【番外編】夜の攻防戦(R15)
「…ねえ? そろそろイイでしょ? 」
言い様、乃利子は早馬に覆い被さり、男のパジャマのボタンを外しに掛かるが、その手を掴まれる。
「っ…まだ、イイんじゃないか? 」
「まだって……あのね。子供を産むのに、タイムリミットはあるんだよ? それに子育てだって体力勝負だし…」
「あ…あぁ、そうだな…。でも、その内…その内、な? 」
「ッッ…」
一年前。長年の想いを実らせる為に、早馬の意思を無視して、乃利子は強行突破で結婚へと持ち込んだ。なんやかんやあって、男とは仲良く出来る様になった…と思っていたのだが、現在は何処か余所余所しい早馬に対して、心の距離がある様に感じていた。
もしかしたら、自分以外の女性に目を向けているのではないのか? と。
だから、二人の関係性の結び付けを強くする為に、早馬の子供を産みたいと思った乃利子は、あの手この手で男を誘おうとするも、悉く玉砕に終わる。
ーー絶対…赤ちゃんを授けてやるんだから…!
男が如何したら「その気」になるのかを考えて、乃利子はネットで“その手の情報”を調べまくった。
作戦その1【アブノーマルなジャンルを求めて、レスを防ごう! 】
説明しようッ!! この作戦は、ワンパターンに慣れたが為に、レスになる事があるらしいので、少しの変化を与える事で、非日常に魅了されて、あら不思議! なんと、性活が復活するでは、あーーりま・せんかぁ♪
「早ちゃん」
「疲れてるんだ…。寝さしてくれ…」
「ゴキュッ………わっ……私を縛ってぇッ!! 」
「……………えっ? 」
乃利子とはそーゆう類のプレイをした事が無かった早馬は、女の口から紡がれる、彼女らしくない言葉に驚いて飛び起きた。
「…えっ?! ちょっ…おまっ…えっ…なに、その格好…? 」
早馬が上体を起こした事で、その上に跨っていた乃利子とは向き合う様な体勢となる。それにより、乃利子とバッチリ目が合う為、早馬は視線を下へずらす。視界には、フリルが沢山ついた白いエプロン、その下には黒のワンピース……所謂メイド服というヤツを身に纏い、その両手には縄らしきものが握られていた事を知った。
「……へっ…変、かなぁ? 」
「いっ…いや……」
つか何処でそんな服と縄を買ってきた? という質問を忘れ、妻の新たな一面に思わず喉が鳴った男は、彼女の頬に触れようと手を伸ばしてーーそれを引っ込める。
「……早、ちゃん…? 」
「ッ……悪いな…」
「…えっ? ちょっ…早ちゃんっ!? 」
早馬は起こした上体を再びベッドへと沈めると、布団を被った。それにより、男の視界には乃利子の姿が映らなくなる。
「ねっ…ねぇ? 早ちゃん。私とーー」
「Zzz…」
「っっ………また…寝たフリするのね? 」
作戦その1……早馬の寝たフリにより失敗。
作戦その2【抑えられない本能を呼び覚まして、獣の侭に子作りに励もう! 】
説明しようッ!! この作戦は、精力剤をパートナーにコッソリ口に含ませる事で、あら不思議! なんと、パートナーがアナタを求めてくるでは、あーーりま・せんかぁ♪あとは、放置させる事で切ない想いをさせ苦しめるのも、応えてあげて満たさせる事でアナタの事を好きなのだと再確認させるのも、思いの儘に♡
