ゲート実習
緑ゲート。
それは人類の歴史上、生活基盤をブレイクスルーさせた資源であり、もはやなくてはならないほど流通している魔石を採掘可能なゲートのこと。
採れるものは魔石だけでなく、ミスリル鉱石など貴重な鋼材やポーションなど薬剤の材料となる草花も採取することが出来る。
くぐった先が洞窟の一部だったり密林だったりと様々あるが発生している魔素濃度によってはものの3日足らずで閉じてしまうこともある。
広域には限界点が存在し、限界点に触れるとゲートの外に弾き出される。
当然モンスターも出てくるが赤ゲートのように氾濫するほどではないし、強力な主も存在しない。そして何より注意しなければならないのはゲートが閉じた時中にいたものはゲートとともに消失してしまうことだ。
初めて緑ゲートが発見された当初は欲深な探検隊が何人行方不明になったことか。
「と、おさらいはここまでかな。何か質問は?」
「……おい、貴様は俺を馬鹿にしているのか?」
「え?」
僕は投影型タブレットに映る参加者名簿から目をあげると、青筋を浮かび上がらせた見知った顔があった。
「俺は緑ゲートなんぞ何度も参加している。そんな基礎は小学期にも習うことだろう。」
「……あのな長垣、今回は2年の子も参加するし、学院出じゃない新人のギルド員も居るんだから班長として説明しとかないと。」
「組合で講習くらい受けるだろ!第一、選抜のSクラスである俺が居るのに何故また貴様が班長なんだ!」
そりゃ僕が聞きたいよ。長垣は確か強化系能力者で、在学中にも関わらず既に実業団チームへ入隊が決まっているエリートだ。
「規則がなければすぐにでも変わってあげたいよ。」
「そんなの嫌ネ……ワタシ、兄様が班長じゃなきゃ辞退するアル。単位のペナルティなんてすぐ取り返せるネ。」
「アタシもケーが適任、思う。お前、ケーより、弱い。」
「なっ……こ、この俺が七光りより下だと?!」
あー……庇ってくれるのは嬉しいけど、シャオもポワ先輩も油注がないで……。
ちなみにこのポワ先輩はリザード種の女性で、顔はヒト種に近いけど所々鱗があり、竜のような尻尾を持っている。口の中の構造、というか基本的に舌が細く長いので日本語の発音が難しいらしい。
「とりあえず説明事項は読んだので補佐任務を請け負ったギルド員の方々は職員さんの指示を仰いでください。」
「あの、その職員さんにあなたの班に入れてもらえと言われてるんですが……」
なんですと?
僕は職員の方へ目を向けると、何度か組合で顔を合わせたことがあるお兄さんがこちらに両手を合わせていた。
……あの顔はアレだな。また課長に丸投げされて、僕に受け渡すように指示されたな。
「……お寿司で!」
職員さんに聞こえるよう大きめの声をかけると職員さんは引き攣った表情。
まあ当然か。昔は100円とかで食べられたらしいけど今やお寿司なんて最高級だしね。経費で落ちるんだし良いでしょ。ゴチ。こっちは班だけじゃなく10人の新人さんを任されるんだからその責任分ギャラ弾んでもらわないと。
「じゃ、全員装備を整えたら入りましょうか。中では既に作業が開始されてますんで、最初の30分は見学、あとの2時間半は実際に採取作業をする流れでいきましょう。」
思い思いの返事が帰ってきて、僕は最後に「安全第一で!」と声を上げてゲートへと踏み出した。
くぐった先はちょうど森を抜けたところにある絶壁で、大きな口を開けた洞窟だった。
「……よし、とりあえず入口は安全かな。」
「既に作業が始まってるんだ。当然だろうが。」
まあそうなんだけど、実は入る時が1番油断しやすい。出鼻をくじかれるというのはよくあることで、赤ゲートでは足を踏み入れたら目の前にトロールがいましたなんてよく聞く話だ。
「兄様、見学はどち行くカ?この森付近?洞窟の中?」
「初参加の方もいるし、森の方はやめておこう。」
「……ケー、その心も、教える、べき。」
振り返ると、熱心な方は手書きのメモ帳まで手にしていた。後発的な能力者発現者や所謂脱サラ組は比較的テングになりやすいんだけど……今回の参加者さんたちは真面目らしい。
「あー、えっと、森だと全方位を警戒しなければいけないんです。でも洞窟では明かりさえ気を付ければ方向は絞られます。勿論知恵の回る魔物がトラップを仕掛けていたりも有り得ますが、森よりはマシですね。」
「なるほど……」「講習よりためになりますね……」
恐縮です。
周りを見渡すと、学者さんと思われる初老の男性やチョッキの上から白衣を着た研究者が、ギルド員と思われる武装した人達に守られながら熱心に調査をしている。
「ああして調査依頼の護衛についたりも仕事のひとつなので、もし機会があれば参加なさってください。案外経験がつめますよ。」
「班長、質問よろしいでしょうか!」
「ど、どうぞ?」
明らかに年上の男性に敬語使われるのはなんか慣れないな……。それを面白くなさそうに睨みつける長垣くん。
「おい新人ども!この七光り野郎よりも俺の方がゲート調査の回数は上だぞ?」
「そ、そうなんですか?あの……では班長にも伺いたかったのですが、初めてゲートに入ったのはいつですか?私は恥ずかしながら40超えて発現したもので……」
おー、むしろそこから飛び込んでくるのは勇気がいったろうに。もしかしてクォたちみたいに仕事に支障をきたす能力だったのかな?
