第58章 アリシア子爵、栄転をする(前編)
そのような経緯で、私は新しく設立された魔王国情報局の情報分析室長として配置換えすることになった。
もちろん、栄転だ。お給料の方も、毎月金貨20枚プラス諸手当金貨10枚と大幅アップ。
年末の特別手当も金貨50枚だ。それまでの8級職員としてのお給料が、月給と諸手当を合わせて金貨6枚、年末手当が金貨12枚だったのとは比べものにならない。
役職的には、4番目だけど、情報分析室室長は組織的にはプリシル局長の直属部署なので、実質的には2番目と言っていい。つまり、副局長に匹敵するってこと。
プリシルさまがダイニングルームでおっしゃったことは、まんざら100パーセント冗談でもなかったってことね。
「でね、アリシアちゃん。連邦管理局から、これはと思った優秀な職員を情報分析室に連れて来ていいわよ。ギャストン伯爵さまのご承認は頂いているから」
プリシルさまのお言葉に甘えて...
連邦管理局の通訳・翻訳班の半分近くを情報分析室に移籍することにした。
とくに仲の良かった同僚の若い子たちとか、親切にしてくれた先輩とかは根こそぎ引っこ抜いた。
情報局の仕事開始の前日、最近建設が終わったばかりで、まだ塗料の匂いが感じられる新築の外務省別棟に元連邦管理局の通訳・翻訳班の連中がぞろぞろと入って来た。
「ゲミヌス事務次官が青い顔していたわよ?あっはっはっは!」
大声で笑いながら、辞書とか文房具とかがどっさりと入った箱を抱えて一番先に入って来たのは、アラニちゃん。ラビットディオの娘で、よく私を手伝ってくれた元気で明るい娘だ。
「まあ... なんて広くて明るい部屋でしょう!」
少しある白髪がステキな古参主任のアダリヌさんが目を瞠った。
通訳・翻訳の仕事の経験の長いアダリヌさんには、とてもお世話になった。
テキパキと指示をし、効率よく仕事を進めてくれる彼女は、情報分析室には欠かせない人材だ。
彼女の補佐として、副主任だったマクジムさんにも来てもらった。
連邦管理局の通訳・翻訳班からは、全部で11人移籍した。
「みんな、左側の壁際以外は、好きなところに席をとって」
ウキウキした顔でいる通訳・翻訳班の連中に声を掛けた時―
「なに、これ? この新しい建物で一番いい場所じゃないの?」
そう言って、入って来たのは、リエルさんとエイルファちゃん、それにエリゼッテちゃん。
「すっごーい!ここ、プリシルさまの局長室の隣りじゃない?」
「明るいし、めっちゃ広い!」
エイルファちゃんもエリゼッテちゃんも驚いている。
「あ、リエルさんにエイルファちゃん、それにエリゼッテちゃんたちの場所は、左側の壁際の真ん中にある私のデスクの右側にしてね」
「なるほど。魔王さまと魔王妃さまたちの肖像画の前がアリシアちゃんの席ってわけね?」
「これからは、アリシアちゃんって気安く呼べないわね?」
「アリシア室長さまね?」
ガヤガヤ言いながら、私が指差した壁際のデスクに向かう。
リエルさんは、ボードニアン王国の王女で、押しかけ女房みたいな感じで魔王さまと結婚されたと聞いた。彼女は、魔王国の情報統括局で働いていたんだけど、プリシルさまにお願いして私の片腕- 副室長に任命してもらった。
情報統括局で働いていた時期に培った経験が、この情報分析室でもきっと役立つだろうし、魔王さまたちのことをよく知っているのも助かる。
プリシルさまもいつも助けてくれるけど、やはり魔王さまたちとのパイプは多いに超したことはない。
エイルファちゃんは、魔法部隊のサポーター係をやっていて、エリゼッテちゃんは姉のリエルさんといっしょに情報統括局で働いていた。
「おはようございます。こちらが、情報分析室でしょうか?」
おずおずとした口調で入口から尋ねたエルフがいた。
茶色の髪を後ろでまとめた色白でおとなしそうなの若いエルフ娘。
その後ろにかくれるように、数人のエルフや獣人族がいるけど、全員白いキャソックを着ており、腰のあたりまである長い白いベールを被っている。
「あ、ロニアさんたちですね?」
アイフィさまの妹のエイルファちゃんが、うれしそうな声で訊いた。
「はい。西ディアローム帝国の総本山から先ほど到着しました」
ああ、この人たちが、アイフィさまがエテルナール教総本山と交渉して獲得できた人材だ。
全員まだうら若い女性輔祭だけど、みんなかなりの美女!
