歪な出会-2
突然自分の行動を遮られた部長は、
自分の手を止めた原因に慌てたように身体ごと目を向けながら、叫び出した。
「なんだ!君は――
それでも当の本人は、部長の声を気にもせず言葉を遮るように、
彼女の鋭い視線を私の方に向け・・・いや、睨みつけていた。
「君も女だからって、嫌な事は嫌っていいな!」
その視線は、とても怖かった。
私は社会人になってからこれまで、当たり障りのないように生きてきた。
目上の人には逆らわず、自分の意見など持たないように賛同し、
飲み会の幹事を嫌がる同期に無理やりその役目を任されても、嫌な顔はせず引き受けていた。
そんな愛想だけは良くしていた私を気に入ったらしい部長が、仕事中も話かけられるようになっていった。
始めは挨拶や世間話程度だったが、それも次第にセクハラ紛いの話ばかりになった。
私は正直辛かった。
女に生まれたから、これまでそんな目線で見られる事は確かにあったが、それでも実際に面と向かって男性に言われる事に何も感じないわけではない。
仕事をするよりも、その言葉や目線に耐える事が嫌で、平日はいつも憂鬱だった。
それでも同期は羨ましがった。
「あの人と話ができるなんてすごい!」、「私もそんな風になりたい!」、
なんて、言われる時間は短く、
「部長と仲いいからっていい気にならないでね」、「色々な男性に枕営業している」
こんな言葉ばかりを言われるようになっていった。
私も否定はしたつもりだった。
しかし、私の言葉を聞き入れる人はおらず、女性同期の中でも浮いた存在になっていった。
そんな私のこれまでを見透かしているようで、怖かった。
「自分に嘘をつくのは、やめな」
その言葉を残して彼女は座敷から出て行った。
部長の怒鳴り声は、結局最後まで彼女には聞こえていないようだった。
喚き散らす部長と取り巻きや周りがざわつくのをそっちのけで、
私は彼女の出て行った方向から目が離せなかった。
ここから、店を出るまでの記憶は全て曖昧だ。
私以外の社員は気まずそうな雰囲気のままチリジリになり、未だに騒ぐ部長は取り巻きに宥められながら夜の店に消えていく。
―――自分に嘘をつくのは、やめな―――
ぼんやりとまるで霧の中にいるような感覚。
そんな中、頭の中で繰り返し聞こえてくるあの言葉。
真っ直ぐな彼女の言葉が・・・あの瞳が・・・
自宅へと進めたその足も、まるで自分のものではないようだった。
繁華街から少しずつ外れるにつれて、さきほどまでの賑やかな声や光は消えさっていく。
ぽつりぽつりと等間隔に、コンクリートの地面を照らす街灯と、葉の無い木々達の間を抜ける、風の音がこの場を包み込んでいた。
私は今まで嘘をついていたのかな。そんなの、考えた事なかった。
部長との会話は、初めの頃は嫌じゃなかった。
だんだんと服の話から見た目の話に。
この頃から部長と会うのが嫌になっていった気がする。
でも部長も悪気があって言ってるわけじゃないかも知れないし・・・
同期の子達とも始めから仲が悪かったわけじゃない。
幹事を引き受けてあげた子もすごく嬉しそうな顔をしてた。
いつからあんな言い方をするようになったのかな。
わからない・・・
自問自答を続けるうち、自宅近くの公園のそばまで差し掛かった。
二人用のブランコと小さな滑り台のある公園。
こんな時間にここに来るのはノラ猫か酔いつぶれた人だけだ。
でも今日は違った。
いつもは薄暗く見えるだけのブランコが、今日はまるでスポットライトで照らし出すように、ハッキリと見える。
私は目をこすりもう一度それを見た。
何度見ても今までモヤのかかっていた景色がそこだけはハッキリと見える。
いや、それは違った。
照らし出しているのはブランコに座った一人の人。
私は駆け出していた。
まるで吸い寄せられるように。
それは彼女だった。
ブランコに座り、ほんの少し揺られ、空を見ている。
指先に挟んだタバコを時折口に咥えては、夜空に煙を吐き出している。
「君はあの時の――
これが私の運命を変える時間となった。