第82章 アリシア子爵、伯爵となる①
翌日は、早めに起きてすぐに着替えて総本山に向かった。
馬車の護衛には、ザロッケン君たちガバロス親衛隊10騎のほかに、ガナパティ厩役伯爵が「皇帝陛下のお心遣いです」と言って、憲兵隊を2小隊つけてくれた(汗)。
西ディアローム帝国の憲兵隊って、全員身長が2.5メートル以上、体重が250キロ以上あるウルソディオなんだよね。そのいかつい顔の威風堂々の体躯をもつ憲兵隊100人に護衛されるって、私ってどんだけ国賓なのよ?
朝食は、遅れている作業を少しでも挽回するために、ラビットディオのメイドさんにお願いしてサンドイッチを作ってもらってジュースといっしょに持って来た。
玉子入りサンドイッチとハム入りサンドイッチをパクパク食べながら、例の一覧表にしたがってどんどん運びだす古代文書に付箋を貼って行く。
みんな、昨日皇帝・皇后陛下を救うために大活躍をしたことを思い出しているのか、かなり作業速度が速い。
時間になり、通り道が開いた時、今日の予定分を大幅に上回る量の古代文書と石板に付箋が貼られていた。
「親衛隊さんたち、ここから先、あそこまで運んで!」
「ガア!」
「ガアッ!」
「ガア」「ガア!」
「親衛隊さんの方たち、ここからです。お願いします」
「ガアッ!」「ガア!」
「ガア!」「ガアッ!」
「親衛隊のお兄さん、ここから、端までね!」
「ガア!」
「ガアッ!」
「ガァ!」「ガア!」
「ザロッケン君、この書架のここから... ここまでよ!」
「ガア!」
立っている者は親でも使えと魔王さまから教えてもらったので、護衛のガバロス親衛隊にも運んでもらう。
おかげでさらにはかどった。
オジロン大神官の見回りは、今日はなかった。
あの反乱、ガナパティ厩役伯爵が調査させたところによると、東ディアローム帝国が送り込んでいた諜報員や諜報員によって改宗したソーリス教の隠れ信奉者などが、長引く戦争と戦争によってもたらされている物質不足、物価上昇などに不満をもっていた市民を扇動して巻き込んで反乱を起こしたのだそうだ。
それに、あらかじめ懐柔してあった西ディアローム帝国軍の将兵といっしょになって、ゾオルへ迫っているトロール軍の侵攻と呼応して西ディアローム帝国政権を倒そうとダイダロス宮と大統領官邸を襲撃したのだそうだけど、その一部はエテルナール教の総本山にも押し寄せ、かなりの混乱になった。
幸い、総本山には教皇と総本山を守る目的で300人のベッツガブンド近衛兵がいたので、教皇は無事で何事もなかったけど、総本山の建物の中に侵入し、器物をかなり破壊されたりしたそうで、オジロン大神官は、私たちの翻訳作業の見回りどころではなかったらしい。
ベッツガブンド近衛兵は、西ディアローム帝国の東にあるベッツガブンド地方出身のカニスディオ族たちで、大胆勇敢なことで有名であることから、代々エテルナール教の総本山で教皇を警護する重要な任務を担って来た。今回は、見事に任務を果たして面目躍如といったところだろう。
昼食休みをはさんで、夕方の5時までがんばったおかげで遅れはすべて挽回し、明日には午前中で終了できる見通しとなり、プリシルさまが魔都に帰られた後、作業責任者となった私もやれやれと帰りの馬車の中で安堵した。
パンディーオーン宮に到着すると、パンサニディオス族の美しい娘が入口で待っていた。
「アリシア子爵さま、どうもお疲れさまです」
フローリナさんは、にっこり笑って迎えてくれた。
私たちは、てっきり大統領の秘書官だと思っていたけど、
「いえ、わたしは秘書官ではなく、秘書官見習いです」と訂正した彼女。
大統領が、将来、彼女を自分の秘書官とする目的で、秘書官の仕事を覚えさせているのだと彼女は言っていた。
フローリナさんが出迎えに来ているということは、何かダイダロス宮で晩餐会でも行われるのだろうか?
