第83章 アリシア子爵、伯爵となる②
夕食会が終わり、キャルニボル大統領たちに見送られて馬車に乗ったとたん―
「室長さま、すごいですね!」
「魔王国では子爵、ここでは伯爵ってすごいですよ!」
「それに、西ディアローム帝国では、ついに所領を持つことができたんですね!」
「ゼーブランド伯爵領って、どんなところなんでしょうね?」
「領民とかもたくさんいるんでしょうね!」
ロニアちゃんとアマラちゃんに賛嘆され、質問攻めにされた。
そんなこと聞かれても知らないわよ。
だって、伯爵になるってのも寝耳に水だったし、おまけに所領ももらうなんて。
もらった所領は、何でもゼーブランドって言う伯爵のものだったってボンガゥル侯爵さまが言っていた。
ゼーブランド伯爵って誰だろう?
何か大失態が取返しのつかないことをやって所領を召し上げられた貴族の所領だったんだろうし...
ひょっとしたら、今回の反乱に加わった首謀者とか貴族とかのだったりして。
あー、気が重くなるわ...
パンディーオーン宮に帰ってからも、何だか現実感がなかった。
服を着替えようと部屋に入ったら、プリシルさまがいた!?
「こんばんは。アリシア伯爵さまにロニアさんにアマラさん」
「こんばんは、プリシルさま」
「こんばんわ」
「こんばんわ!」
「ママ、早かったわね」
私たちに続いて入って来たマイレィちゃんが、プリシルさまに駆け寄って抱きつく。
ふうむ。11歳になろうかと言うのに、まだママに甘えたいのね?
って、そこじゃないよ。
どうして、プリシルさまがここにいるのよ?
まあ、状況から判断できることは、マイレィちゃんがプリシルさまを呼んだってことね?
私は、魔王城に住むようになってから、魔王さまやアマンダさまたちは、会話なしで連絡をとれんじゃないかって疑っていた。
それは、今回の総本山での古文書光写作業で確信に変わった。
そして、昨日、私が皇帝・皇后陛下を救うことを決めた時、私はマイレィちゃんに
「ママに連絡をして、事情を説明して大至急応援を寄こしてくださいってたのんで!」
と耳打ちした。
案の定、20分とかからずに、アイフィさんたち魔王国魔術師部隊の最強魔術師たちがやって来て、反乱軍鎮圧を手伝ってくれた。
プリシルさまが、突然現れるなんて、何か重大なことが起きたに違いない。
だけど、悪い事らしいではなさそうなのは、彼女の顔を見たらわかる。
じゃあ、何のご用で来たのだろうか?
「アリシアちゃん、伯爵への叙爵、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「魔王国の参戦騒ぎで、伝えるのが少し遅れちゃったんだけどね...」
「はあ?」
「魔王さまも、この度のあなたの情報総局情報分析室室長での働きを大いに賞賛され、十日ほど前に魔王国の伯爵に叙爵することを決めたんだけどね、ほら、参戦騒ぎでバタバタしていて叙爵式が遅れちゃったの。ごめんね」
ははん。
おおよその事情がわかったわ。
おそらく、私が西ディアローム帝国の伯爵になると言うことを知ったマイレィちゃんが、プリシルさまにあの不思議な連絡方法で知らせたのね。
それで、私の母国(になるんだろうね?)である魔王国に先駆けて西ディアローム帝国が伯爵の称号を叙爵することになったものだから、あわてて魔王国でも私を伯爵にしなければと言うことになって、“参戦騒ぎ云々”というもっともらしい言い訳を作り出し、プリシルさまに命じて、私に魔王国伯爵に叙爵することを伝えさせるために寄こしたのね。
「それはそれは。身に余る光栄でございます」
床に跪いて、少々大げさに畏まってよろこびを表した。
「プッ!」
「アマラちゃん!」
アマラちゃんが吹き出したのをロニアちゃんがたしなめる。
「やれやれ... 茶番はもういいわよね? アリシアちゃんも、もう分かっているんでしょう?」
「...はい」
「アマンダさんがね、魔王国より先にあなたが西ディアローム帝国の伯爵になったら、魔王さまの面目が潰れるって言い出しちゃってね。西ディアローム帝国より早く伯爵に叙爵を決定していたってことになったの...」
