第68章 アリシア子爵、西ディアローム帝国に行く②
「これはこれは、プリシル王妃さまにマイレィ王女さま、ミカエル王妃さま、アイフィ王妃さま、アレクサンドラ王妃さま、それにアリシア子爵さま、ロニアさまにアマラさま、ようこそいらっしゃいました。さ、謁見の間へどうぞ。皇帝陛下ならび皇后陛下がお待ちかねです」
広間にいた獣人たちの一番前にいた物腰の柔らかそうなパンサニディオス族の男が歓迎のあいさつをした。
「キャルニボル大統領、お出迎えありがとうございます。今回の訪問は、正式な外交訪問ではありませんので、国賓扱いなどしないでください」
この大人しそうなパンサニディオスの貴族が、あの有名なジャバリュー・ネンンブルーメ・キャルニボル大統領か。
大統領のすぐ後ろにいるボヴィニディオス族のでっぷりと太った男が、西ディアローム帝国の軍事大臣とも言えるガナパティ厩役伯爵だ。彼の顔はマデンキで何度も見たことがある。
大統領の斜め後ろにいる若いパンサニディオス族の女性は、大統領の秘書官みたいだ。
そして、レオニディオ族の貴族が、ドリアンスロゥプ皇帝の信用厚いと言われるボンガゥル侯爵だろう。
西ディアローム帝国の皇帝が住むダイダロス宮は白い大理石で造られた荘厳な大宮殿だ。
広い廊下を歩き、二度ほど曲がると謁見の間に到着した。身長3メートルを超えるリノセロンディオの親衛隊が、重々しい巨大な扉を開ける。
謁見の間は豪華なもので、どこもここも金だらけで眩しい。
両側にはずらーっと大臣たちや貴族、政府高官たちが並んでいた。
ドリアンスロゥプ皇帝は、3メートル半ほどの大きさの巨大なボヴィニディオス族だった。
宝石を散りばめた黄金の王冠をかぶり、耳の上からは長く太い角が二本でている。
そして豪華な金銀の装飾がある緑色の服と裏地が金色のマントをはおっていた。ジャブイ皇后も同じくらい身体が大きい。
皇帝と皇后の座る玉座の下段の両横には、ずらーっと煌びやかに着飾った若い獣人女性たちが40人ほど並んでいた!おそらく皇帝の寵妃だろう。
「モゴ...モゴ... ぷりしる王妃 ヨク来テ クレタ!」
ドリアンスロゥプ皇帝が、何だか聴き取りにくい言葉で歓迎をしてくれている。
「ムゴ!本当に、明日にも明後日にもトロール軍に陥落させられるか分からないと言うゾオルに、よくまいられた。ムゴ!さあ、魔王国を真夜中に出られたので空腹でしょう。ムゴ!昼食を用意させていますので、食事にしましょう。ムゴ」
ジャブイ皇后の発音はふつうでよくわかる。
皇后は、目つきがとてもやさしい。
「モゴ...モゴ... 昼食 イク!」
皇帝が先に立ち、みんなを案内する。
プリシルさまは皇帝と並んで、楽しそうにお話をしながら歩いている。
何を思ったのか、皇后が私のそばに寄って来た。
「アリシア子爵なのね?噂はキャルニボル大統領やガナパティ厩役伯爵から、よく聞いていますわ。ムゴ」
「恐れ入ります。若いくせに生意気だとか言った噂でしょう」
突然、親し気に話しかけられてビックリした。
ロニアちゃんとアマラちゃんが、ちょっと離れて興味深そうに会話を聴いている。
「いえいえ、ムゴ。なんでも外務省の研修生だったのが、ダユーネフ国訪問団に付き添って行って、ムゴ 一流の調査官でも舌を巻くようなムゴ、するどい観察眼であの国の実情を報告書に纏められたとうかがいました。 ムゴ」
「そ、それは、過大評価だと思います」
脇の下を汗が流れるのがわかった。
あのダユーネフ国の一件、こんなところにまで伝わっていたとは...
