PIYU HORSE
屋上の飾り気のないコンクリート剥き出しの床の上には、銀色に鈍く光るあまりにも巨大なUFOーー
などは一切なく、だだっ広い空間にちんまりとした子供用のポリエステルでできたテントが置かれており、ジッパーで開かれた窓部分から顔を出したぴゆが此方に手を振っている。
巨大UFOがなかったことに安心するやらガッカリするやら、少し難しい気持ちでドアを静かに閉めた。
「いらっちゃ〜い!ぴゆハウスへようこちょ!」
「いやいや…いつからここに住んでるの?」
「えーと、いこしまえ」
自立していると自慢げに言っていたのは、うちの屋上にテントを張って住んでいるからだったのか。
ぴゆが顔を覗かせているぴゆハウスとやらの壁には、カラフルな花や蝶々のイラストが描いてあり、屋根には『PIYU HORSE』と汚い字で書いてあった。惜しい…。
「この家はどうしたの?」
「ぴゆがぴーゆんアイランドであゆばいとをして買いまちた!
50どんぐりしまちたが、後悔はしていまちぇんね」
ぴーゆんアイランドでは通貨がどんぐりなのか…高いのか安いのか全然分からない。
ぴゆが少し遠い目をしてうんうんと頷いているので、少し背伸びして買うくらいの金額なんだろうな。
「ま!立ち話もなんでち、中にどじょ!」
「う、う〜ん…新居にお邪魔するのは申し訳ないから、俺は外で大丈夫かな」
ぴゆハウス(ホース)のサイズ的に、中に入るとなると窮屈な思いをすることは目に見えていたので、丁重にお断りした。
「んも〜!ゆーたはおしゃまさんでちねぇ!
気にちなくてもお茶するだけでちよぉん!きゃーなんでちよぉ〜!」
何処をどう履き違えているのか、ぴゆは頬を赤らめながらくねくねしている。
「変な意味じゃないってば…。
えっと、家の中、見てもいい?」
「いいでちよ!」
ドアは窓と同様、直接プリントされているイラストで、ジッパーで開ける仕組みになっているらしく、ぴゆが内側からジッパーを開けてくれた。
ドアが頼りなくぺろんとめくれ、家の中が露わになる。
テントの内側には家具のイラストが描かれていて、四隅には細く長い骨組みが見えていた。折り畳み可能のテントのようだ。
実際に本物の家具と言えるものはほとんどなく、床に敷かれたマットの上に小さな寝袋とゲーム機のようなもの、マグカップとケトルがちょこんと置いてあるだけだった。
「あっ…結構…シンプルだね」
「ゆくゆくは本格的な家具を買うつもりでち!
夜になったらこれをつけるんでちよ」
ぴゆがケトルの持ち手にあるスイッチを押すと、下部がオレンジ色に柔らかく光る。
「お湯も沸かせるしライトにもなるし、ほんとに便利でち!こりは15どんぐりしまちた」
さすさすと大事そうにケトルを撫でている。
「これは火を使うの?」
「ぴゆはまだちゃんちゃいなのでぴは使えまちぇん。こりはぴーゆん電池式でち」
ぴゆがケトルの底の小さな蓋を開くと、見慣れない四角い形の緑色のものが入っていた。恐らくこれがぴーゆん電池とやらだ。
(ていうかまだ3歳なんだ…)
それなら数々の覚束無い点も納得がいく。
ぴーゆん星人の成長速度にもよるが、3歳にしてはよくやっているほうではないだろうか。
「何か足りないものとかない?
うちにあるもので良かったら持ってくるよ」
「ありがとうございまち!
でも、今はこの不便なせいかちを楽しんでいるんでちよ」
不便な生活といっても、しっかり暇つぶし用のゲーム機を持ち込んでいるあたり、ちゃっかりしているなあと思う。
一先ずその場でぴゆと別れて、自宅に帰ることにした。
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帰宅後、何となく家の中を見回すと少し部屋がスッキリとしている気がした。
確かに掃除は軽くしたが、まるでいつも見ている家具が一つなくなっているような物足りなさがある。
(………)
考えてもよく分からなかったので、ごまかしにテレビをつけた。
前髪をまっすぐに切り揃えた清純そうなアイドルがニコニコしながらトークをしている。
昔はお笑い番組や音楽番組が好きで、毎週欠かさずに観ていた番組もあったけれど、いつの間にか観なくなっていたので最近の番組は全然分からない。
画面の向こうのアイドルがプレゼント箱を開けた瞬間、中から煙が噴出して白いクリームまみれになったところで、チャンネルを変えた。
『さて、続いては天気予報です。
今夜遅くから明日昼にかけて全国的に雨と風が強まるおそれがあり、特に日本海側では雷を伴った非常に激しい雨が降る見込みです。
不要不急の外出は控え、土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水や氾濫に警戒してください』
適当につけたニュース番組で丁度良く天気予報をしていた。
久々に布団でも干すかと思っていた矢先のことで出鼻を挫かれた気分だ。
(ぴゆのテントは大丈夫かな…)
心配ではあったが、頼まれてもいないのに手を貸すのもかえってぴゆに失礼な気がして様子を見ることにした。
何かあればこの距離だ、すぐにうちに駆け込んでくるに違いない。
早くも窓を雨が叩く音がした。