第94章 アリシア伯爵の領地改革-検地編④
魔都にもどったのは、第七曜日の朝だった。
ゲネンドル伯爵夫妻、ペンナス伯爵夫妻、それにハリジさんたち魔術師と別れてから-
あ、別れる前にわが家に通じる通り道を開けてもらって、直通で帰宅したよ。
だけど、これは職権乱用じゃないよ?あくまでも、ハリジさんの“好意”ということで。
通り道を通る時、ペンナス伯爵さまとゲラルド侯爵さまが、
「申訳ないが、私の家に続く通り道を開けてもらえませんか?」とか
「ついでに、家まで通り道を開けていただけませんか?」とか頼んでいるのが聴こえた。
「すみません。アリシア伯爵さまの家は、すでに何度か魔王さまが行かれているので、座標がわかるのですが、ペンナス伯爵さまとゲラルド侯爵さまのお家は座標がわかりません」
とハリジさんが謝っているのがゲートが閉まる前に聴こえた(汗)。
さすがに睡眠なしでぶっつづけで起きていたのですごく眠い。
メイド長のゼニヤさんにミルイーズちゃんを紹介して、食事をさせてから、メイド服を渡して女中部屋をあたえるように頼んだ。
自分の部屋に入ると、服を脱いでお風呂に入る。
もちろん、ロニアちゃん、アマラちゃん、それにペーミンちゃんとミンタちゃんもいっしょだ。
お風呂でキャッキャ言って騒いで洗いっこをして、そのまま巨大ベッドにもつれるように倒れこみ、お風呂での興奮そのままにしばし戯れる。
ロニアちゃんの白い肌とすらっとしたエルフ特有の体。
アマラちゃんはエルフじゃないけどパンサニディオス族なのでしなやかな体だ。
それにアマラちゃんは積極的なので、ヘタをすると私が一方的にアマラちゃんからされることもしばしばある。
ペーミンちゃんとミンタちゃんはセルヴィニディオス族なので、エルフほどではないけど、かなり体がしなやか。ミンタちゃんは最年少だからか、どこか甘えん坊なところがある。
ペーミンちゃんは、わずか1歳年上なんだけど、ミンタちゃんのことを妹みたいに可愛がって、ベッドでも主導権をとってミンタちゃんを気持ちよくさせている。
私たちは1時間ほどかけてたっぷりと楽しんだあとで、心地よい疲れとともに熟睡した。
東ディアローム帝国の首都ゾドアンスロプルをわずか1日で攻略したあと、魔王軍は西ディアローム軍、鬼人族軍、ボードニアン軍、ミタン軍と共同して、まだ抵抗を続けている東ディアローム軍の掃討作戦を始めた。
ハリジさんも、アンジェリーヌさまたちほかの魔術師部隊といっしょに魔王軍の掃討作戦を支援するために東ディアローム帝国に行くと言っていた。
私は、週明けの第一曜日に登庁すると、マデンキで魔王さまに、ドコデモボードを個人的目標のために使用することを許可してくださったお礼の伝言を送った。
マデンキは、通話したい相手がいない場合、受信した通信を保存できる機能があるので、魔王さまは、あとで私からの伝言を見るだろう。
西ディアローム帝国の私の伯爵領は、即急に何んとかしなければならない。
だけど、西ディアローム帝国の東端ってあまりにも遠すぎる。
一大消費地である首都のゾオルまでは1000キロ以上の距離があり、馬車だと20日くらいかかってしまう。
これでは、いくら農産物を生産しようが、輸出用に肉加工品や乳製品を生産しようが、輸送費と輸送に日時がかかってしまい、まったく儲からないことになる。
農産物をにせよ、いかなる生産品にせよ、安くて速い輸送手段がなければお金にならないのだ。これでは将来的に工業製品を生産- 出来るかどうかはわからないし、何が生産できるかもわからないのだけど- しようと思っても、検討をする価値もない。