「ムゴ 。何をおっしゃっているの、アリシア子爵。無能な者など、あの魔王さまとアマンダ王妃が、今回のような重要な任務につかせるはずがないではありませんか?ムゴ!」
「.........」
たしかにそうだ。
美少女、魔王さまのお気に入りと言うだけでは、プリシルさまといっしょにゾオルまで秘密任務を遂行するために来たりはしない。
「ところで、つかぬことをお聞きしますが、ジャブイ皇后陛下は流暢にお話されるのですね?」
先ほどから、少し気になっていたことを訊いてみた。
獣人族は、基本的には標準獣人語を話すので、ボヴィニディオス族であろうが、カニスディオ族であろうが、ふつうの会話は問題なくできる。だけど、ドリアンスロゥプ皇帝の話し方は、どこかヘンだった。
「ムゴ。なんの。ドリアン陛下も以前は流暢に話せていたのがムゴ、威厳をつけるためと申されてカタコトで話しているうちにムゴ、普通に話せなくなったのです。まったくアホなんですから!ムゴ。」
なるほど。そう言うこともあるのか。
昼食と言うから、昼食だと思っていたけど―
食堂と思われる大広間には300人ほどの着飾った獣人族が皇帝・皇后の入室を待っていた。
長さ百メートルはあると思われるテーブルがいくつも置かれており、その上には、ご馳走が山ほど並んでいた。
「昼餐会なのですか?」
プリシルさまが、少し戸惑ったような声で訊く。
「いえ、ふつうの昼食です。こちらにおられる方々は、すべてドリアンスロゥプ皇帝陛下のご一族なのです。皇帝陛下には、ジャブイさまを始めとする皇后さまが100人ほどおられまして、そのほかにも側室や寵妾が100人ほどございますので」
キャルニボル大統領が説明する。
さすがテルースの世界最大の帝国の皇帝だけあって、お夜伽をする女性の数も半端ないらしい。
それだけ側室や寵妾がいれえば、子どももたくさんいるのだろう。
それにしても、ゾオルのすぐそこまでトロールの大軍が迫って来ているというのに、キャルニボル大統領やガナパティ厩役伯爵、それに数人の高官や軍人を除いて、誰にもまったく悲壮感も緊迫感も感じられない。
「モゴ... タイシタ モテナシ 今ハデキナイ モゴ!」
皇帝らしくない控え目な言葉で昼食が始まった。
ドリアンスロゥプ皇帝にしてみれば、西ディアローム帝国の最大の同盟国の一つである魔王国の王妃一行を迎えるのだから、もっと豪華な贅を凝らした昼餐会でも開きたいところなのだろうけど、諸般の事情で出来ないため肩身が狭い思いをしているのだろう。
テーブルの上には、1メートルはあろうかと思われる大きな魚の丸焼き、魚の照り焼き、魚の酒蒸し、魚と野菜のスープ、魚の天ぷら、魚と海の幸の唐揚げ、魚のホイル焼き、魚の煮物、色んな種類の生魚。とくかく魚料理が多い。そしてたくさんのフルーツ等々が、ところせましと並べられていた。
だが、不思議なことに、肉類は一切なかった。
だが、プリシルさまと私たちが皇帝夫妻に続いて座り、ドリアンスロゥプ皇帝が1メートルはある魚の照り焼きを両手でつかんで食べはじめると、みんな一斉に料理に手を出して食事をしはじめた。
ボヴィニディオス族が圧倒的に多い皇帝の一族の食欲はすごく、たちまち料理を食いつくしていく。見る見るご馳走の山がなくなっていく。
私は、魚料理はきらいじゃないけど、やはりフェリノディオは基本的に肉が好き。
でも、昼食をご馳走になっているのに文句も言えない。私は、魚と海の幸の唐揚げ、魚と野菜のスープとタコの酢漬けを皿にとって食べた。
ロニアちゃんとアマラちゃんは、魚と野菜のスープとパンを食べていた。プリシルさまとマイレィちゃんは、魚の酒蒸しとやはり魚と野菜のスープとパン。アイフィさま、ミカエラさまは、魚の天ぷらや魚のホイル焼き野菜サラダ、アレクさまは 5メートルはあろうかと思われる大きな魚の丸焼きをボヴィニディオス族のでっかい娘-おそらく王女だろう-と競争するように食べていた(汗)。
昼食が終わり、各自が宿泊することになる部屋に案内された。
私には個室が用意されていたが、部下と一緒がいいと言って、急遽、ロニアちゃんとアマラちゃんと一緒の部屋にしてもらった。
「室長さまと一緒の部屋なんて、恐れ多いです」
ロニアちゃんが申訳そうに、それでもちょっぴりうれしそうに言った。
「なに言ってんの、ロニア?これで、また夜ベッドで三人で フガフガフガ...」
元気そうに言いかけたアマラちゃんだったけど、途中で真っ赤になったロニアちゃんに口をふさがれた。
だけど...
みんな、アマラちゃんが、何を言おうとしたかわかったみたい(泣)。
アマラちゃん、その時になってとんでもない秘密をバラしたのに気づき、真っ赤になった。
「人、それぞれなのよ、ママ」
「え... あ、うん。そうね」
マイレィちゃんの言葉にプリシルさまが、“私はそんなこと気にしないわ”みたいな顔をした。
だけど...