「………味付け変えた? 」
「…えっ? マズイ? 」
一口飲み込むと同時に尋ねてくる男に、変な声や返しでは無かったか? と内心ヒヤヒヤしながら尋ねると、早馬はいや…と答えて、再び食事を再開する。それにホッと胸を撫で下ろしつつ、いつ精力剤の効果が現れるのかを待った。
ーー数時間後。
「早ちゃん」
「んー? 」
「なんか…変な感じしない? 」
「変な感じ? 」
「ほっ…ほらっ! こうっ…“ムカムカ”というか、“胸に”こうっ…滾るモノというか……」
男の人だったら下の方だと思うけど…という直接的な表現はなるべく避けて、男の体調の情報をさり気無く聞き出す。
「そうだなぁ……“ムカムカ”するな」
「! ほっ…ホント!? 」
「あぁ。今日の夕食、変わった味付けだったからな。…で? なに入れたわけ? 」
「……へっ…? 」
「気付かないわけがないだろ? お前、ずっと俺の様子を窺う様に見ながら食べてたし…」
「えっ…えっとぉ……精力剤を混ぜて、早ちゃんを“その気にさせる”つもりデシタ」
素直に認める事で、男には乃利子を責める権利が与えられる。それを口実に、早馬は好き勝手に出来る免罪符があるわけで、ーー乃利子は期待した。無理矢理やお仕置きの類は嫌だが、子供が出来る可能性があるなら覚悟の上だ。
「……そうか…」
女の策略に気付かず、早馬は乃利子の腕を掴み、抱き寄せた。久々の抱擁に、心臓がバクバクと脈打って、早死にするのではないか? と乃利子は不安になり、「早ちゃん…」と男を呼べば、大丈夫だ、と告げる様に頭を撫でられる。
良い雰囲気だ。そして、男の先程の反応から、多分…お仕置き系で抱かれるだろう、と。
体を少し離し、お互いに顔を見つめる。
「早ちゃん…」
「乃利子…」
男が顔を近付けてくる気配に、咄嗟に目を瞑る。彼の息遣いが段々ーー
パンッ!
「い"っ!?! 」
なにが起きたのか理解出来ず、乃利子は閉じていた瞼を上げて、ジンジンと痛む額を摩りながら、デコピン後の指の構えを未だにしてる男を睨み付けた。
「なっ…なにすんのよッ!? 」
「そりゃあこっちの台詞だ馬鹿。精力剤で早馬様を興奮させようとかなァ……俺は現役で、興奮したら直ぐに勃つし、長時間維持出来るわッ! 舐めんなッ!! 」
「ッッ…じゃ…じゃあソレで、今晩ーー」
「俺と俺のチンコを信用出来なかった“悪い奥さん”には、罰として、暫しの放置プレイをくれてやる。覚悟しろ! 」
「えっ!? ちょっ…早ちゃんっ!! 」
作戦その2……放置プレイを理由に失敗。
作戦その3【ズキュウウウウゥンン!!!! アナタだけだよ? 】
説明しようッ!! この作戦は、パートナーにバックハグをして、「こんなに心臓が鳴ってるのは誰のせい? 」と尋ねると、あら不思議! なんと、パートナーの方からもドキドキと心臓の音が聞こえ、良い雰囲気に♡その流れで…になるでは、あーーりま・せんかぁ♪これで、パートナーはアナタのト・リ・コ♡さぁ、恥ずかしがらずに…アナタの心臓の音を聴かせましょう!!
