表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アヤカシ狂奏曲  作者: 葉月十六夜
2/2

【牛鬼を裂く刀≪壱≫】

 妖と人との共存共栄のバランスを整える蔭の大規模組織・調律師組合―――“うつつ”。

 国もその全貌を把握しきれておらず、そもそもその存在を知る者は国の重鎮の中でも極一部であった。

 何より、怪奇現象を見間違いや科学的証明で片付けてしまうこの世の中でそんなファンタジーじみた組織があるなんて、言った所で信じる者は少ない。


 そんな調律師組合から一人の男が左遷された。

 調律師“現”屈指の名家『神無月一族』の若頭―――神無月刀かんなづき トウ

 名家の調律師でありながら、その素行の悪さから七人の最高幹部勢に左遷勧告を言い渡され、新幹線・電車・タクシーを乗り継いで約六時間かかるど田舎に約一年間拘束される事となった。


 現地に到着するや否や、人の目に付きやすい場所に平然と姿を現す水の妖・水ノ玉(みのたま)を排除しようと動くも、その制する者が突如現れた。

 同業者でこの地を管轄している調律師一族『如月一族』の調律師―――


如月奏きさらぎ カナデだった。




 ―――――――――――――――

 ――――――――――――

 ―――――――――





(………それで、何でこうなってんだよぉ?)


 トウは額に青筋を浮かべながら畳の上で胡坐を組んで、目の前の看過し難い光景に目を向ける。

 その信じられない光景に…―――


「カナデー、キョウモ、アソボーヨー」

「イイよ。今日は何して遊ぶ?」

「カクレンボー」

「オニゴッコー」

「じゃあ合わせて隠れ鬼しよっか」

「「「サンセー」」」

「『サンセー』……じゃねぇよ!」


 耐え切れずにツッコミを入れた。

 先程、小川の畔で見つけた三匹の水ノ玉(みのたま)が調律師・如月の支部となっている古びた寺院の中で楽しそうに飛び跳ねているのだ。

 バスケットボールサイズの透明な球体が縁側で楽しそうに話している。


(つーかどうやって喋ってんだよ?)


いや口はおろか顔が何処についてるのかも分からない。そもそも下級の妖の水ノ玉(みのたま)が喋るなんて初耳……いや初めて見た。都会に隠れ潜んでいるテニスボールサイズのよく知る水ノ玉(みのたま)が喋っている所など見た事が無かった。ましてや意思の疎通など……。


(……いや。今ここで一番可笑しいのは―――)


 そう思いながら、トウは三匹の水ノ玉(みのたま)と楽し気に喋っている男の姿を睨み付ける。その男―――如月奏きさらぎ カナデトウの視線など気にもせずに一匹の水ノ玉(みのたま)を抱きかかえて撫で回している。撫でられている水ノ玉(みのたま)も嬉しそうに震えている。あとの二匹も羨ましそうにカナデの周りをぴょんぴょん飛び回っている。


(てか俺も何で分かんだよ…)


 こいつ等顔無ぇのに…。と思いつつ、目の前で起きている光景を凝視する。いや本当は物凄く目を逸らしたい。今目の前で起きている事態は自身の概念を覆す光景だった。

 

「おい。如月」

「ん?」


 ドスの利いた声でトウカナデを呼ぶ。カナデはその声に応えて水ノ玉(みのたま)を撫でながら視線をトウへ向ける。その視線は柔らかく、トウの人を視線だけで殺しそうな鋭さとは対照的だった。

 カナデトウの呼び声に応えると、その薄い唇で弧を描き、何処か楽し気に笑ってみせた。


カナデでいいよ。此処には如月しか居ないからややこしいだろ?」

「別にややこしくは無ぇだろ」

「じゃあ如月現当主の俺の兄の事は何て呼ぶんだ?」

「………」

「だろ?」


 ニコニコしながらカナデトウを言い負かした。


(コイツ、癪に障るな…)


 トウは更に眉間の皺を深くさせた。対するカナデトウの視線など意にも介さない。

 トウはその様子を見て、すぐさま確信した。コイツとは気が合わない…。と。


「お前。何で妖と仲良しごっこしてんだ?」

「そりゃあ、ごっこじゃなくて本当に仲良しだからだよ。なぁ、センシズクツユ


 カナデはまるで幼い子供を相手にする様に、周りを飛び跳ねる三匹の水ノ玉(みのたま)に声をかける。名前と思しき固有名詞で呼ばれた三匹は更に嬉しそうにカナデの周囲で飛び跳ねた。