アングルスト・ベルミンジャン両軍と東ディアローム軍によるゾオル攻略の心配がなくなり、反対にアングルスト国とベルミンジャン国は主力艦隊を壊滅され、ディアローム帝国の首都ゾドアンスロプルも陥落し、敵陣円は完全に守勢に回ったこともあり、情報分析室も当分の間は24時間体制で対応する必要がなくなった。
久しぶりに定時に家に帰ると、しばらくして魔王城にある学校の授業を終えたお母さまが帰って来て、私の部屋のドアを叩いた。
ドアを開けるとモナさまといっしょだった。
「アリシア、昨日連れて来た新しいメイドのことでお話したいんだけど」
「あ、どうぞ入ってください」
応接室に招き入れ、座るように言う。
「アリシア、あのミルイーズさん、西ディアローム帝国の伯爵さまのお嬢さんだと言うじゃない?」
「元伯爵です」
「元伯爵でも、貴族は貴族でしょう? それをどうして家でメイドとして働かせているの?」
「ミルイーズさんの父親は、先のゾオルでのダイダロス宮乱入事件と西ディアローム帝国の反乱の首謀者の一人なんです」
「え!」
「首謀者!」
お母さまもモナさまも驚いている。
まあ、ミルイーズさんも自分の父親の不名誉なことについては積極的に話したがらなかったのだろう。
「それで、ミルイーズさんの父親のオーマル・エルグノー・ゼーブランドさんは、爵位を剥奪され、全財産没収の上、島流しになるところだったのをドリアンスロゥプ皇帝陛下が恩赦をあたえられ、島流しはしない代わりに、新たにゼーブランド伯爵家の領主となった私の使用人として仕えるか、または一族を連れて西ディアローム帝国を出てほかの国で暮らすか、どちらかを選ぶようにと言われ、オーマルさんは私の使用人として働くことを選んだの」
「...... そうでしたか。私の娘であるあなたのことだから、何か事情はあるのだろうとは思っていましたが、そんな事情があったのですね」
「でも、元伯爵の令嬢だった人が、メイドとしてやって行けるのでしょうか?」
モナさまが、もっともなことを言った。
「元伯爵オーマルさんには、4人の子どもがいるんですけど、その中で条件的に魔王国へ来ても問題のない者を一人選ぼうと思ったのです。ミルイーズさんはまだ独身ですし、気が利いて聡明そうだったのでメイドとして使うことにしました。たしかに、伯爵の令嬢としての暮らしとメイドとしての暮らしは雲泥の差があります。
でも、もし、ミルイーズさんが、そんな逆境の中でも自棄にならず、辛抱強くがんばれるような娘だったら、ほかの道も考えてもいいと思っています」
「うーん... さすが、私の娘と言うか、そこまで考えているなんて知らなかったわ。さすが西ディアローム帝国と魔王国で伯爵になっただけあるわね」
「ラーニアさま、アリシアちゃん、もう立派な大人ですわ」
「まったくね!」
「モナさん、私ちょっとアリシアと二人だけで話したいことがあるの」
「あ、はい。わかりました」
モナさまは部屋を出て行った。
ドアが閉まる音を聴いたのか、部屋のドアが開き、アマラちゃんが顔を出し、お母さまの顔を見て驚いた顔をして「あ、すいません!」と言ってドアを閉めた。
ロニアちゃん、アマラちゃん、ペーミンちゃんとミンタちゃんは、私といっしょに帰って来て、お風呂に入る前に巨大ベッドに寝転がっていたのだ。
「アリシア... あなた、魔王さまの王妃にもならないで、ドゥモレ男爵さまのお嫁さんにもならないで、ブリュストン伯爵さまともお付き合いをやめたみたいだけど... あなた、女の子が好きなの?」
閉まったドアを見ていたお母さまが、私を見て聞いた。
来た!
回りくどいことは言わずに直接核心を突く質問が!