「そっ…早、ちゃんッ!! 」
「!?」
テレビに意識を向けていた男の背後に立つと、彼の名を呼んだと同時に抱き締める。
背凭れが二人の間に挟まれてる為、心臓の音は聴き取り辛いだろうなぁと思いつつも、
「私の心臓、こんなに煩いのは、誰のせいだと思う? 」
と例の台詞で尋ねると、暫しの間を置いて、早馬から生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「早ちゃん…? 」
「ッ……ヤバいわ…。結構、こーゆうシンプルなのが、一番なのかもな…」
「! それって……」
もしや…? もしかしなくても、今宵は久々の眠れない夜を迎えられるのでは? と乃利子は期待に胸を躍らせる。
「早ちゃーー」
「っていう反応すれば、満足か? 」
「………へっ…? 」
「なぁ、乃利子。周りが如何であれ、俺達には、俺達のペースがあるんだから、焦んな。…なっ? 」
作戦その3……男のイイ感じの言葉に、上手い具合に丸め込まれて失敗。
その後、頭をフル回転させて編み出した作戦を一つ一つ実行するも、どれも失敗に終わり、その度に乃利子の枕は涙で濡れた。自分よりも長く生きているからか、男の方が一枚も二枚も上手なのだ。
此の儘では、姿の見えない敵により、自分達はーー乃利子は、最終手段に出る事にした。
「………寝たわね…? 」
グウグウと鼾を立てる早馬をじっくりと見つめ、ちゃんと寝てる事を確認すると同時に、息を殺してゆっくりとした足取りで、男へと近付く。目の前まできた乃利子は中腰になって、男が本当に寝ているのかを調べる為、顔を近付けた。
一定の間隔の息遣い……寝ている。
「…寝てる状態は勃ちが悪いって書いてあったケド、本当かな? 」
ネットには、本当なのか嘘なのか判らない情報がありふれている。
「ねえ、早ちゃん…。私…私ね……」
貴方の事が大好きなの…そう口にして、ポロリと涙が頬を伝い、テーブルに向かって零れ落ちた。水滴を視界に入れて、乃利子はハッと、自分が今から仕出かそうとしてる事に罪悪感を覚え、男から離れる。
“お母さんからは? ”
“居ねぇよ。俺、孤児院で育ったし”
親になる事は大変だ。只ではさえ、結婚自体が始まりでドタバタな日々なのだ。全く違う環境で育ってきた他人と、四六時中生活をともに過ごす。言葉にすれば簡単な様に思えるが、実際はそんな甘いものではない。よく性格の不一致で離れ離れになったりする事もあるが、そーゆう日々の積み重ねで生じた問題をお互いが解決しようと動かなかった結果が、そうなってしまったのだと思う。其処に子育て。
自分達の事で精一杯なのに、子育てなどーー出来るものなのだろうか? という不安に、今更ながらに襲われた。
ーー私は……早ちゃんを手放したくないから子供を…でも……ッ
無責任な妊娠は、お腹の中で育っていく赤子だけではなく、その母親、その父親、そして周りの人間をも巻き込む事がある。そして、産むか中絶かの選択しかなく、意見を言えない赤子が犠牲になる事で話が片付けられる事が多いのだとか。
乃利子も早馬も親や環境に恵まれなかった。それでもこうやって、なんとか五体満足で生きてこられて、結婚し、現在は夜の性活がご無沙汰ではあったが、でもコミュニケーションはなんだかんだ取れてて…それだけで幸せな事なんだ、と乃利子は思った。
「ごめっ……御免なさい……ッ」
“なぁ、乃利子。周りが如何であれ、俺達には、俺達のペースがあるんだから、焦んな。…なっ?”
あの時の台詞は、家庭環境や結婚前の自堕落な生活を送っていた事から、父親への覚悟がまだ持てない男の弱音だった。
乃利子はずっと誘いを断る男に対して、自分の事を愛してないから抱かないんだ…と不満でーー早馬の気持ちまで考えられなかった己を恥じ、如何してもっと彼の事を考えられなかったのだろう…と後悔した。
「これからは、無理に誘わないから…。だから私の事……うんん。早ちゃん、変なモノ食べさせて、無理矢理眠らせて御免ね…ッ。……あと、」
言い様、乃利子は早馬の額に口付けし、直ぐに顔を離した。
「愛してるわ、早ちゃん」
乃利子は、一度その場を離れると、ブランケットを持ってきて、それを早馬の肩へと掛けた。上半身を包み込むそれに、もし風邪を引いたら如何しよう…と自分のせいでこうなった感はある不安を抱きつつも、乃利子は愛おしそうに男を見つめ、その頭を優しく撫でた。
乃利子は気付かない。早馬が実は、彼女の策に気付いていて、食べたフリをして、その後は寝たフリをして様子を窺っていた事を。
了
超絶久々の、【一方通行】……ちょっとエッチなコメディ系を目指しました(`・ω・´)❤️




