歪な成長-2
―――New Feel―――
「それでさ!その二人俺の事キレイって声揃えて言うもんだから、思わずありがとって言っちゃってさ!」
「へーそんな事あったんだ。でもユズキちゃん、自分の気持ちちゃんとその二人に言えたのね」
「どうしても我慢できなくって」
カウンターに両肘を着いたシェリーさんは少し目を細めて、偉い偉いって私の頭を撫でた。
それから私達は初詣の話をシェリーさんに惜しげもなく話した。
たこ焼きの中に一つタコが入っていなくて、彼女が店主に怒鳴ってもう一パック貰ってた話や、
射的で私ばっかり景品を取れて彼女が一個も取れず半べそ掻いてた話。
あの後も私たちは楽しくそして騒がしく屋台を回って、遅くなってきたのでここ"New Feel"に行こうと言う事になった。
店に来て早々ワイワイ今日の出来事を話出す私たちに、嫌な顔もせずシェリーさんは時折相槌を打ちながら聞き役になってくれていた。
話を聞きながらも彼女にはいつものウイスキー、私には、
「今日のあなたにはこれね。カイピロスカ。カクテル言葉は明日への期待」
「あっ・・・ありがとうございます!」
「あなたはもう会社でも自分の気持ちをちゃんと言える。後はその勇気があなたにあるかどうか、よ」
「そうだな!もう今までの嘘つきなユズキから卒業だな!」
「ちょっとまだ自信ないですけどね」
あの時も自分の事ではなく、彼女の事を言われてから我慢できなくなって声を出せた。
今度は自分の事に対して我慢することなく言えるだろうか。
「不安な夜はいつでもここに来るといいわ。ここは年中無休だから」
シェリーさんが話を聞いてくれる。
アサヒが導いてくれる。
この二人と出会った事で私は強くなれた気がする。
どんな時でもこの二人は私のそばに寄り添ってくれる。
「おし!今日は新年!新しい年だ!ユズキも今までの自分から変わってみようぜ!」
「はい!」
私が元気よく返事をすると彼女はまたあの悪戯な笑顔を浮かべた。
「えっ・・・ちょーーー!!
突然彼女は戸惑う私の手を握って引っ張った。
まさか!!
私の嫌な予感は的中し、ズンズンとそこへ向けて歩みを進めていく。
彼女は私をステージまで引っ張りあげると、
「みんな今日は俺、こいつと歌うぜ!!」
イェエエエーーー!!!
私の不安とは裏腹に客席は最高潮に盛り上がっていく。
それは彼女がステージに上がったからなのだろうが、慣れていない私にとっては、客席の目線と期待が全てこちらに降り注ぐようで、目の前がグルグルした。
「大丈夫だ!今日は年始でそんなに客は多くない!」
「アサヒさん!そう言う事じゃないんです!」
「もしかして歌苦手か?そんなの気にするな!思いっきり出し切ればいい!」
「そんな!私アサヒさんみたいにはできないよ!」
「自分の居場所でくらい好きなようにしてみな!」
「でも・・・そんないきなり・・・」
今まで目立つ事を極力避けながら生きてきた私に、いきなりこんなに目立つステージなんて、ましてや歌を客席に聞かせるなんて・・・
私には・・・無ーーー
「変わるんだろ?」
力強い声だった。
心の中にズッシリと重くのしかかってくる言葉。
彼女の目は真剣だった。
ハッとした。今は彼女が、アサヒが私の隣にいる。
ふとカウンターに目をやると、シェリーさんが優しい笑顔で、握りしめた左手を突き出していた。
今はシェリーさんも見ててくれる!
「歌います!」
「そうでなくっちゃな!」
「でも私、歌そんなに知らないです。」
「この歌なら知ってるんじゃないか?」
アサヒがステージにいる演奏隊の皆さんに合図をした。
その合図に息を合わせ始まった演奏。
それはランキング1位を連続獲得したほど有名な歌だった。
「どうだ!?」
「これならわかります!」
「おっしゃ!やるからには全力だ!出し切れ!」
「はい!」
ーーー♪
演奏の、アサヒの熱い音に、そして客席の歓声に、私も心が熱くなっていった。
ーーー♪
歌い終えた私はフラフラだった。
アサヒに担がれるようにカウンターまで戻っていく。
客席はそんな私に更に声援を送ってくれた。
「熱かったな!!ユズキが思った以上に歌上手くて俺もいつも以上に熱くなった!」
「私も、なんか、出し切った気がします!」
「アサヒの言う通りユズキちゃん上手だったわ。また聴きたくなちゃった」
たった一曲の事だったがあんなに思いっきり歌ったのは初めてだった。
演奏に、アサヒに、歓声に負けないように歌ううち、
自然と声が大きくなりそして出し切るしかなかった。
汗をかき、喉が痛くなってもそれが気持ちいいとさえ思えた。
「これなら会社でもどんなやつにも負けないんじゃないか?」
「そうですかね?」
「そりゃあそうだろ!あんなに大勢の前で自分を出せたんだ!
それにもうここの連中はみんなユズキの味方だ!誰にも負ける気しないだろ!」
「アサヒ・・・」
「ユズキちゃんを悪く言う奴は私が外歩けないトラウマ植え込んでやるわ」
「シェリーさん・・・」
「いや・・・シェリーのは怖いだろ」
私にはどんな誰よりこの二人が一緒にいてくれる事が、心強かった。
そして私にここが居場所だって言ってくれた事がどうしようもなく嬉しかった。
もう同期にも部長にさえ負けない気がした。