「子爵さま、本来であれば、ボンガゥル侯爵さまがこちらに出向いて正式にお伝えするはずでしたが、昨日の反乱軍による宮殿襲撃事件の事後処理などで忙しいので、わたしが代わりに参りました」
「そうでしょうね。反乱軍の首謀者や扇動者の捜査とか、捕らえた反乱市民の尋問とか、やらなければならないことが山ほどあるでしょうからね」
「ドリアンスロゥプ皇帝陛下とキャルニボル大統領閣下から、ぜひ、みなさまとごいっしょに夕食をというご招待がありました」
「えっ、また晩餐会?」
昨日、反乱軍がダイダロス宮に侵入して、宮殿内はあちこち破損し、目ぼしい調度品とかもかなり盗まれたと聞いているのに、そんな状況でも晩餐会やるの?と思っちゃった。
「いえ、また晩餐会ではなく、皇帝・皇后両陛下と大統領閣下、それに数人の政府高官だけがご出席される小規模な夕食会です」
「ああ、よか... わかりました」
危うく、ああ、よかったと言いそうになって慌てて訂正した。
晩餐会って、気疲れするのよねぇ。
それに、また舞踏会なんかになったら、数百人と踊らなければならないでそうし。
でも、ロニアちゃんたち、何だかとてもうれしそう。
アマラちゃんと手を取り合っていたわ。
マイレィちゃんは、平然としていた。さすが王女さま。
「それで、皇帝・皇后両陛下は、ガバロス親衛隊のみなさまにも、是非、夕食会に来て欲しいと願っておられます」
「え?」
「ガ?」
予想もしなかったフローリナさんの言葉に、私だけでなく、ザロッケン君たちも驚いた。
「それでは、午後7時にお迎えに参ります」
フローリナさんが帰ったあと、私たちは大騒ぎとなった。
1時間以内に、お風呂にはいって、ドレスを来て、おめかしをしなければならないからだ。
お風呂で揉み合ったり、触り合ったりして遊んでいるヒマなどない...
それでも、20分ほど遊んだけど(汗)。
バタバタと支度をして、ようやく迎えの馬車が来る時間に間に合った。
玄関に止まった馬車からフローリナさん降りた。
彼女は、先ほどとは見違えるようなドレス姿だった。
なに、この美貌でこのあでやかな姿?...
こんなの魔王さまが見たら、すぐに30番目だか、40番目の妻に迎えると言い出すに違いないわ。
美女は何を着ても似合うって真理だと思う。
私がそうだし。ヤーダマーの塔にいたころは、はだしに綿のショーとパンツか長いスカートに綿の上衣と言う質素なスタイルだったけど、警備員さんたちや、村の男の子たちの人気者だったし
魔都に来てからは、洗練された魔都風なお嬢さんスタイルになり、子爵になってからは、子爵らしく威厳のある、それでも女の子らしさは失わないキリリとしたスタイルを心掛けて来たものね。
いや、少し自分の宣伝が長くなりすぎたけど、このフローリナさんの美貌...
こんなドレスを着たら、まさしく“鬼に金棒”じゃない?
私の美貌が、薄くなる(汗)。
ロニアちゃんとアマラちゃんも、私が魔都の高級洋服店で買ってあげたステキなドレスを着て決めこんでいる。
マイレィちゃんは、11歳の王女らしい可愛らしいファッションだ。
馬車はダイダロス宮の門を通ると、ウルソディオ憲兵隊がずらりと並んでいる庭園の中の道を通り- 庭園のあちこちに大きな穴が開いたところとか、広範囲に焼けたところがあった- 正面玄関に着いた。
正面玄関の両脇にはレオニディオ近衛騎兵が直立していて、ボンガゥル侯爵とヴルペス侯爵が出迎えに来ていた。いや、わずか10歳のマイレィ王女をお迎えするにしては、大げさ過ぎない?
ヴァナグリーは、今日は宮殿の中に入れないので、好物の魚をご褒美としてたくさん用意してもらって、広い庭園の一画で早めの晩餐会を開いていた。
宮殿の中に入り、近衛騎兵が10メートル置きに立っている廊下をしばらく歩き- あちこち、職人さんが剣などで傷ついた壁を補修したり、黒く焦げた壁を塗装したりしていた。
誰だろうね、ダイダロス宮廊下の壁や庭園を黒焦げにした人は?(汗)。
廊下を左折して少し進んだところで止まった。
扉の前にいた近衛兵が扉を開けると、そこは晩餐会が開かれた大ホールほど広くはないが、それでも100人は楽に入る広い部屋で、30メートルはあるテーブルに、皇帝・皇后陛下、キャルニボル大統領、それにガナパティ厩役伯爵がいた。
「おお、昨日の大活躍にもかかわらず、今日も朝早くから古文書の調査作業をやってお疲れのところを申訳ない!」
「本当に昨日は子爵殿と元輔祭殿、それにガバロス親衛隊のみなさんのおかげで、皇帝陛下、皇后陛下もご無事で助かりましたぞ!」
キャルニボル大統領とガナパティ厩役伯爵が、椅子から立ち上がって迎えてくれた。
「モゴ... 本当ニ 助カッタ!」
「ムゴ!本当に、いくら感謝しても仕切れませんわ」
皇帝・皇后陛下も立ち上がってふたたび礼を言ってくれた。
「とんでもございません。ドリアンスロゥプ皇帝陛下とジャブイ皇后陛下が危険に晒されているとわかれば、臣下でなくともお救いに駆けつけるのは当然です。それに、私も見ての通り、獣人族ですし」
「おお!」
「そうであろう、そうであろう!」
「モゴ... ウム、ウム!」
「ムゴ!そうなのよね、立派なフェリノディオ族ですものね!」
何だか、最後に私が獣人族ですし、と言ったのが気に入ったみたい?