遅かれ早かれ聞かれるとは思っていたんだけどね。
「女の子も好きだし、男の人も好き...」
「え?......」
「私まだ若いし、まだお嫁さんになるとか考えてないの」
「あなた、今年17になるんでしょう? 私は...」
「知っているわ。お母さまは16歳でお父さまに...」
“お父さまが手をつけたのでしょう”と言いかけて、途中でやめた。
「そう。お父さまに愛されて、王妃になったのよ。だから、あなたも16歳で結婚しても...」
「お母さまの時代はそれでよかったかも知れないけど、今の時代は違うのよ」
実際のところは、若い頃セイリョク旺盛だったお父さま-
今も旺盛で、三十を過ぎたマイテさま、お母さま、それにモナさまを放ったらかして18、19歳の若い側女6人と暮らしているんだけど-
が、侍女だったマイテさまやお母さまに手をつけて妊娠させ、それで生まれたのがルナレイラお義姉さまや私ということなんだけどね。
まあ、王宮で働いていれば、そして美人であれば(そこそこの美人であっても)、そう言うことが起こるのはごくふつうなわけで、貴族たちも自分の娘が王さまの愛人になったり、側室になったりすることを望んで美しい娘に宮仕えをさせる者も多いんだから、マイテさまやお母さまたちに起こったことは何も特別なことじゃないんだけどね。
「そうは言っても、お母さんとしては、早くあなたに結婚してもらって安心したいのよ。孫の顔も...」
「やめて、やめて!孫だなんて!」
領地視察の時に一瞬見た“予知夢”、いやいや、あれは決して予知夢じゃないわ。
睡眠不足でボケていた私の脳ミソが勝手に想像した悪夢よ!
私が強く反応したものだから、お母さまビックリしている。
「とにかく、いつか結婚はするし、孫の顔も見せてあげるけど、それは今年でもなければ、来年でもないし、5年以内でないことも確実よ」
「ご、5年以内に結婚しない? ま、まあ、それでもいつか結婚してくれ、孫を産んでくれるのなら何も言わないわ。じゃあ、お休みなさい」
お母さまも、私の気性― 一度言い出したら利かない ―をよく知っているので、それ以上は言わずに戻って行かれた。
「室長、お母さまもどられましたぁ?」
アマラちゃんがドアを開け、悪戯っぽい顔で聞いた。
「うん。出て行ったわよ」
「わ――い!室長、早くお風呂に入りましょうよ!みんな、もうハダカになって待っているのよ!」
「うん、今行くわ」
リンド君とフローリナちゃんたちを一週間の期限で伯爵領に調査のために残した私は、ただ彼女たちの調査結果を腕を組んで待っていたわけではない。
今週は、三日続けて定時に退庁したあとでゲラルド侯爵を訪問して、いろいろと侯爵さまの助言を聞いた。
「ヒツジとかヤギとか牛とか考えたんですけど、羊毛や乳はいいとして、肉の利用法がないんですよね。西ディアローム帝国以外の肉食が禁止されてない国へ売れればいいんですけど、距離がありすぎるので塩漬け肉か乾燥肉しか選択がなく、やはり輸送代が嵩むので、消費市場に近い供給地には値段で太刀打ちできないでしょうし」
「そうですね。でも、アリシア伯爵殿の領地のお隣には巨大な消費市場があるではないですか?」
「え、巨大な市場?」
「アングルスト帝国ですよ」
「ああ、たしかに隣ですし、距離もゾオルより近いと思いますし、トロールたちは我々の10倍は食べますけど、ご承知の通り、今は戦争中で...」
「たぶん戦争は、あと半年もすれば終わりますよ」
「えっ? それはアマンダさまの予測なんですか?」
「いえいえ。長く生きて来た私の直感ですよ。魔王国は今や飛ぶ鳥を落とす勢いです。まだ抵抗を続けている東ディアローム帝国の残軍の掃討が終わり、東ディアローム帝国の完全制圧が視野に入ったあたりで、魔王国軍と同盟国国軍は、アングルスト国とベルミンジャン国への侵攻を開始するでしょう。そして、たぶん短期間で二大トロール大国の政府を倒し、占領してしまうでしょう!」
「!」
いやいや、ゲラルド侯爵さま、すごい明察力ですよ。
「そうしたら...」
