第74章 アリシア子爵、陰謀に加担する⑤
「グムム... ぐ ぐるじいーぃ!」
プリシルさまが、「週末にはピクニックでもしましょうね」とでも言うような調子で、前代未聞の魔王さまの、大それた、罰当たり的な計画を言われた。
私はビックリして、ガルの串焼きを一本手に取って、口の中に大きな肉片を三個ほどいっぺんに入れ、食べていていたのをまた喉に詰まらせた。
「失礼します、室長さま!」
ロニアちゃんが、そう言って、私の背中に回ると脇の下から両手を差し込んで、私の胸部と腹部の境で両手をしっかりと握ると―
(あ、ロニアちゃんの控えめなおムネが感じられる)
「えいっ!」
かわいい気合とともに、胸部と上腹部を強く締めつけた。
「ゲホホホ――っ!」
ガルの大きな肉片を三個口から飛び出した。
「ゼエゼエ... ゴクンゴクン」
アイフィさまがくれた葡萄酒を一気に飲み干す。
やはり、ロニアちゃんも応急処置できるのね?
私がようやく落ち着いたのを見て、プリシルさまが今回の任務の本当の目的を話してくれた。
やはり聞き間違いでもなんでもなく、エテルナール教総本山に秘蔵されている神聖アールヴ文字で書かれた古代の石板や古文書を読み解いて、古代の魔法を研究するのと同時に、テルースの世界創造の秘密を究明することなのだそうだ。
「ですけど、オジロン大神官さまも、“神聖アールヴ文字”を解読できるのは、一人で1日1枚か2枚くらいだっておっしゃって...」
「4時間で最高2枚ですよ、アリシアちゃん。だから1日8時間解読すれば、4枚は解読できるわね」
1日4枚って、それはすごいことなんだろうけど、それでもあの保管庫には何万という古文書があるに違いない。もしかしたら、何十万あるかも知れない。保管庫は想像以上に大きい。
それにしたって、魔王国に何人“神聖アールヴ文字”を解読できる人がいるのよ?
魔都や魔王国内にある大聖堂や教会にいる神職者で、“神聖アールヴ文字”を解読できる人は100人もいるのかしら?
私の知っている範囲では、アイフィさまと6人の元輔祭と、大聖堂の神教官や神官など5、6人くらい?
魔王さまの目的が目的だけに、“神聖アールヴ文字”を解読できるってだけで、誰でも解読班に入れれるというわけでもない。
解読をできる者がごく少ないと言うことは、テルースの世界創造の秘密を究明のには... 何十年、何百年の話ではない、何千年、いや何万年もかかるかも知れない。
なーんだ。
テルースの世界創造の秘密究明なんて、大それた陰謀の片棒をかついでいるのかと心配したけど、そんなに時間がかかるのなら大丈夫ね。
少なくとも、私が生きているうちには何も解明されないよ。うん!
「それって、すごく長い時間がかかりますね?」
「千年計画じゃないのかしら?」
ロニアちゃんとアマラちゃんが、同じようなことを考えたらしい。
「魔王さま、そんなに長生きしないわ。目標は最大で5年後ね!」
「ご、5年後?!」
テルースの世界で、神聖アールヴ文字を読める者を全員召集するのかしら?
敵味方の区別なく?
それにしたって、あの膨大な資料、どうやってそんな短期間で解読するのよ?
「ソントンプ研究所はね、コンブーダとかいう名前の解読器を作り上げたのよ」
「え、コノブタダ?」
「?」
「??」
私やロニアちゃんとアマラちゃんの「それなに?」的表情を見て、プリシルさまが答えられた。
「コンブータよ。わたくしも詳しいことは知らないわ。今日、魔王城に行った時にトゥンシー大先生に聞いてみたらいいわ」
遅すぎた朝食のあとで、服を着替えて、またガバロス親衛隊に護衛されて総本山に向かった。
街道では、ヴァナグリーとガバロス親衛隊を見ようと、見物客がまるで皇太子の結婚パレードみたいに鈴なりになっていた。
総本山に到着し、オジロン大神官の執務室に赴いて挨拶をしてから、昨日と同じように古文書保管庫まで案内してもらい、これも昨日と同じように鉄扉の鍵を開けてくれ、去る前に昨日と同じことを言って事務室にもどって行った。
「当然のことですが、ここにある本、資料等は一切持ち出しは禁止です。私は仕事があるので出ますが、トイレ、手洗い場は入口の横。ここから出る時は、通路をもどって階段を上がり、衛兵に言えば鉄格子扉を開けてくれます」
鉄扉を開けて保管庫の中に入り、閲覧室を覗いてみると―
そこには、何と魔王さまとアマラちゃんがいた。そして、ガバロス親衛隊が30人ほど!