「ソーナノー」

「カナデ、ナカヨシー」

「ハヤクアソボー」

「分かった分かったって。あ、混ざる?」

「混ざんねぇよ!」


 とんでもない誘いを大声で断る。カナデは尚も涼しげな顔で「あ、そう?」とだけ返して、三匹の水ノ玉(みのたま)達と一緒に広い庭に出て行った。その姿を目で追いつつ、トウはその場から動かず声を張り上げる。


「おい待て。まだ話は終わってねぇぞ」

「いや終わってるよ」


 その言葉に対し、カナデはくるりと振り返って、目を閉じたまま会話を続けた。三匹の水ノ玉(みのたま)達が庭の彼方此方に隠れに行ったからだ。


「アンタの『何で妖と仲良しごっこしてるのか?』の質問に対して、俺は『ごっこじゃない』と返したはずだ。『ごっこ遊び』というそもそもの勘違いを訂正したんだ。だからさっきの質問に対する話は終わりだよ」

「何が勘違いだ。度を越した勘違いしてるのはお前だろ?」

「俺が勘違い?」

「そうだ」


 トウは断言する。カナデは閉じていた目を軽く開き、トウの姿を見据える。畳の上に胡坐をかき、大きな背中を猫の様に丸めて、肩を怒らせている。その瞳の奥には、激しくも冷たい炎が宿っているようにカナデは捉えた。


「何で妖なんかと仲良しになれると思ってんだ? 奴等に俺達と共生出来る知恵も知識も無ぇんだぞ」

「それこそ勘違いだよ。妖達にはちゃんと知恵も知識ある。但し、その習得に時間がかかってるだけだ。人間の何百倍も長生き出来るから急がないんだよ」


 カナデは確信を持ってトウに言い返す。実際、カナデの言っている事は正しい。妖には人間にとって永遠とも言える時を生きられる。だから知恵も知識もそれだけの時間をかけて得るのだ。


「古の妖怪の中には千年以上の時を生きて、それだけの知恵と知識を得た事でとある霊峰の守り神にまで上り詰めた者も居るんだ。人が有せる短い時間の中で妖に賢さが足りないと断定するのは、人間の身勝手な解釈だよ」

「ケッ。下らねぇな。どれだけ綺麗事や偽善を並べようが結局俺達は人間側だ。人は人の秩序を優先する。生きていく時間の長さも流れも違う妖が、人間側の常識を軽視して人の世に仇を成す存在となりえる事態は、調律師が誕生した時から、更に言えばその存在が確立された平安時代から祖国の安寧秩序を護って来た調律師達が抱える難題だった!」


 カナデの言葉に反論するトウの声は徐々に大きく荒げていった。カナデトウの言葉を黙って聞き入れる。


「はっきり言ってやるぜ。ど田舎育ちの平凡脳! 人と妖は相容れない! 妖に人の気持ちなんざ理解出来ない! 逆もまた然りだ! 分かり合えない以上―――妖と人は“敵対”して相応しない!」


 言葉尻と共に、トウは畳を強く殴りつけた。い草の表面を叩き付けたお陰でそこまで大きな音にはならなかったが、軽く空気が震えた気がした。

 トウは畳を殴りつけた直後、苛立ったまま立ち上がって部屋から出て行こうとした。


「何処行くんだ?」

「っせぇ。電話だ」


 振り向きもせずにカナデの問いに応える。

 障子を開けて大股で廊下を歩いて行くトウの背に向かってカナデは軽い口調で声をかける。


「あー夕飯は六時だからなるべくそれまでに帰って来なよ、トウ?」

「っせぇ! 馴れ馴れしい!」


 家が震えるんじゃないかと思う程の声量でカナデを怒鳴りつけたトウ

 玄関の引き戸を勢い良く開けて、勢い良く閉めて出て行ってしまった。

 そんなトウの後を追う事も無く、カナデは苦笑いを浮かべて「やれやれ」と肩をすくめた。縁側に腰を下ろして天を仰いだ彼の元に、家の奥から姿を現した着物姿の男が歩み寄った。


「苦戦してるな、カナデ


 男は落ち着いた声音と柔らかい口調でカナデに話しかける。着物が着崩れない様になれた動きでカナデの隣に正座して座り、彼の視界に風に吹かれて靡く見慣れた銀色の髪が映り込む。