よく考えてみたら
ロニアちゃんが、あんな反応 -アマラちゃんの口を慌ててふさがなかったら、カード遊びとか、サイコロ遊びをするのよ、て言ってごまかせていたんだ(汗)。
後悔先立たずで、今となっては遅すぎるけど。
1時間後―
ドリアンスロゥプ皇帝陛下に拝謁したあとは、当然、アガピウス・スロゥプ教皇への謁見だ。
キャルニボル大統領が用意してくれ2台の馬車に分乗して、私たちはエテルナール教の総本山に向かった。
西ディアローム帝国の帝都ゾオルは、北部のアマーラ山脈を源流とするナーダ川がメジアグロス海に注ぐデルタ地帯にある大都市だ。
人口百万を超えるゾオルの歴史は長く、古くからラーシャアグロス国(鬼人族国の正式名称)、ボロツク国、 ベルミンジャン国、アングルスト国などの国が周囲にあることから交通の要衝、商業の町として発展してきた町だ。
ゾオルの道幅は広く、さまざまな種族が、あるいは海を渡って、あるいは獣人国のほかの町からビジネスや仕事を求めてやって来ているので、トロール人やエレファントディオ族、リノセロンディオ、ウルソディオなどの巨大な種族から、ラビットディオやフェリノディオ、カニスディオ族、それに小さなラットディオなどまで往来しているので雑然としている感がある。
しかし、西ディアローム帝国は大きさのかなり違う種族で成り立ち、さらに国外からは3メートルを超えるトロールや2メートルに達する鬼人族、それにふつうの大きさのエルフなども来るために、交通の量がとくに多いゾオルでは厳格な交通規則がある。
それは、大型種族が小型種族を踏みつぶさないように、通りを広くして3つに分け、外側をラットディオ族やラビットディオなど小型種族専用路にして、中央を中型種族専用― カニスディオ族、フェリノディオ族、エルフなどし、そしてもっとも内側を大型種族専用路にしていることで、決められた道路をはみ出る者がいれば厳罰に処されるのだ。
もっとも、ラットディオやラビットディオが大型種族の道路に迷い込んだら、踏みつぶされても文句は言えないという決りもあるのだが、当然酒にでも酔っぱらってない限り、そんなバカな真似をする小中種族はいない。
そんな訳で、ゾオルの主要道路は、片側3路線の、何と6路線という幅広い道路となっていた。
小中型種族が道路沿いに立ち並ぶ商店などに行く時は、数百メートルごしにある歩道橋を渡って大型種族専用路の上を跨いで渡るようになっている。
そのメチャ広い道路の中型種族専用路を、ルークたちが乗った王室専用馬車がガラガラと車輪の音を響かせながら走っていた。
私の乗った馬車には、アイフィさまと私とロニアちゃんとアマラちゃん、それにレディースメイドたちが乗っていた。前を行く馬車には、プリシルさま、マイレィちゃん、それにミカエラさまとアレクさまが乗っていた。
馬車に護衛-ミカエラさまとアレクさま- が多いのは、魔王国で2番目の地位にあるプリシルさまとマイレィ王女が乗っているので当然だ。
西ディアローム帝国の護衛はプリシルさまたちの馬車の前に2騎いるだけだ。
隠密裏でゾオルに来ているため、数多くの護衛を連れて人目を引くのを避けるために護衛を少なくしているのだ。
「なつかしいわ。ゾオルの街を見るのは、5年ぶりかしら...」
「アイフィさまも総本山で研修をされたのですね?」
「そうよ。神職で経験を積むためには不可欠だからね」
「アイフィさまが研修をされていた頃の総本山は...」
「みんな、ちょっと静かにして!」
突然、マイレィちゃんが低い声で叫んだ。
「敵なの?」
アイフィさまが聞く。
「敵が、たくさんいるわ!」
それを聞くとアイフィさまの口調が一変し、緊張した顔になった。
「みんな、床に伏せて!」
アイフィさまは、素早く座席の上にあがると馬車の天井の開口部を開けて馬車の屋根に出た。
ロニアちゃんとアマラちゃん、それにレディースメイドたちは床にうずくまった。
私も身体を低くしたけど、頭を半分だけだして窓から外を窺う。
「敵襲よっ!恐らく、プリシルさまがゾオルに来ていることが敵に知られて、刺客を...」
私は、腰に吊るした剣の鞘を掴んで柄を握り、いつでも抜刀出来るように準備して、そっと頭を上げて前の窓から前方を見た。