「ま、魔王さま?」
私がびっくりして茫然としていると、プリシルさまが前に出た。
「あら、おはようございます。古文書の保管庫見学ですか?」
「遅いではないか?」
「昨日と言っても、もう今日になりますけど、ドリアンスロゥプ皇帝主宰の晩餐会に招待され、そのあとで舞踏会があり、午前3時まで踊っておりましたの」
「そうか... それはご苦労だった」
通り道は開いていて、今日はアンジェリーヌさまがドコデモボードに魔力を送りこんでいた。
アンジェリーヌさまは、私たちを見て片手を上げて挨拶をした。
「じゃあ、遅れた時間を少しでも取りもどすために、書架から取りだした古文書や石板に整理用の付箋を貼ってからガバロス親衛隊にすぐ渡して。くれぐれも元あった書架にあとでちゃんともどせるように、今日の一覧表にしたがってね」
プリシルさまが、そう言いながら、各担当者に一覧表と付箋を渡した。
付箋を貼るっている考え、すごくない?
これで元の書架にもどすのにまごつかなくて済むし、間違えた場所にもどす心配もなくなるわ。
1時間ほどあわただしい選別・移動作業をしたころ―
「ママっ、オジロン大神官が来るわ!」
突然、マイレィちゃんが警報を発した。
「全員、魔宮殿に運んだ古文書をこちらに持って来て!」
「え、でも、光写が終わってない古文書がたくさん...」
「いいの。構わないから全部運ばせてっ。運んで来た古文書のうち、アリシアちゃんの担当する古代魔法の書は、20冊ほどを閲覧室のテーブルに運んで!」
「はい!」
「はい」
「ガア!」「ガアっ!」「ガア!」「ガアっ!」「ガアッ!」
ガバロス親衛隊が、どんどん魔王城から通り道を通って運んで来る古文書を、元あった書架にもどす。
「オジロン大神官、今、入口の建物にはいったわ!」
マイレィちゃんから、的確な敵の位置情報が入る。
いや、オジロン大神官さま、敵じゃないんだけどね。
敵って言った方が、こう、感じがでるじゃない?
「ガアっ!そこどけ、急いでいるんだ!」
「ガア!邪魔だ、ボーっと立っているな!」
ガバロス親衛隊も血相を変えてドタドタと走っている。
「オジロン大神官、今、階段の扉を開けたわ!」
マイレィちゃんが叫び、プリシルさまが新たな指示を出す。
「みんな、急いで!アイフィさんとミカエラさん、それにアマラさんは、用意したものを閲覧室に!」
「はい!」
「わかりました!」
「らじゃ!」
アイフィさまたちが、持って来た背嚢やカバンの中から何かをとり出し、閲覧室へ走って行く。
「オジロン大神官、今、通路をこちらに向かっているわ!」
「アリシアちゃん、ロニアちゃん、書架の方オーケー?」
「え?あ、オーケーです!」
オーケーって、“準備万端”とかって意味なんでしょう?
よくわからないけど、同じ言葉で返事する。
「20冊はあとから持って来るんですね?」
ロニアちゃんが、確認する。
「早く、みんな閲覧室に来て!」
「はい」
「はい!」「すぐ行きます!」
「はい」
「わかりました」「はい」
「オジロン大神官、保管庫のドアを開けるわ」
閲覧室に走って行くと―
ジジジ…
通り道が縮小して消える直前だった。
アンジェリーヌさまが、心配しなくてもだいじょうぶ!みたいな顔をして手をふった
と思ったら通り道は完全に閉鎖してしまった。
「どうですか、解読の方は?」
閲覧室の入口に姿を見せたオジロン大神官。
私たちが、一生懸命に古文書を帳面に書き写したり、読んだり- チンプンカンプンで何をアイフィさまやロニアちゃんたちが読んでいるのかわからなかったけど-
頭を抱えたりしているのを見て、オジロン大神官はニンマリと笑った。
“神聖アールヴ文字”古文書研究の第一人者と自他共に認めるオジロン大神官は、私たちが解読に苦労していると思ったらしい。
テーブルの上には、書架にもどすのが不足していた分、20冊が、テーブルの上に広げられたり、積み重ねられたりしてあった。
「どれどれ... どんな解読をしておられるのかな...
ソモソモ 魔法トハ 元ニ 風・火・水・土・空ノ 五大元素 マタハ火・氷・雷ノ 三属性 ニ 無・毒・暗黒ノ 三闇属性 ナドヲ 天ノ則、宇宙ノ理ヲ 以テ 自由自在ニ 操リ 天変地異ヲ 起コシ 又ハ 人ノ命ヲ 刈リ取ル 術デ アリ 風ハ 風属性魔法ノ 基本的ナ 魔術ハ 風ノ流レ用イテ 鎌鼬 ヤ 強イ風ニヨル 殺傷ナラビ 破壊ヲ モタラス モノデ 最初ニ 風ノ 元素ヲ 集結スル 詠唱呪文ヲ 唱エナケレバ ナラナイ 詠唱呪文〔ジアーマ ラパ テンシアニ トマ オ トンヴェール セーブオ ゼッセ ゲセンコール ビガンコール エン エー………〕 長すぎるし、“神聖アールヴ文字”でも意味のない言葉の羅列ですな?」
オジロン大神官が辟易した感じで、アイフィさまが解釈した古代魔法を書き写した帳面をテーブルにもどした。
「魔法は、表音の響きに魔素を注入して、それを魔素でもって強化拡大しますので、意味よりもその音律のもつ響きが重要になるのです。さらに、上級魔法になると天候や気圧 ...」
「いや、魔法は専門外なので、説明はそれくらいでいいですよ、テフ神教官。では、私は執務室へもどります。解釈作業、せいぜいがんばってください!」
「オジロン大神官、階段を上がって鉄扉から出て行ったわ」
マイレィちゃんの声で、全員ホッとした。
「やれやれだったわね。さて、では、アンジェリーヌさんに通り道を開けてもらって、作業を再開するとしましょうね」
“え、どうやって魔王国にいるアンジェリーヌさまと連絡するの?マデンキ持って来てないのに?”