だけど、いくらアイフィさまがエテルナール教のエリート中のエリートである神教官であり、飛ぶ鳥を落とす勢いの新興国である魔王国の王妃であると言っても、エテルナール教総本山が「はい。そうですか」と簡単に優秀な人材を手放すことはない。
この優秀な女性輔祭たちの引き抜き交渉成功の裏には、次期教皇の最有力候補と言われている、アイフィさまの恩師オジロン・ヒッグス大神官による総本山側への説得があったそうな。
ふつう、神官になるには6〜10年の月日を要すると言われれおり、神職を目指す者は、神官など神職者の子弟でない限り7、8歳くらいで神学校に入る。
西ディアローム帝国の総本山から来たという彼女たちは、神学校を優秀な成績で卒業し、現在、輔祭として修行中の“将来のエテルナール教のエリート”たちだ。
魔王国情報総局の立ち上げが急を要することから、おそらく魔王国の極秘移動魔法器ドコデモボードを使って来たのだろう。みんな片手に旅行カバンを下げたり、背嚢を担いだりしているところを見ると、魔王城から直行して来たみたい。
場違いとも思えるエテルナール教の神職者たちが6人も来たので、元連邦管理局通訳・翻訳班の連中がおしゃべりをやめて輔祭たちを見ている。
「えーっと、ロニアさん、アマラさん、レイカさん、ペーミンさん、ミンタさん、それにマルレーヌ さんね?」
エリゼッテちゃんが、手にした帳面を見ながら確認する。
「はい。わたしがロニアです」
「はい。アマラです」
「レイカです、よろしくお願いします」
「ペーミンです。よろしく!」
「ミンタです」
「はい。マルレーヌです」
「あ、あなたたちの席は、あの左側の壁際の真ん中にある、私のデスクの左側になるわ」
「わかりました。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「わかりました。ありがとうございます」
「あ、私のデスクのすぐ左にロニアさん、あなたが座ってね?」
「え?あ、はい。わかりました」
ロニアさんは、一瞬戸惑ったような顔をしたけど、すぐに頷いて、ほかのデスクに荷物を置こうとしていたのをふたたび抱えて、私の大きなデスクの左隣のデスクに置いた。
右側がリエルさん、エリゼッテちゃん、エイルファちゃんのデスク。
左側がロニアさんたち輔祭のデスク。そして、私たちの前には、会議用の10メートルの長いテーブルがあり、そのテーブルの後方に元通訳・翻訳班の連中のデスクが、古参のアダリヌ主任、副主任マクジムさんたちのデスクを中心にして数列並んでいる。
元通訳・翻訳班の連中の場所に隣接する形で研修生たちのデスクがあり、廊下側にはひときわ大きなデスクと椅子がたっぷりと間隔をとってずらっと並んで置かれているが、これがトロール族職員用の場所だ。
人事面で、色々とプリシルさま、アイフィさま、リエルさまなどと話し合った結果、こういう配置になった。輔祭のロニアさんは、アイフィさまの後輩だそうで、アイフィさまいわく、「すごく優秀な子なのよ。神職の道を進むのをあきらめて公務員になるように説得するのにかなり苦労しましたけど、きっとプリシルさまとアリシア子爵さまの期待に答える人材になりますわ!」と太鼓版を押したエルフだ。
彼女も、自分のデスクが室長の隣ということで、自分に大きな期待がかけられていると感じていることだろう。
「魔王国も魔都も初めてだけど... この建物、目がくらみそうに高いわ...」
ガラス壁から3メートルほど離れたところから、下面に広がる魔都の街並みを怖そうに見ながらロニアさんが小さな声でつぶやくのが聴こえた。
「じきに慣れるわ。ロニアさん、神職を捨ててこちらに来てくれたこと、決して後悔はさせませんわ」
「ふふふ。心配なさらずとも大丈夫ですよ、アリシア子爵さま...いや、アリシア室長さまと呼んだ方がいいのかしら?」
そう言って近づいて来たのは、色白で金髪のパンサーニディオス娘。
「アマラ・エボニーと申します。ロニアと同じく、花も恥じらう17歳です。よろしくお願いします、室長。今日から恋人募集も開始します!」
「アマラちゃん?」
まるで、自分が“恋人募集を宣言しているように真っ赤になって恥ずかしがるロニアさん。
初々しいなァ。私もそんな時期があったっけ...
