が、全てを決めつけていた。
「俺はさ。俺の考え方に他人を巻き込んじゃうところがあるんだ。」
それは確かにそうだった。
私もアサヒの考え方に、行動に魅了されていた。
同じようになりたいと思っていた。
「ごめんな。ユズキにも申し訳ないと思ってる。」
「・・・えっ?」
「これまで、ユズキを無理やり連れだしたり、」
やめて・・・。
それは心からの謝罪。
「ユズキを焚きつけるような言葉を言って見せたり、」
やめてよ・・・。
これまでの行動への謝罪。
「ユズキの今までの立ち位置を崩すような事をして。」
なんでそんな事いうの・・・。
私に関わった事への謝罪。
「俺とは関わらない方がユズキにとってもいいんだ。」
・・・。
自分への否定。
「今日まで、俺に関わってくれてありがとう。」
シェリーさんが言っていた事の本当の意味がようやく分かった。
―――それって性格の話だけ。あなたから見たアサヒの―――
あれは、性格以外の事を知らないって意味じゃなかった。
私から見えてる部分のアサヒしか知らないって意味だった。
アサヒが無邪気な性格をしている事は間違っていない。
それでもアサヒは私が思い描いていた、強い人間ではない。
過去の自分の行動、過去の出来事に深く傷付き、もがき続ける人間だった。
重い風が流れ、無言がこの空間を支配していく。
そんな中、アサヒはゆっくりと立ち上がると、
「ユズキが、良ければこれからもNew Feelには行ってやってくれないか。シェリーも喜ぶと思うから。」
話をしながら自分の吸った煙草の吸殻をそそくさと片付けだした。
言葉にしてくれなくてもわかる。
それはアサヒ流のさよならだった。
本当のさようなら。
背中を向けたアサヒに、私は、
我慢の限界だった。
―――勝手に決めつけるな!!―――
私は勢いよく立ち上がり、叫んだ。
あの時と同じように。
その声でアサヒは、立ち去ろうとするその足を止めた。
「私が何も考えずにアサヒの言う通り動いてるとでも思ってるの!?
確かにアサヒとシェリーさんがかけてくれた言葉に勇気はたくさんもらった!
それが無かったら私が同僚とか部長に意見するなんて出来なかった!
そのせいでこれから先、私の人生がどうなるかなんてわからない。だけど!
どんな結果になってもそれは私が、私の考えでそれがいいと思ったからした事!
どんな結果が待っていたとしても、私の人生は私以外の誰にも渡さない!」
何も言わずに背を向け立ち尽くすアサヒに私は続ける。
「勝手に私の人生を決めつけて、自分の人生から逃げないで。捨てようとしないで。
アサヒがどれだけ昔あったことに、どんなに傷付いてどんな思いだったのか
全てを理解する事は出来ないけど、これだけは言える。
私は私が楽しく過ごすためにアサヒといたい。」
それは小さな声だった。
これまでのアサヒからは考えられないほどに。
それでも振り絞るようにだした言葉。
「俺は・・・まだここにいてもいいのか・・・?」
それは静かに、そしてアサヒに伝わってくれるように返事をした。
「その方が私の人生はもっと幸せになれる。」
振り返ったアサヒは泣いていた。
そのきれいな顔をクシャクシャにして。
大粒の涙はこれまで耐えてきた重さも乗せて勢いよく零れ落ちていく。
合図をするでも無く私とアサヒは、自然に互いに向けて近付き
どちらからということも無く、強く抱きしめあった。
「今、とっても素直な顔してる。」