ジジジジジ……
突然、空気が震えるような音がしまじめた。
えっ、通り道が開けられる?
先ほど開いたところに、また通り道が開き、アンジェリーヌさまがニッコリ笑っていた?
「さあ、作業の続行よ!」
「はい」
「はいっ」
「わかりました」
「らじゃ!」
「はじめましょう!」
それぞれ、今日の担当書架に向かう。
私もどうしてプリシルさまがアンジェリーヌさまと連絡をとれたのかわからないまま、遅れて開始した分とオジロン大神官の“偵察”で遅れた分を挽回するべく、今日の資料がある書架のあるところへ向かって走る。あとにロニアちゃんも続く。
ドカドカと重い足音がするのでふり返って見ると、ガバロス親衛隊が四人後ろに続いていた!
「ガア。心配シナクテ モ ダイジュブ デス」
「ガア。トゥンシー大先生ノ ゴ命令デ、アナタタチガ 選ンダ 古文書ヲ 早ク運ブタメニ来タ!」
なるほど。それは助かるわ。
ガバロス親衛隊たちが運ぶ古文書に、あとで元どおりの書架の場所にもどせるように整理紙片を挟み、次々に渡す。ガバロス親衛隊は力があるから、私たち非力な乙女が運ぶより、ずっと仕事が早い。
2時間ほど慌ただしい作業が続き、汗びっしょになってようやく今日の分が終わった。
さすがにみんな(体力のあるアレク以外)かなりヘトヘトになり、30分ほど水を飲んだり、おトイレに行ったりして休憩をとってから保管庫を出て、オジロン大神官に挨拶をしてからパンディーオーン宮にもどった。
夕食の前に、メイドさんに頼んで獣人がよく食べるトリゴ粉を薄くのばし、焼いてから具を挟んで食べる軽食を持って来てもらった。
私たちはチガイコウケンとかいう便利な特例区域にいるので、国賓館のメイドさんたちにタマネギを入れたひき肉とトマトとチーズを持って来てもらった。
アマラちゃんも同じもの。ロニアちゃんは、|サリレ(鮭)とトマトだ。
飲み物は、私は白葡萄酒。アマラちゃんも白葡萄酒。ロニアちゃんはフルーツジュース。
空腹を満たしてから、三人でゆっくりとお風呂に入る。
プリシルさまは、「8時の夕食までゆっくり休んでいいわ」と言ったので、空腹も満たし、疲れもとれた私たちは、たっぷりと戯れた。
元輔祭の娘たちと戯れるのは楽しい。
私が、魔王さまやドゥモレ男爵、それにブリュストン伯爵さまなどと愛し合う時は、当然、彼らが主導権をにぎる。
だけど、元輔祭たちに対しては、室長である私が主導権をとれる。
主導権をとれるというのは、とてもいい気分だ。子どもの時から俗世と離れた世界で暮らして来た彼女たちは、俗世のことに疎いし、男女の行為なんてまったく疎い。
だけど、身体は頭とは関係なく成熟して行く。
そして、身体が成熟すれば、種族保存本能にもとづいた肉的欲求も頭をもたげはじめる。
それは、いくら祈ろうが、精神統一の修行に励もうが、神学に打ちこもうが、容赦なく溜まって行き、解放される時を今か今かとジリジリしながら待つ。
しかし、輔祭であり、神職者でいる限りは、それは永遠に解放されることがない。
それが、運命の悪戯か、彼女たちは突然解放されたのだ。
オジロン大神官のおかげで、頚木から解放され、魔王国に来た。
そして、私の配下となり、情報分析室で分析官として働きはじめ、私の家に泊まりはじめた。
私は、最初、輔祭たちに泊まる場所を提供するだけのつもりだった。
遠いゾオルの総本山から魔王国にやって来て、身寄りも友人もいない-
まあ、先輩であるアイフィさまはいるんだけど、彼女たちとはあまりにも身分も境遇も違い過ぎるので、年も近い私が、彼女たちの上司でもあることだし、寝泊まりするところをあたえてやって、少し面倒を見てやってもいいと考えたわけ。