私が立ち上がるのを待って、プリシルさまは言った。
「と言うわけで、明日の朝、あなたたちはドリアンスロゥプ皇帝陛下とオジロン大神官殿にお礼を述べて魔王国に帰国し、叙爵式に赴くのよ」
「えっ、明日の朝って... まだ作業が1日分残っているんですけど?」
「あ、それは心配ないわ。今、魔王城でヒマな連中を総動員して作業をさせているから、じきに終わるはずよ」
「「「え... ええええ―――――っ?!」」」
私とロニアちゃんとアマラちゃんが、同調して仰天した。
「作業見てみる?」
「見たいです!」
「わたしも見たいです!」
「あたしも見たい!」
「じゃあ、ユビィラさん、お願いね!あら、声に出てしまったわ」
また、あの不思議な連絡方法で何かを誰かにたのんだみたい。
5分ほど経った時、突然―
ジ…ジジジ…ジジジジ…
周囲の空気が震えるような音がしはじめた。
これは、ドコデモボードで通り道が開けられる時の現象だ。
部屋から中庭に出るガラスドアのあるあたりに、急速に別の場所が見えて来た。
これは、総本山の古代文書保管庫の閲覧室の光景だ。
ガバロス親衛隊の連中が、大勢、忙しそうに腕いっぱいに抱えた古文書や石板を持って行ったり来たりしている。
閲覧室の向こう側には、魔王城のドコデモボード室の光景が見え、栗色の髪の若い娘- たぶん魔術師だろう- が、ドコデモボードに魔素を送りこんでいるらしいのが見えた。
「あの娘は、ユビィラさん。ヴァスマーヤさんと同じアルドラルビダカ魔術学校出身の魔術師さんよ」
プリシルさまが教えてくれる。
たぶん、アイフィさまやミカエラさま、それにアンジェリーヌさま、ジョスリーヌさまたちは、魔王国の軍事作戦に参加していて来れないので、新しい魔術師が呼ばれたのだろう。
アルドラルビダカ魔術学校なんて言われても、全然わからないんだけど。
「保管庫に行って見てみましょう」
プリシルさまが保管庫に渡ったので、続いて入る。
ロニアちゃんとアマラちゃんとマイレィちゃんもあとに続く。
保管庫は、まさに戦場だった。
ソフィエッタさま、アレクさん、アレクたち王妃さまやその他の人たち- 何と、ティルヴィッシュ伯爵夫人のイリエザさま、ギャストン伯爵夫人のマルイーズさま、ペンナス伯爵夫人のフロルフさま、それにゲラルド侯爵夫人のイクゼルさまなどまでが駆り出され、大声でガバロス親衛隊の連中に指示を出していた。
「ここよ。ここから... ずーっと行ってね、ここまで。わかった?」
「ガア!」「ガア」「ガア」
「はい、ここからね。そうそう、大事に扱ってくださいね」
「ガア」「ガア」「ガア!」
「間違えないでくださいね。この書架にある分を全部、並べられている順序で運んで、あとでとった順序にもどしてくださいね」
「ガア」「ガアッ」「ガア」
「ほら、オタオタしてないで、ちゃんと付箋を見てから運んで!ああ、じれったいわね、ほら、これを持って行きなさい!あなたは、これ!」
あの声はアレクさんだ(汗)。
「ガガア...」
「ガアガ ガガア...」
「あら、アリシア子爵さん、お久しぶりね?」
ゲラルド侯爵夫人のイクゼルさまが、私を見て声をかけてくれた。
「あ、イクゼルさままでお手伝いされているのですか?」
「いえいえ。こういうお仕事は久しぶりなので、なんかすごく楽しくて!あ、そこじゃありませんよ。ここからです」
「ガア」
おしゃべりしながらも、ガバロス親衛隊の指図を怠らずにやっている。
通り道から、魔王城に行って見る。
「ユビィラさん、お疲れさま」
「プリシルさま、トゥンシー大先生たちの作業を見に行かれるのですか?」
「うん。あそこも戦場みたいになっているでしょうけどね」
「ユビィラさん、こんばんは。あ、魔都は、おはようございますか」
「おはようございます、アリシア子爵さま」
ユビィラさんは、そばかすのある可愛い娘だった。
あの顔だと18歳にもなってないだろう。
私たちはドコデモボードの部屋を出ると廊下を歩いて突き当りの部屋に入った。
