歪な出会-1
「カンパーイ!」
響き渡るその掛け声は、私たちの席だけの珍しいものではなく、明日から休みの会社も多いのか騒々しい店内ではそこかしこから聞こえてきていた。
畳の敷かれた所謂、座敷席で行われているこの飲み会は、明日から年末年始の休みに入る私達の会社の忘年会。
私はこの空間が嫌いだ。
一人暮らしなら十分に過ごせてしまいそうなくらい広いこの座敷に、足の踏み場もない程の人数がテーブルを挟んで座り、思い思いに過ごす。
そんな中でオーダーをまとめるのはいつも私の役割だ。人一倍幅を取り、まるで自分が世界で一番偉いかのように過ごす奴らは、私の声を聞こうともしない。
やっとの事で注文し終わっても、次は奉仕の時間が始まるのだ。
「おーい!ユズキくん!お酌をしてくれ!」
「やっぱりユズキくんに注いでもらうと美味しいなぁ!」
そんな態度も、目線も、鼻の下を伸ばしたいつもの言葉。
「あいつまた媚び売ってるよ。」
「今夜は誰と過ごすのかな。」
そんな身に覚えのないいつもの言葉。
私のやっている事は、変な事なのだろうか。やりたくてやっている事など何もない。
ましてや酔えば夜を共に過ごせるなんて勘違いをした、変態なんて願い下げだ。
これがいつも通り。これが日常。
今更誰かに不満を言うことも、この状況を変えようとも思わない。
一通りの席を周り終えたら、ようやくとれる休息時間だ。
私は少しでもこの場から離れたくていつもトイレへ逃げ込んでいた。
洗面台の鏡に映る自分に向かって、
しょうがない…しょうがない…
なんて言い聞かせて、無理矢理に自分で自分を納得させて。
トイレの扉を開けるとそこには順番待ちをしていたらしい奴らが立っていた。
この居酒屋のトイレは私の嫌いな女子トイレと男子トイレが同じ一つの通路を通らなければならないタイプだった。
「おっ!ユズキちゃん!!どこ行っちゃったかと思ったらここに――
「先に席戻ってますね。」
明らかに酔った赤い顔の奴らの声に、返事をかぶせて私は足早に元いた席に戻っていった。
席に着くと直ぐに、
「ユズキは誰狙いなの?」
「やっぱ部長?」
「さっきもお酒注ぎに行ってたしね!」
「やっぱそうなんだ!ストライクゾーン広いよね。」
見え見えの皮肉をわざと大声で飛ばしてくる同期達に囲まれ、
「そんなつもりは・・・。」
「えーそうは言うけど始まってすぐに席まで行ってたじゃん。」
「それは・・・呼ばれ―――
「そんなにガンガンいけないよね。」
「ほらほら!また呼ばれてるよ!」
私の返事もろくに聞こうともしない、そいつらが指差す方には、先程すれ違ったあいつがこちらをみて手招きをしていた。
ユズキくーん。
そんなペットを呼ぶようにニタニタと笑った顔で。
嫌味な笑顔の同期に見送られ奴らの待つ席に着くと、
「いやあ。さっきトイレの前ですれ違って思ったけどやっぱりユズキくんはスタイルがいいよね。」
「いえ・・・そんなことは・・・」
酒を注ぐ私に、またあの気持ちの悪い言葉を浴びせる。
目も耳も塞いでこの場から居なくなりたくなる言葉を好き放題に。
取巻き連中も賛同の声をあげ、一緒になってあいつをまくし立てる。
いつもはこれで終わりのはずだった。
耐えていればいつか終わるはずだった。
今日はいつもより酔っていたのかもしれない。
「特にこのお尻のラインが―――
いやっ―――
「おい。」
えっ・・・?
部長を止めたのは私ではなかった。
私が声を出せるよりも先に、突然後ろから現れたその手が部長の手を弾いていた。
「彼女が困ってるだろ。気持ち悪いからやめな。」
それは女店員の手だった。
サラサラと動く長い髪と色白な肌と、不釣り合いな程切れ長なその目に離せなかった。