 男に声をかけられ、カナデは柔らかく笑みを返す。


「そうでもないよ、兄さん」

「ハハ。まぁお前ならあの程度の反発なんて何とも思わないか?」

「まぁね」


 カナデが「兄さん」と呼ぶその男。着物姿と混ざり気の無い純粋な銀色の長髪をポニーテイルに結い、垂れ目を隠す様に丸眼鏡をかけている。

 一見するとカナデと似ていない出で立ちだが、その着物姿の彼―――如月響きさらぎ ヒビキは紛れも無いカナデの実兄であった。

 兄、ヒビキに肩を軽く叩かれ励まされるカナデだったが、当の本人は全くという程気になどしていなかった。

 寧ろ、何処か楽しそうだ―――と、ヒビキは察した。


「所で、一人で外出させて良かったのかい? また辺り構わず妖達に刃を向けるかもしれないぞ?」

「大丈夫。一応、山背ヤマセ達に見てもらってる。それにその件はさっき兄さんが釘を刺したじゃないか」


 トウカナデと出会ってすぐに、如月一族の拠点である古びた寺院に招かれた……―――もとい。カナデが笑顔で連行して来た。

 一見すると華奢な体躯に見えるカナデに腕を掴まれ、トウは苛立ち気に振り払おうとしたが、思いもよらぬ握力で握り返されてしまい、痛がっている間に寺院に辿り着いていたのだ。ようやく握られた腕を解放され、ブチ切れ状態のトウカナデの胸倉を掴み上げようとした時、今度は何処からともなく現れたヒビキの膝カックンによって地に膝を着けられた。

 何が起きたのか理解できないまま、トウは膝を着いた自分を見下ろしてくる如月兄弟の笑顔を恐る恐る見上げ、言われるがまま、手を引かれるがままに、客間に連れて行かれた。そこで如月家当主のヒビキの口から直々に、トウの約一年に及ぶ地方支部への左遷の概要を伝えられた。とは言っても、その内容はトウが事前に東京の支部で七人の覆面達に言われた通りの内容だった。

 納得がいっていない話を繰り返し聞かされる事への不満と苛立ちがトウの脳内を満たしていく。

 そしてトウを最も苛立たせた話が―――


「―――最後にもう一つ。我々、如月が管轄しているこの地区内に棲まう妖達への対応は、いかなる場合であっても“殺傷・暴力・封印”の単独行為を禁じます。そういった必要があると判断した場合は必ず僕等兄弟へ連絡をして下さい。当然、事後報告は無しです。妖達との友好的な交流であれば許可取りは必要ありません。これ等の内容を順守して頂けない場合は、僕の方から現神無月当主である君の御父君に連絡をする事となっており、その瞬間、君は即日勘当される手筈となっているので、悪しからず」

「………」


 トウは開いた口が塞がらなかった。悪い夢だと思って手の甲を軽く抓ってみた。普通に痛かった。

 そんな唖然とするトウを他所に、ヒビキは柔らかな笑顔を向け、綺麗な動作で立ち上がった。そのままトウカナデに背を向け、部屋の外へ出ようと襖に手をかけ、手を止める。


「あー言い忘れてました。この寺にも妖達が毎日(・・)遊びに来るので、是非相手になってあげて下さいね」


 最後にそれだけ言い残し、ヒビキは今度こそ部屋を出た。客間に残されたトウカナデ。先にカナデが立ち上がり、放心状態のトウの肩を軽く叩く。


「まぁとりあえず。部屋に案内するよ」


 そう言った。満面の笑顔で。殴りたい衝動に駆られたが、何とか押し留まった。

 

 そうして、初めの状況に至る。部屋に案内されたトウはヤケクソ気味に荷物を放り入れ、カナデの案内で縁側まで案内されるも、そこで普通に飛び跳ねながら遊んでいる先程の水ノ玉(みのたま)達を目撃し、衝動的にかたなを抜こうとして、再度後頭部をカナデに(さっきより強めに)叩かれ止められてしまい、渋々苛々しながら三匹と一人の戯れを眺めていたのであった。


「僕の釘なんて、彼すぐ抜いちゃいそうじゃないか? と言うか話ちゃんと聞いてたかも怪しいよ?」

「聞いてたからあんな顔して固まってたんでしょうよ。自分の置かれてる状況くらいは理解出来てるはずだよ」

「だと良いけどねぇ」


 問題は、トウ自身が置かれている状況下で理性を保つのか、はたまた、意地を通すのか……。


「初日なんてこんなもんだよ、兄さん。一年も猶予期間があるんだから、ちょっとずつ解してってあげようよ」

「……そうだな。まぁこう言った事は、僕よりお前の方が適任だろうし、任せるよ」

「アハハ。了解しました」


 カナデは楽しそうに笑った。そんな彼の視界の隅で、半透明の水色をした球体がチラッと此方を覗き込む。


「あ! セン見っけ!」

「ワー! ミツカッター!」


 そしてそのまま隠れ鬼を継続し始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