総本山の古代文書光写作業のために用意されたこの部屋は、かなり広い部屋で、ソントンプ研究所の若い研究者連中たちが、総出で光写作業を行っていた。
例の1メートルほどのマシャコウキとか言う箱を二人がかりで持って、古文書が開かれたテーブルの上でに位置し、古文書や石板に書かれている『神聖アールヴ文字』を写しとっている。
今日は、マシャコウキの数も初日には10台くらいしたなかったけど、今日は30台ほどに増えていて、光写作業もかなりはかどっているみたい。
「さあ、わたくしたちも邪魔にならないようにパンディーオーン宮に引き上げましょう」
プリシルさまの言葉で、全員パンディーオーン宮にもどり、プリシルさまは、明日、私たちといっしょに皇帝陛下とオジロン大神官にお礼をするためにマイレィちゃんといっしょに泊まることにした。
明日の朝には魔都に帰れるというので、みんなウキウキした気分になっていた。
私は魔都でまた情報分析室室長の仕事にもどれるのでうれしかったし-
実のところは、トリプルバーガーやフランス料理がなつかしくなっていたためなのだけど-
ロニアちゃんとアマラちゃんも、もうすっかり魔都での一般人の生活になれたらしく、楽しそうにおしゃべりをしながらカバンに荷物を詰め込んでいた。
翌朝は、気分スッキリで起床し、1時間ほどかけてお風呂で戯れたあとで、パンディーオーン宮の管理人さんたちにお礼を言って、フローリナさんが用意してくれた馬車で総本山へ向かった。
もちろん、ザロッケン君たちガバロス親衛隊10騎とウルソディオの憲兵隊100騎の護衛付きでね(汗)。
総本山では、アガピウス・スロゥプ教皇聖下にお目通りし、魔王さまが、今回の反乱軍騒ぎで損壊した建物の修理や備品の購入のために金貨1万枚を寄進する旨をプリシルさまが教皇に伝えると、教皇もオジロン大神官もほかの大神官たちも相好をくずしてよろこんだ。
魔王さまの外交手腕、すごいわ。総本山の禍まで利用して、教皇さまの魔王国に対する印象を向上させる機会にしている。
総本山をあとにして、今度はダイダロス宮へ。
魔王さまの代理としてプリシルさまは、今回の反乱騒ぎに関して、魔王さまは大いに心配されたけど、ガナパティ厩役伯爵やボンガゥル侯爵の迅速な対応で大事にいたらなかったことを知って安堵したと伝えた。
それに対して、ドリアンスロゥプ皇帝陛下とキャルニボル大統領からは、適切に魔術師部隊を送ってきれたことへのお礼が述べられ、私たちとガバロス親衛隊がいたおかげで皇帝一家も無事であったとあらためてお礼が述べられ、それで終わり。
やって来た時と同じ広間からドコデモボードで魔都へ帰るべく、謁見の間から出て広間へ向かおうとした私たちをキャルニボル大統領が呼び止めた。
時差の関係で、ゾオルでは午前11時過ぎだったけど、魔都ではすでに午後11時過ぎだ。
プリシルさまが、ユビィラさんにお願いして、私の家の広間までドコデモボードで通り道を開けてもらった。
真夜中に突然現れ、夜食をたのんだ私にゼニヤさんはすごく驚いたけど、嫌な顔もしないで料理人のサレッテさんと料理助手のドロテナとコリンンヌをたたき起こして、最近、私がハマっているラーメンというスープたっぷりの麺料理を作ってくれた。
魔都はテルクワーレに近いと言っても、2月間近の冬の夜はかなり冷える。
熱々のラーメンは、冷えた身体に染みわたるようにおいしかった。
ラーメンを食べた後で歯を磨いて、四人で仲良く(もう何もする元気もなく)熟睡した。
えっ、アマンダさまに切られた腕は記念に持って来たかって?
まさか!そんなの見せたらお母さまは卒倒されるだろうし、ビアは自分の腕も切って額縁に入れて自分の部屋に飾るって言い出すだろうし、モナさまは気味悪がるだろうから持って来なかったわ。
切られた腕は、丁重にパンディーオーン宮の庭に埋めといたよ。
もちろん、正式に腕埋葬の許可を得たんじゃないけどね。そんなこと許可されるはずもないし。
でも、今日、パンディーオーン宮から出る時に庭に見に行ったら...
穴が開けられていて、掘り返されてなくなっていた。
野良犬が掘って持って行って食べたんだろうか?(汗)。