「さ、立っていないで、椅子にお座りください」
「ありがとうございます」
「恐れ入ります」
「恐れ入ります」「ありがとうございます」
「ガア」「ガア」「ガア」「ガア」「ガア」「ガア」
私たちが着席したのを見て、キャルニボル大統領がよく聴こえる声で宣言した。
「これより、この場所はドリアンスロゥプ皇帝陛下の勅命により、今晩の催しが終了するまで治外法権区域となることを宣言する!」
「え?」
「チガイケンホウ?」
「ここで?」
「ガア?」
「ガガア?」
治外法権って、パンディーオーン宮はそうだって言っていたけど、それは国賓をもてなすためのものであって、マイレィちゃんこそいるけど私たちは国賓じゃないんだけど?
「えーっ、こほん」
大統領が、ちょっと咳をしてみんなの注意をうながした。
「ドリアンスロゥプ皇帝陛下ならび ジャブイ皇后陛下は、貴殿ら魔王国のアリシア・ミラーニア・ゲネンドル子爵および魔王国情報総局・情報分析室のロニア・フォールン分析官、アマラ・エボニー分析官、ザロッケンデクリオン以下9人の魔王国ガバロス親衛隊のみなさんに、昨日の見事な働きに対して、ささやかな夕食会をもって感謝の意を示したいと考えておられます」
「身に余る光栄でございます」
私は、両陛下に深く頭を下げた。
ほかのみんなも習って頭を下げる。
「それでは、夕食会を開始しましょう」
キャルニボル大統領の声で横の扉が開き、料理を乗せたワゴンを押したメイドさんや、クローシュをかぶせた料理をもったメイドさんたちが、ぞろぞろと入って来た。
とたんに漂いはじめる美味しそうな匂い。
肉の匂いだ!
グーキュルキュル...
恥ずかしいことに、お腹が鳴りはじめた。
だけど、隣にいるロニアちゃんとアマラちゃんからもお腹の音が聞こえる。
グルグルギュウウウ......
グルギュウウ......
グルグルギュウウゥ......
ザロッケン君たちのお腹も派手に鳴りはじめる。
テーブルに所せましと並べられたのは―
子ブタの丸焼き、ガルのオレンジ煮、牛の柔らかな尻肉のオーブン焼き、赤葡萄酢ソース付き仔羊の骨付きロース肉の炙り焼き、ブタヒレ肉のバター焼き、ファイゾンの塩焼き、ウミガメの刺身にカラ揚げ、燻製サリレとタマネギのハーブサラダ。
ほかにもさまざまな魚料理- これは晩餐会の時のと同じみたいなので省略- ポテトスープ、ガルのスープ、ウミガメスープ、デニッシュベストリー、クロワッサンに白パン。それにいく種類ものサラダと飲み物だった。
「モゴ... 今日ハ 特別ダ 遠慮ナク 食ベル イイ!」
「ムゴ!あなたたちのために治外法権にしたのよ。たくさん食べてくださいね!」
「ありがとうございますっ!ムシャムシャ うまいっ!」
「いただきます!」
「美味しそう!」
「ガアガガア!」
「ガアガア!」「ガアアガア!」「ガアガガア!」
みんな一斉に食べはじめた。
私も食べることにかけては、かなり食べる方だと自負していたけど
ガバロスさんたちは負けたわ。
子ブタの丸焼きを半分にちぎって、片手のをムシャムシャボリボリと5分もかからずに食べ、すぐに残り半分を食べてしまい、ガルのオレンジ煮の皿からガルをとってバリバリモグモグと食べながら、皿のスープを飲み、すぐにファイゾンの塩焼きを食べはじめた。
あまり見ていると、こっちが食欲なくしそうだから、お上品にスープを啜っているロニアちゃんやナイフとフォークを上手に使ってウミガメのカラ揚げを食べるマイレィちゃんを見ながら食べることにした。
アマラちゃんは、勇敢にもザロッケン君とどちらが多く食べるか競争していた(汗)。
30分ほど食べ続け、テーブルの上の料理はほぼ平らげられた。
ザロッケン君とアマラちゃんの食い物競争は...