前方の馬車の屋根にもミカエラさまが上がっていた。
突然、通りから悲鳴があがった。
「キャァ――!」
「何だ――?」
「武器を持っているぞ―!」
「襲撃だーっ!」
「警官、いや兵士を呼べ――っ!」
窓から見ると、道を歩いていた獣人たちが騒ぎだし、クモの子を散らすように逃げ出すのが見えた。
歩道を乳母車を押して歩いていた夫婦らしい獣人カップルらしい二人― 斑紋のある黄褐色の毛と丸い耳が特徴の中型獣人。ルプレリディオスか?― が、乳母車の覆いを跳ねのけ、中からすばやくクロスボウを取り出すと先頭のプリシルさまの馬車に向けて構えた。
対向車線からやって来た馬車の窓からもクロスボウが突き出された。
シュッ シュッ シュッ
シュッ シュッ シュッ
「ガッ」
「ゲッ」
プリシルさまたちの馬車の前にいた護衛たちが、クロスボウの矢の餌食になり、落馬した。
次の瞬間、馬車の屋根にいたアイフィさまの姿が消えた。
驚いて見ると20メートルほど上の空中に浮かんでいた。前の馬車のミカエラさまも空中に浮き上がって両手を広げていた。
パシッ パシンッ パシッ
パシンッ パシッ パシンッ
防御魔法を使っているらしく、馬車に矢が当たる前に全て叩き落された。
「来るわよ!」
アイフィさまの声が上から聞こえる。
刺客たちはクロスボウを捨て、短い剣を持って走って来る。
先ほどクロスボウで射ったヤツらも、馬車のドアを開けて飛び降りて走って迫って来る。
あくまでも与えられた任務を遂行する気だ。
私たちの馬車から20メートル程のところを歩いていた外套を着た数人の獣人たちが、外套をはねのけ、隠し持っていた剣をかざして、プリシルさまの馬車と私たちの馬車に向かって来た!
暑いゾオルで外套なんておかしい服装の獣人もいるものだと思っていたけど、剣を隠していたのだ。
突然、刺客たちが突風に巻きこまれて上空高く巻き上げられた。
「うわ――!」
「ぎゃ――っ!」
「うぎゃ――?」
バリバリバリバリ...
晴れ渡っていたのに、急にカミナリが空から落ち、突風に巻きこまれ空に舞い上がった刺客たちに当たった。
アイフィさまの魔法に違いない。だけど、どこを見てもアイフィさまの姿は見えなかった。
ミカエラさまの姿も見えない。透過魔法を使っているのだ。
「助けてくれ――!」
「火だ、焼ける、熱いっ、誰か消してくれ!」
「熱い熱いっ、燃えている燃えている!」
前の方からの叫び声にそちらを見ると、刺客たちがボウボウと燃えていた。
何もない空中から火玉が刺客たち目がけて落ちて来る。あれは、ミカエラさまが姿を隠す魔法を使っているのだろう。
敵からクロスボウで射られるのを避けるためにだろう、火玉が現れる場所がしょっちゅう変わっている。
シュッ シュッ シュッ シュッ!
矢音がプリシルさまの馬車から聴こえ、馬車の窓からプリシルさまが、弓で射っていた!
「グエっ!」
「ギャっ!」
「ガハッ!」
矢が刺さった刺客たちが燃えながら倒れる。
「この裏切者っ!」
「ガッ!」
アレクさまが、クロスボウを構えて空中にいるプリシルさまを射ろうとしたカプラニディオスの御者を大きな剣で突き刺して蹴落とした。
「ぎゃああ!」
御者が悲鳴をあげて馬車から転げ落ちる。
「あなたたちは馬車から出ないで!」
そう言うと、私はドアを開けると馬車から飛び降り、プリシルさまの馬車に向かって走った。
周りはすごい混乱だ。路上ではミカエラさまの火玉魔法を受けた刺客たちが燃えており、遠くの方では先ほどアイフィさまのカミナリ魔法に打たれた刺客が黒焦げになって落ちていた。
視界に入っている中で、脅威となる刺客らしい者で動ける状態の者は誰もいない。
だけど、プリシルさまとマイレィちゃんの無事を確認しなきゃ...
「だいじょうぶか!」
「怪我はないか!」
近くにいたらしいジャコウネディオの兵士が三人、手に剣をして叫びながら駆け寄って来た。
「はい。プリシルさまは、ご無事...」
ご無事のようですと言おうとした時―
馬車の中から、マイレィちゃんの金切り声が聴こえた。
「そいつら刺客よ――っ!」




