閃光よりもはやく
「うまでちねぇ」
ぴゆは自転車の前カゴに座って鼻歌を歌いながら、メロンソーダ味のアイスをちまちまと食べている。
希望通りアイスを買ってもらえてご機嫌な様子だ。
「ゆーたはそんな地味なやちで良かったんでちかよ?」
「俺はこれが好きなの。
そんなこと言うならひと口あげないよ」
「ぴゆ、そのあいちを選ぶゆーたのセンスって最高だと思いまちた!
はい、あーーん」
仕方なく差し出した俺のグレープシャーベットを、ひと口どころかしゃくしゃくとふた口齧ると、ぴゆはまた自分のアイスを大事そうに舐めた。
ふと、大学のゼミが終わった帰り道、ハルとこうしてアイスを食べながら帰ったことを思い出す。
(なんで今まで忘れてたんだ…)
自分でも気付かない内にハルとの思い出が消えているのを痛感して、また身体の内側からスーッと血の気が引いていくのを感じる。
なんで
あんなに、大切だったのに。
食べずに右手に握ったままのアイスが溶けて、指の間をだらだら垂れてゆく。
呼吸が荒くなる。
視界が白くなる。
こんなふうに いつのまにか
どろどろにとけて
ぜんぶ
わす れる ?
「ゆーた」
ぴゆに声を掛けられてハッとする。
「ハルちゃんはさ、せぶんちーん、何の味が好きだったんでち?」
ぼんやりした頭を無理やり働かせて思い出を辿る。
「あ……えっと、ハルは、黄色が好きで…
パッケージが黄色で可愛いからって」
『プリン味にしよっと』
ハルがカスタードプリン味のアイスを美味しそうに食べる顔がぼんやりと脳裏に浮かぶ。
「いつも…いつも、プリン味だったよ。
俺は毎回違う味を買うから、ひと口の交換をする時、少し損した気分だった」
「ほや、ちゃんと思い出せたじゃないでちか」
「でもさ、俺…」
ハルと過ごした日々の思い出はカケラだって大切にしていたはずなのに、どうして今の今まで忘れていたのか。
薄情な自分自身にやり場のない怒りに似た感情が沸いてきて、自転車のハンドルを握る力が強くなる。
「だいじょーぶ。ゆーたは忘れたわけじゃないでち。
ただ、今すぐ思い出せないだけ。
だかや、ぴゆと一緒にハルちゃんとの思い出を見つけていきまちょうよ。
ゆーたがハルちゃんとしたことを、ぴゆにも教えてくだちゃい」
「ハルとしたこと」
「そうでち。まずは今日、1個目でちね。
ハルちゃんとゆーたは、せぶんちーんのあいちをよく食べていまちた」
「そう…そうだね」
「はい。じゃあ、あそこで手ぇ洗いまちょうね」
ぴゆが指差す先には公衆トイレがあった。
存在を忘れられたグレープシャーベットは、右手に握られたまま半分溶けて崩れかかっている。
「ぴゆ待っててあげゆかや、洗ってきなちゃい」
「うん、ありがと」
ぴゆに促されるがまま、自転車を公衆トイレの近くに停めて水道で手を洗った。
持っててあげるからと言われた時に想像はついていたが、手を洗い終えてぴゆの元へ戻る頃には俺のアイスはただの棒になっていた。
2本の棒を双剣のように構えて遊んでいたぴゆは自転車の前カゴからひょいっと飛び降りるとそのまま駆け出していった。
「ゆーた!おうちまでかけっこでちよ!
双剣の使い手・閃光のぴゆについてこれまちか?」
2.3メートル先で立ち止まったぴゆはその場で飛び跳ねながらアイスの棒を振り回している。
キリッとした表情をしながらアイスの棒を構えているぴゆを見ていると、さっきまで落ち込んでいたのがバカバカしく思えてくるから不思議だ。
「俺のほうが速いと思うよ〜」
ゆっくりと自転車を漕いでぴゆを追い越すと、案の定、少し後ろからぐずる声が聞こえる。
「あー!待ってくだちゃいよぉ!
待ってくだちゃいよぉ〜〜!!」
自分が先に飛び出していったくせに。
やれやれとすぐに自転車を降りて後ろを振り返ると、本気で置いていかれると思ったのか、泣きながらがむしゃらに走るぴゆが見えた。
「あ」
危ない、と声に出そうとした瞬間、歩道のコンクリートを押し上げて伸びる街路樹の根につまずいて、ぴゆはべしゃりと転んだ。
「あーあ。大丈夫ー?」
「ぴゃぁあーーーん!!!!」
さっきまでカッコつけていたのに、今は転んだまま起き上がりもせずに火のついたように大泣きしている。
「はいはい、今行く今行く」
自転車を傍らに停めてぴゃあぴゃあ泣く生き物を抱き上げる。
ふわふわの顔についた砂をぱっぱと払うと、ツヤツヤの黒飴のような瞳と目が合った。
「ぴゆ血が出た?」
「出てないよ、どこからも」
そもそも羽毛で覆われてるんだからという言葉を飲み込んで、ひっく、ひっくと、しゃくりあげて泣くぴゆの頭を撫でる。
「ぴゆ、転んじゃってかわいそう?」
「はいはい。そうだね」
「じゃあ今日の夜はハンバーグ?」
「今日は素麺だよ」
「ぴーゆん!」
さっきまで泣いていたくせに、短い腕で腕組みをしながらムスッと眉間に皺を寄せている。
ぴゆをそっと自転車の前カゴに座らせてゆっくりとペダルを踏み込んで漕ぎ出すと、夏の夜のしめった生ぬるい風が絡みついてきた。
カラカラと自転車のタイヤが回る音と一緒に、頭の中でハルが楽しそうに笑った。




