思い出の数だけ
「ぽあよーございまーち…」
「おはよ」
遮光カーテンから朝日が細く漏れ出す頃、ぴゆはむっくりと起き出した。
頭の毛がレの字に跳ねているのが気になるのか手で触っている。
布団を丸めるように畳むと枕と一緒にベッド下収納に詰め込んだ後、半ばよろけながらカーテンを開けた。
「まぶし…まぶし…」
「ココア、置いとくよ」
「ありまと〜…」
朝日の眩しさに目が数字の3になったぴゆはもたもたとローテーブル前に置かれたビーズクッションに近付くと、自分が座りやすいようにこねくり回した後、ぴょんと飛び乗ってココアを啜った。
「はぁ〜〜……うまでちねぇ…
ぴゆのあちゃは、この一杯かや始まゆ。
ねちかへ・ごーゆどぶいぇんど」
「それミロだけどね」
「ぴーえむへの出演依頼がいつきてもいいように練習しているんでちよ」
ミロを飲んで目が覚めたのか、フフンと得意げなぴゆがテレビの電源を入れるとちょうど天気予報が始まった。
品のいい薄紫のカーディガンを羽織った女性アナウンサーが大きな液晶画面の横で丁寧にお辞儀をしている。
『おはようございます。今朝は全国的に気持ちの良い青空が広がっています。
気温は例年より少し高めで、日中は穏やかな陽気になるでしょう』
キュウリとハムのサンドイッチとコンソメスープをテーブルに並べて、ぴゆの隣に座る。
「天気に恵まれて良かったね」
「気持ちよくお見送りできまちね」
寂しげに笑うぴゆの頭を撫でるとつぶらな瞳からぽたっと涙が落ちた。
「あ、なんか勝手に出てきちゃうんでちよ。
気にしないでくだちゃい」
へへ、と笑いながら乱暴に目を擦るぴゆの手を優しく止めて、ハンドタオルでそっと目元を拭う。
「あの、ちゃ」
受け取ったハンドタオルで顔を隠しながら、ぴゆはもごもごと呟くように話す。
「…ぴゆハウスは、ぴゆのとこよにきてよかったかな?
もっと大事にしてくれるひとのとこに行ったほうが、ちあわちぇだったかな」
「……ぴゆハウスはさ」
ぴゆの頭を撫でながら、続ける。
「物だから、誰か…ぴゆハウスを作ってくれた人たちがいるよね。
ぴゆハウスを作った人は、大事に使って欲しいとか、楽しく使って欲しいとか、きっと色々考えて作ったと思う。
もしぴゆが、ぴゆなりにぴゆハウスを大事に扱って、楽しい思い出をたくさん作ったのなら、それはぴゆハウスを作った人たちにとっても、ぴゆハウスにとっても、望まれたことじゃないのかな」
もっと適切な、幼い子にも分かるような優しい答えもあったのかもしれない。
『ぴゆハウスは幸せだったよ』なんて簡単な言葉がその場限りの綺麗事のような気がして、傷付いたぴゆに対してごまかしをするような気がして言えなかった。
「…あいまとう」
ぴゆはティッシュを1枚2枚と取り、ぷーんと鼻をかんだ後、気持ちを切り替えるようにサンドイッチに手を伸ばした。
「ぴゆ、ゆーたのさんどっち、だーすち!
ぴゆハウスで雨の音を聞きながや、ゆーたのさんどっちを食べたことも大事な思い出でち」
あのときはたまもさんどっちでちたねぇと言いながらぴゆは自分用の小さいサンドイッチをぺろりと平らげると、マグカップの少し冷めたコンソメスープを啜った。
ゾウのイラストが描かれた小さなマグカップは俺の小さい頃のお気に入りだ。
ぴゆはゾウのイラストを手でなぞりながら、次いで部屋の中を見回す。
「ゆーたとの思い出も増えてきまちたね」
「短期間で色々あったからね」
「ぴゆ、ゆーたのこともぴゆハウスと同じくやい、大事でちよ」
「ふふ、そっか…ありがとう」
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朝食の後2人で後片付けを済ませると、ちょうどぴゆのお気に入りのあいうえお体操が始まった。
「おっ!今日もやってまちねぇ!」
テレビの中のちびっ子たちと一緒に歌いながら踊っているので、その間にささっと準備を始めることにする。
ぴゆハウスとお別れするにあたって詳細を調べたところ、どうやら20年ほど前に日本で一般的に販売されていた子供用の室内テントのようだ。
屋根の部分に書かれていたPIYU HORSEの文字はやはり後から誰かが書き加えたもので、元々はPINK HOUSEと書かれていた。
材質はプラスチック、ポリエステル、ビニールなど。
目立って変わった材質もなく、そのまま受け渡しをして問題なさそうだ。
テントの裏地に縫い付けられていた骨組みは糸を切ると呆気なく外れて、テントはただの大きな布になった。
比較的、穴の開いていない面が上側に来るように丁寧に畳んで骨組みと一緒に袋に入れる。
その他ゲーム機やライト機能付きのケトルも全て有名企業のものを上から着色しただけで、ぴーゆん電池とやらも調べてみれば塗料で塗りつぶしてあるだけの一般的な電池だった。
ぴーゆんアイランドの雑貨屋とやらはなかなか阿漕な商売をしているらしい。
使用済み電池の回収日はまた別の日なので、蓋を外して電池を抜いた後、ゲーム機とケトルも同じように袋に入れた。
成人男性が幼児用の壊れたテントを持っているのは良くない方向に誤解されかねない。
この前クローゼットの掃除をした時に出てきたしまいっぱなしだった雑貨も、いい機会なので一緒に引き取ってもらうことにした。
袋にまとめた荷物を上からビニール紐でくくっていると、体操をし終わったぴゆが近付いて様子を見にくる。
「あんなにくちゃくちゃだったのにキレイにしてもらって…ぴゆハウス良かったでちねぇ!」
ぴゆはさりさりと袋の上から嬉しそうにぴゆハウスを撫でた。
事前に出しておいた斜めがけのバックを肩から下げて、中を広げてぴゆに見せる。
「ぴゆ、このバックの中に入れる?
そしたらたぶん最後までお別れできると思う」
ぴゆを抱き上げてバックに入ってもらった後、玄関の姿見で確認したが特に違和感もなかった。
「じゃあ行こうか。
外で誰かがいる時、俺はぴゆと話せないからね。わかった?」
「かしこま!」
バックから頭を出して敬礼をしたぴゆはシュッと素早く中に隠れた。