何とアマラちゃんがガルの手羽先一本で勝ったらしい。
私もドレスが窮屈に感じられるほど食べた。
いや、食べ過ぎた。
みんなが食後の葡萄酒やお茶などを楽しんでいた時、大統領が立ち上がった。
「先ほど、ボンガゥル侯爵殿が魔王国の魔王陛下に問い合わせをした結果を報告してくれた」
えっ、何を魔王さまに問い合わせしたの?
まさか、私たちが許可を得ずに総本山の古代文書を光写していること?
それとも、ダイダロス宮殿の中で私たちが戦ったことで出た損害の保証とか?
「魔王陛下のご返答は...」
そこで大統領はいったん中断し、テーブルの上のグラスをとって葡萄酒を飲む。
.........
.........
みんな静かになって、大統領の次の言葉を待っていた。
「魔王陛下は、西ディアローム帝国が、アリシア・ミラーニア・ゲネンドル子爵殿に、西ディアローム帝国の名誉市民権をあたえることを承認された!」
オオオオオオオ――――!
みんなが、歓声を上げた。
いやいや、ちょっと待ってよ。
名誉市民権って、名誉市民とどこが違うの?
名誉市民は税金を払わなくてもいいけど、名誉市民権は払わなければならないとか?
「魔王陛下からの承認をもって、ドリアンスロゥプ皇帝陛下は、この度のアリシア・ミラーニア・ゲネンドル子爵による、西ディアローム帝国の皇帝・皇后両陛下ご救出という多大な功績に対し、西ディアローム帝国伯爵の称号を授与することをご提案され、政府閣議も本日それを承認した!」
「え?!」
おどろいて立ち上がった拍子に、葡萄酒のグラスが倒れ、葡萄酒がテーブルクロスに広がった。
「アリシア・ミラーニア・ゲネンドル殿、あなたは、栄えある西ディアローム帝国伯爵の称号を受ける用意があるか?」
「はい!」
こりゃ受けなきゃならないよね?
西ディアローム帝国の名誉市民権の範疇として爵位を受けるんだから、魔王国の子爵称号とはかぶらないし、魔王国にも魔王さまにも何の迷惑も...
ううん、よく考えたら、伯爵って子爵より上なんじゃない?
でも、もう受けるって返事しちゃったし。
魔王さまも、そうなることをご承知で承認されたんだろうし...
「アリシア・ミラーニア・ゲネンドル殿、こちらへ」
侍従たちが、急いで持って来た演説台の前に立つと、キャルニボル大統領は私を呼んだ。
「はい」
私は急いで縁談の前に立つ。
「 アリシア・ミラーニア・ゲネンドル殿、ひざまづきなさい」
「はい」
キャルニボル大統領は、ドリアンスロゥプ皇帝陛下がガナパティ厩役伯爵に渡した剣を受け取ると、例の叙爵の儀式を行った。
「わたくし、ジャバリュー・ネンンブルーメ・キャルニボルは、西ディアローム帝国大統領の権限により、ドリアンスロゥプ皇帝陛下の認可及び西ディアローム帝国政府承認のもとに、アリシア・ミラーニア・ゲネンドル殿に伯爵の称号を叙爵をする!」
最初、剣を右肩に当て、それから剣を私の頭上ギリギリまで持ち上げたあと反時計回りに反転させて、左肩に当てた。
「アリシア・ミラーニア・ゲネンドル殿、あなたは西ディアローム帝国の名を辱めることなく、名誉ある伯爵号を保つことを誓うか?」
「栄えある称号、命にかけて西ディアローム帝国貴族の名誉を守ります!」
れれっ、ちょっと大げさに言い過ぎちゃった?
アリシア伯爵の記章
ベッツガブンド近衛兵、バチカンのスイス衛兵をモデルにして、獰猛なことで有名なロットワイラーの名前をもじって付けました。ちなみにロットワイラーのオリジナル名称は、「メッツガーフンド・メッツガーフンド=屠殺人の犬」という怖い名前だそうです。




