ヒビ割れ
自動ドアが開いた瞬間、館内の涼しい空気が身体を包むように吹き込んで、自転車を漕いで火照った身体に清々しい。
思わず深呼吸すると、真新しい建物の匂いと本の匂いがあわさって心地が良かった。
カウンターでニコニコと微笑む司書さんに会釈をして奥へと進む。
館内はガラス造りとあって陽射しを多く取り入れているものの、本が日焼けしないようにサンシェードがきちんと配置されていて、また読書スペースには直射日光が当たらないようにパラソルがあったり、窓にはロールスクリーンがあったりと、見た目だけを重視して機能性を蔑ろにした訳ではなさそうだった。
所々に配置された観葉植物やゆったりとした大きなイスが何処となくリゾート地を思わせる。
図書館にありがちな薄暗さや重苦しさを感じさせない開放感を感じるつくりに、設計者のセンスと本への愛情を感じた。
平日の昼間ということもあってか、利用者がまばらなのはとても都合が良い。
辺りを見回して、特に人気がない専門書の棚の前でリュックを前に持ち直し、チャックを開けて小声でぴゆに話しかける。
「…大丈夫?」
「ぜーんぜん大丈夫でちよ、でももうジュースがなくなりそうでち」
ぴゆが水筒を軽く振ると頼りない水音がした。
「飲み過ぎ。次はお茶だからね。
人が少ないから外に出ても大丈夫そうだけど、歩いてみる?」
「うん、ぴゆとちかん初めてでち!」
ぴゆの脇の下に手を入れてカーペットが敷かれた床に下ろす。
「おお〜、ご本がいっぱい」
「そうだね。
本棚…は、流石に難しいと思うから適当に俺が本選ぶね」
ぴゆの目線だと幼児用の本棚がせめてと言ったところだ。
「料理の本はあっちかな…行こう」
リュックを後ろに背負い直し、コーナー名が書かれた看板を目印にして目的の棚を目指した。
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料理本のコーナーに行くと、和食の基本レシピや冷凍保存のコツなど、様々な見出しの本が並んでいた。
できるだけ色々な料理が載っている本が良いだろうか。
『世界の料理図鑑1000』という本を手に取って数ページ捲った後、下段の本を物色するフリをして足元にいるぴゆに話しかける。
「ぴゆが探してるご飯ってさ、どこの国の料理とか…味とか分かる?色とか」
「んーと、にじいよ」
「にっ!?……にじいろ?」
驚いて大きな声が出てしまいそうになり、慌てて咳払いをしてごまかした。
「虹色の食べ物は恐らくないんだけど…。
味はどんなのか知ってる?」
「たちか甘くて苦くてすっぱいでち。
丸くてさくさく、中がやらかいでち。
どこの国かはわかりまちぇん」
詳細を知る前よりもさらに分からなくなるなんてことがあるだろうか。
「それ本当に地球の食べ物?」
「聞いたんでちもの、おいしいって。
んーと…まくよん?」
「……!!…マカロンだ…!」
また大きい声が出そうになってしまったのを何とか飲み込んで絞り出す。
そっと顔を上げて周りを見回したが、かなり離れた位置に年配の利用客が新聞を読んでいるだけで誰にも怪しまれている様子はない。
ほっと胸を撫で下ろし、ちょうど手にしていた『世界の料理図鑑1000』のお菓子のページを探す。
「マカロンはご飯じゃなくて甘いお菓子だよ。
載ってるかな……あ、マカロン、これ」
「へーえ。ぴゆあかときいよにすゆ」
「赤はイチゴ味、黄色はレモン味だね。
黄色の……マカロン…。
つくるの…むずかし…い…」
ーーマカロン。
作ったことがある気がする。
(頭が痛い。目がチカチカする)
すごく難しかった。
あげるために作った分も、余分に作った分も、表面が全部ヒビ割れて。
「…ゆーた?どうしたんでち?」
(頭が痛い)
マカロン。
だれにつくった?いつ?
『わたしが黄色が好きだから黄色にしてくれたの?』
『すっごく美味しい!お店のやつみたい!
…お店のマカロン食べたことないけど』
『割れちゃってても、このマカロンがわたしは世界で一番好き』
懐かしい声。
「ゆーた!ゆーた!」
手にしていた分厚い図鑑がバサッと床に落ちる。
「ゆーた、どうしたんでちよ〜」
俺の肩をゆさゆさと揺さぶりながら不安げに顔を覗き込むぴゆを見て、ああ図書館に来ていたんだと思い出す。
「ごめん、ちょっと…ボーッとして。
暑さにやられたのかも。一回外に出てもいい?」
「だぶなんでちか?おかおがまっしよ」
「大丈夫だよ、ありがとう」
しょぼんとした顔をしたぴゆの頭を撫でた後、抱き上げてまたリュックに座ってもらう。
床に落ちた図鑑を拾い上げて本棚に戻し、よたよたと歩きながら出入口を出た。