「何々? 誰が、恋人募集を始めるですって?」
後ろからの声にふり返ると、リエルさんが、エリゼッテちゃんとエイルファちゃんを連れて近づいて来た。
「え、お二人さん、神職を辞めたとたんに恋人募集なの?」
「うふふふ。魔王国には美男が多いけど、それよりも気をつけないといけない男... いや、人が...」
エリゼッテちゃんが言い終わらないうちに、何か急に部屋が静かになった。
「気をつけないといけない男って、魔王さまのことでしょう、エリゼッテちゃん?」
いたずらっぽい響きの声が聴こえた。
この声はプリシルさまだ。道理でみんなが急に静かになったわけだ。
「プ、プリシルさまさまっ!」
エリゼッテちゃんが、真っ青...
には、ならなかった。
プリシルさまは、魔王さまに告げ口をするような女性ではないということを知っているのだ。
「あら、みんなそんなに改まらないで。賑やかになったから、ちょっと見に来ただけよ」
まっ白な男装がとてもよくお似合いで、にこにこと笑いながら私たちのところに近寄って来た。
「ここは、たしかに見晴らしがいいわね。みなさん、ちょっとここに来てくださらない?」
プリシルさまに言われて、みんながぞろぞろとガラスの壁に近寄って来る。
「西ディアローム帝国の輔祭の皆さまには、ゆっくりとご家族と名残を惜しむ時間もあげないで来てもらったことをお詫びします」
「いえ、お詫びなんて、恐れ多いです」
「昨日、お別れの夕食をしました」
「私も」
「私もです」
「皆さんは、エテルナール教で将来性のある方たちでした。それを半ば無理強いした形で魔王国へ来ていただいたのです。魔王さまもわたくしたち王妃たちも、そのことは一生忘れません」
「......ありがとうございます。アイフィさまの箴言を聞いてよかったです」
「魔王さまとプリシル王妃さま、それにアリシア室長を失望させることないように、がんばります!」
ロニアさん、涙もろいのか涙を流している。ほかにも涙を流している女性が数人いた。
「それと、アリシア子爵の要請で連邦管理局から移籍して来た通訳・翻訳班の皆さん。アリシア子爵とは半年ほどいっしょに働かれたので、子爵の事はよく知っていると思いますけど、子爵は見ての通りまだ若い。ですけど、人を思い遣る心、それに仕事にかける情熱は抜きん出たものがあります。魔王さまがだてに彼女に子爵の爵位をあたえたのではないことを、この新しい部署であなたたちは、さらによく知ることになるでしょう」
プリシルさまは、短いスピーチをしたあとで、じゃあ、ゆっくり新しい職場を見てくださいね、と挨拶して、部屋を出て行こうとしたけど―
「あ、肝心なことを忘れていましたわ。今晩、西ディアローム帝国から来られて輔祭の皆さんの歓迎会と魔王国情報総局の設立を祝う会が、一階の大広間で開かれるので、みなさん、是非参加してくださいね!」
そう言って、プリシルさまは出ていかれた。
プリシルさまは局長室にはもどらず、魔王城にもどるようだ。彼女は魔王妃なので、色々と多忙なのだろう。
情報分析室には、魔王さまやアマンダさま、プリシルさま、それに参謀本部に直通のマデンキが置かれている。もちろん、使用できるのは、室長である私と副室長であり、王妃でもあるリエルさんなど数人だけだが、魔王さまへの直接連絡は最終手段としても、アマンダさま、プリシルさま、参謀本部などへは必要なときにいつでも連絡できる。
私は、あらためて窓から魔都の街並みを見た。
魔王城から500メートル離れた官公庁の密集区に、近代的高層建築計画- 一種の都市再開発計画の一環として建てられた15階建てのこの建物は、軍事省の建物に隣接していて、高さだけで言えば、10階建ての魔宮殿よりも高いことになる。
アマンダさまとプリシルさまが主体となって、今後50年間の魔都の発展を予想して、これまで手がつけられてなかった魔都北部の開発計画が進められており、今後5年間ほどで魔王国の主な官庁は、すべて新たに建設される高層建築物に収容されるそうな。
情報総局は、官庁の中では最初に新しい高層建築物に入居した部署で、これは、今までなかった新しい部署であるということが大きい。この建物は、まだ全て完成しておらず、情報分析室を入れるために突貫工事みたいにして15階と14階を完成させ、それに垂直移動部屋が設置されたそうだ。
情報総局の建物は、高層により土地の利用度を上げるとともに、ロ字型の庁舎の中央部に吹き抜けがある近代的な建物で、空中通路および地下通路を使って軍事省の建物や現在建設中の建物と行き来できる。
それに、情報総局の建物の地下には、何と魔王国では初めての水平移動部屋が設置され、魔王城の地下3階に何と1分もかからずに着けるのだとか。
将来的には、これと同じような水平移動部屋システムで重要官庁と魔王城をつなぐのだそう。
プリシルさまが、その水平移動部屋で魔王城に帰られたのかどうか知らないけど、近々、私も試乗することになるかと思うと胸がワクワクする。
でも、通常の移動は馬か馬車なのに、魔都の主要官庁間をつなぐためだけに、そんな想像もできない魔法式移動装置を開発するなんて、門外漢の私にはその理由がよくわからない...