「そう。アリシア伯爵殿の領地の隣に巨大な消費市場が出現することになります。だから、今から準備を進めておくのです。ヒツジ、ヤギ、ブタ、牛、馬、なんでもいい。効率のよい家畜を育てなさい。幸い、アリシア伯爵殿の領地の大部分は平野や盆地で草原が多い。放牧は餌をやる必要がなく、少ない人数で管理できるという大きな利点があります」
「はい。それは私も考えました。だけど、オオカミによる損害が...」
「それは牧畜犬を飼って見張らせればいい」
「牧畜犬!なるほど、そんな便利な犬がいるんですね」
領地の農民不足の一因が、兵役による男不足ということもわかった。
いわゆる血税というやつで、働き盛りの男たちは全員召集されていて、領地に残っているのは、兵役を逃れるために税金を払った裕福な町民や商人、聖職者とか司祭、オーマル・ゼーブランド元伯爵の元で仕事をしていた役所の職員、それに病人や年寄り、不具者、それに年端の行かない子どもたちだけだ。
戦争が終わったら、数万人もの男が兵役を解かれて領地にもどって来るのだ。
ゲラルド侯爵さまの予想が当たることを祈るしかないが、戦争が終わるまでに、帰って来た男たちがゲネンドル領でがんばって見ようと思うだけの“居続ける、住み続ける価値のある”、働き甲斐のある領土にしてなければならない。
だけど、それにはかなりの投資が必要になるだろう。手持ちの金貨125枚と大銀貨142枚くらいでは、とてもじゃないが足りないだろう。
至急、金策をしなければ。
手っ取り早く資金を調達する方法は...
魔王さまと寝て、借金を申しこむとか(汗)。
まあ、魔王さまならイヤとは言わないだろけどね。
アマンダさまあたりが何か言い出しそう。そういう先例を作っちゃうと、すぐに真似をする者が出るんだよね。
あれだけの領地の改革、どれくらいお金かかるんだろうか...
金貨千枚、2千万なんて話じゃないだろう。10万とか100万とか...
想像するだけで頭が痛くなってくる。
「銀行からお金を借りればいいではないですか?」
おおよそ、どれくらいの初期投資が必要なのか、ゲラルド侯爵さまに聞いたら、そんな答えが返って来た。
「えっ、銀行?」
銀行なんて考えてもみなかったよ。
子爵になった時に、子爵のお給料を振り込まれることになって、一応、口座は持っているんだけどね。
銀行は、レッべガアルの領主であり、葡萄酒の製造販売元であるエドディガさんへの支払いとか、輸送業者、在庫保管・配送業者などへの支払いにしか使ってなかったし。
そうか、銀行は貯金、送金だけじゃなく、お金も貸してくれるんだった!
魔王国銀行
翌日、早速魔王国銀行に行ってみた。
魔王国国立銀行は、すごく立派な建物で魔都の官庁街にある。
いつもは、家や使用人の支払い用のお金をおろしたり、葡萄酒の支払い金をエドディガさんに送ったりするのにしか使ってないが、今日はお金を借りるので支店長と面談しなければならない。
「これは、アリシア・ゲネンドル伯爵さま。今日はどのようなご用でしょうか?」
二階に上がり、愛想のいいラポーゾディオ族の受付嬢に案内されて奥の支店長室に入った。
恰幅のいいカニスディオ族の支配人が、商業用微笑みを浮かべて立ち上がり、私を迎えるとデスクの前の椅子に座るように言って、私が座ると仕事用の愛想笑いを浮かべて揉み手をする。
前もって、融資の相談に伺うと手紙で知らせておいたので、私の銀行口座の残高とか過去1年間の取引明細などを調べて、私が魔王国の伯爵であり、政府官庁の上級ポストにあり、なおかつ葡萄酒販売をやって儲けていることなどもすでに調べ上げているに違いない。
おそらく、彼の頭の中では、金貨500枚程度の融資であれば、即承認。
金貨1000枚であれば、屋敷を抵当にすれば承認...くらいの数字が用意されていることだろう。
私は、ゆっくりビロード張りの高級な椅子に腰掛けて、静かに言った。
「1年後からの返済開始という条件で、金貨1万5千枚を融資していただきたいのですが」
「ワワワ―――ン?!」
ドテーン!
恰幅のいいカニスディオ族の支配人、大声で鳴くと椅子ごとひっくり返った。
物語のイメージに合いそうな、イギリスかどこかの銀行の画像を入れました。