「ふん、そんなことか。俺はエリートだからな。中学期6年目には参加していたぞ。」
「それは凄い!」
パラパラと拍手が聞こえる。それは確かに凄いことだ。普通は大学期3年の実習がスタートラインなのに。
「……ケー、も、答えて、あげて。」
「そうアルヨ兄様!」
いや答え辛いよ……ていうか先輩もシャオも何故もうドヤ顔してるの。
「ち、ちなみに班長は……」
「……4歳です。」
「「「は??」」」
「で、ですから、4歳です。」
唖然とした面々。長垣くん知らなかったのか……当時無駄にニュースになってたけど。
「うちはほら、父さんが有名だからうまく隠れてるけど、母さんがね……特級傭兵なんです。」
「と、特級?!」「日本に3人しか居ないあの?!」
まあそういう反応になるよね。
「赤子のうちから戦場を知っとけって僕を担いでA級赤ゲートに突っ込んでいきまして……小脇に抱えられたままベヒーモス倒してました。今でも普通にトラウマです。」
もう言葉にもなっていない反応が帰ってきてる。
「さすが兄様ネ!」
「ば、馬鹿な……!」
「あー、いや、僕のことはもういいからとりあえず洞窟に入りましょう!採掘隊に参加して魔石の発掘まで体験しとかないと損ですよ!」
気を取り直して僕らは洞窟の中に。
内部では入口が広間になっていて、処理された魔物の素材や魔石などがまとめられていた。なかなか採掘しやすそうな構造で、この緑ゲートはアタリの類だね。
「おう今回は小倅が来たんか!」「ボン、達者にしとったかー!」「また、ギルド、寄れ。」
顔見知りが何人かいて、声をかけられてしまう。そりゃ子供の頃からゲート連れていかれたら知り合いも増えるよね。
「おっちゃん達、今回の参加者はギルドの新人さんも10人ほど居ますので後で作業補助も経験させていただきますね!」
「あいよ!しっかりしごいちゃるわい!」
「そこはお手柔らかに!」
そんなやり取りをしつつ、僕は説明しながら洞窟内を見て回る。
「は、班長!あれはスライムでしょうか!」
「はい、そうです。かなり弱い魔物ですけど、野営の際には注意が必要ですよ?」
「そうなんですか?」
「はい。なんせ足音が無いですから……実際あった話ですけど、野営して起きたらメンバーの一人が頭部を溶かし喰われてて死んでたなんてのもありますから。」
息を飲む新人さんたち。分かるよー、だってこの話ってよくある子供向けの怖い話だもんね。それが実話だと知ってビックリしたでしょ。
「や、ケージルー、連絡員、から、ぐる、聞いでつぁ。」
「あれ?今回の採掘隊ってデップさんが隊長だったの?」
「ぞう。」
デップさんはリザード族で、つまりポワ先輩とは同郷だ。
『こっちの方が喋りやすいでしょうし合わせますよ。』
『おお、助かるよ。にしてもヒト種には発音も難しかろうにかなり流暢になったな。』
『練習しましたよー!今回副班長してくれてるポワ先輩にもたまに習ってるんです。』
『であるか。同郷の者と仲良くしてくれて嬉しいよ。しかしこれはウチの姫様にも報告せねばならんな、番のライバルの存在を知らせて尻を叩かねば。』
『ポワ先輩とはそんな関係じゃ……』
そこまで言って気が付いた。僕のお腹にポワ先輩の尻尾が巻きついていて、真っ赤な顔してそっぽを向いていることに。
『……そんな関係じゃ、なんだって?』
『いや、えーっと……?』
よし、なんか居た堪れないからとにかく話を変えよう。
僕は驚いた様子で会話してるのを見ていたみんなに声をかける。
「み、皆さん!採掘しちゃいましょうか!道具ややり方はドワーフ種の方に聞けばわかりやすいですよ!」
「は、班長……?いまリザド語を話して……?」
「さあさあ作業開始!絶対に1人にはならないように!安全第一でお願いしますね!」