その夜は、魔王城の広間で歓迎会&情報局設立を祝う会が開かれた。
広間は、魔宮殿の一階にある定員100人ほどの広間で礼拝室も兼ねており、魔王さまが、よく“身内”だけで行う日曜の礼拝や家族での催しなどによく使われる広間だ。
歓迎会と設立を祝う会は、夕方の6時から始まるので、私はおめかしをして20分前に部屋を出た。
今日のドレスは、薄いピンクのレースディテールフレアのドレス。若々しさを強調する色とデザインだけど、肌の露出が少なく裾も膝までの落ち着いたドレス。
ビアはふんわりとしたスカートに、ギュッっと絞るウェストラインでメリハリボディを作り上げるデザインの、鮮やかな黄色の膝丈ドレスだ。
ミニドレスでないのはいいんだけど...
去年13歳になり、今年は成人一歩手前の14歳になるビアは...
体格的には、すでに大人みたいになっている。
身長は170センチに届きそうになり、鮮やかな黄色のドレスの胸をどーんと前に押し出しているムネは、まさしく二個のメロンだ。
肩紐のないビスチェタイプのドレスなので、ムネのボタンのちょっと上から上半身が丸見えみたいな感じで、そこにボヨーン・ボヨーンと二つのメロンが半分見えている感じ(汗)。
すごく人目を引くけど、それをビアは楽しんでいるみたい。
これが、私の妹なのだから、妹のオッパイの半分もない私は、妹といっしょの時は絶対にビスチェタイプのドレスを着まいと固く決意した。
え、なぜ、歓迎会・情報局設立を祝う会にビアが参加するのかですって?
それは、私に似て語学才能のあるビアは、今、中等学校の最終学年だけど現在語学を猛勉強中だ。
それと言うのも、姉である私の出世がいい刺激となって(エッヘン!)、俄然、外交官を目指すことにしたらしい。
それで、毎日、学校の授業が終わったあとで、語学の教師を雇ってビアがよく知らない獣人族語や、ワチオピア方言語などの勉強を、ビアと同じように外交官を目指している学友たちといっしょにやっているらしい。
もちろん、学友たちはほぼ全員貴族の子女で、家庭教師の高い授業料を払うのにまったく問題はなく、ビアの授業料も貴族である姉の私が払ってあげているわけだけど、今度、私が新しく設立される魔王国情報総局情報分析室の室長になると家族に知らせた時、目を輝かせてのたもうた。
「お姉ちゃん、ワタシを語学研修生として入れてくれない?」
「え... 語学研修性?」
「うん!ワタシ、先生もおどろくほど語学が上達しているし、もし、情報総局でワタシの能力がさらに磨かれたら、組織拡大の時の人材にもなるでしょう?」
たしかに妹の言うことは一理ある。
研修生を雇って、仕事に慣れさせれば、新規採用よりも効率よく仕事をさせられるし、研修期間が終われば好条件を示して正式採用すればいい。
ビアによれば、学校の授業を午後から受けることにして、午前中は情報分析室で研修をし、午後からは学校、終わって軽く軽食をとってから語学の勉強を研修生仲間といっしょに続けるらしい。
今年は中等学校の最終学年で、来年からは夜間の大学に通うそうな。
翌日、この案をプリシルさまに話したところ-
「ビアちゃんだけでなく、その語学学習をやっている学生たちを全員研修生として入れたら?」
さすがプリシルさま、私の考えの一歩先を考えている。
「学校から研修生を受け入れるなら、一般からも職員を公募してもいいのではないでしょうか?」
「え?」
今度はプリシルさまが目を大きく開く番だった。
世間には、語学の教師でもなく、外務省の職員でもないけど、語学に秀でた者がたくさんいるはずだ。
この際、大きく門戸を開いて優秀な人材を集め、情報分析室を魔王さまやアマンダさま、プリシルさまたちへの期待に十分に応える組織にしたい。




