第55章 アリシア子爵と魔王城の新年(後編)
私が大ホールに入ったとたん―
大ホールがどよめいた。
いや、正確には大ホールにいた新年の礼拝式と祝賀会に参加するために来ていた、魔王国ならび同盟国の王侯貴族や高官たちなどが、一斉に私の美しさにどよめいたのだ。
最前列にいた魔王さまやアマンダさまたち魔王妃、それに王妃さまたちも目を瞠っていた。
魔王さまは、お座りになっていた椅子から立ち上がり、隣のアマンダさまに何か言った。
アマンダさまは、近くにいた侍従のメエゲレスさんを呼んで何かを言い、メエゲレスさんがあたふたと駆けて来て私たちに言った。
「魔王さまが、最前列から2列目に来るようにとおっしゃっております!」
メエゲレスさんは伝え終わると、すぐに引き返して行った。
「なんとお美しい子爵さまだ!」
「今日、ここにいる女性の中で、もっともお美しいわ!」
「やはり、ルナレイラ王妃さまの義妹さまだけある!」
「あの白いドレス、とってもお似合いだわ!」
「センスがバツグンなのよね、アリシア子爵さまは!」
「本当にお美しいわ」
「去年、魔王城に来られた時は、原石だったけど、今は最高級の宝石ね!」
いや...
聴力が鋭いのはいいんだけど
あまりにも賛辞だらけなので恥ずかしくなっちゃたわ(汗)。
最前列から2列目の私の椅子は...
何と魔王さまの真後ろだった!
「魔王さま、皆さま、新年おめでとうございます」
椅子に座る前に通路から一応挨拶をしておく。
「うむ。アリシア子爵も皆もよい新年を迎えたようだな?」
「はい。おかげさまで、とてもステキな新年を迎えることができました」
「それにしても...」
「はい?」
「今日は、一段と美しいな? 昨夜、恋人からたっぷりと愛情を注いでもらったのか?」
相変わらず、卑猥っぽいことをおっしゃる魔王さま。
「ご冗談を。ドゥモレ男爵さまはダユーネフ国に帰っておりますし、ブリュストン伯爵さまも...」
「ブリュストン伯爵なら、今日来ておるぞ」
「え?」
「今年から、鬼人族国の連絡士官になるから、挨拶を兼ねて今日参加するとギャストン伯爵から聞いたぞ?」
「鬼人族国の連絡士官...」
連絡士官は、武官と同じような役職だ。
鬼人族国では武官と呼ばずに、そう呼ぶと聞いたことがある。
連盟関連、外交関連の情報は、私の部署に必ず入って来るが、軍事関連の情報は軍務省直行なので、私の部署では知ることができない。
「ドゥモレ男爵が、帰国したと知って、モモコ大王にでも願い出て連絡士官に任命してもらって来たのであろう」
ふり返って参加者たちを見ると、ずっと後ろの方に背の高いブリュストン伯爵の姿が見えた。
私が見たのに気づいたのか、さかんに手を振っている?!
「皆さま、ご着席願います。ただいまより、アイフィ神教官の主宰で新年の礼拝をいたします!」
拡声器から流れるメエゲレスさんの声で、みんな椅子に座る。
楚々とした祭服に身を包んだアイフィさまは、今日もステキだ。
自動開閉式の扉が開き、祭壇が現れ、アイフィさまの主導で厳かな祈りが始まった。
お祈りが終わり、祭壇の扉が閉まると、(いつもは楽団や合唱団がいる)横の壁が開き、使用人たちやメイドたちが入って来てテーブルを運び入れ、椅子を再配置し、それからどんどんと祝賀会の料理や飲み物が運びこまれた。
「アリシア子爵さん、あなたは魔王さまとごいっしょのテーブルに」
濃紺のステキなドレスを着ているアマンダさまが、私に言った。
「はい。わかりました」
魔王さまのテーブルは、もっとも長いテーブルで、ずらーっとアマンダさまたち魔王妃と王妃さまたち、それに大臣などが座っており、お母さまたちも侍女に案内され椅子に座る。
魔王さまの対面に座っているのは、ギャストン伯爵、スティルヴィッシュ伯爵、ペンナス伯爵、ゲラルド侯爵たちなど主要閣僚と夫人たち。
私の席は、魔王さまの真ん前だった(汗)。
私の右横は、スティルヴィッシュ伯爵夫妻、ペンナス伯爵夫妻、ゲラルド侯爵夫妻たちと続く。
私の左横には、ギャストン伯爵、ブリュストン伯爵、マスティフ伯爵夫妻、マーゴイ侯爵夫妻、ナエリンダン侯爵夫妻、ダルドフェル伯爵夫妻たちが座っていた。
「皆さま、新しい年おめでとうございます」
座る前に、みんなに挨拶をする。
「アリシア子爵、おめでとう!」
「子爵さま、おめでとうございます」
「子爵、おめでとうございます!」
「アリシア子爵さん、おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
みんなも挨拶を返してくれる。
「新年おめでとう!今日の子爵さん、とってもおきれい!」
イクゼルさまが、にっこり微笑んで挨拶してくれる。
「ガーッハッハッハ!まったくだ。ネコ耳少女が、これほどの美女になるとは!魔王さまも、それを前もって知っておられたら、真っ先にネコ耳少女を王妃にしていたであろう!」
「父上!」
隣に座っていたブリュストン伯爵が、バカ伯爵の袖を引いたのが見えたが―
魔王さまはギロリと睨まれ、アマンダさまもムッとした表情をされたけど、それも一瞬で、魔王さまもアマンダさまも何事もなかったように、隣りのプリシルさまやリリスさまたちと話を続けられた。
「それでは、魔王さまに新年のご挨拶をお願いいたします」
メエゲレスさんの司会で、魔王さまが立ち上がり、集音器が上に置かれた演説台へ向かう。
「テルース歴5065年を皆とともに、こうして迎えることができたことを心より嬉しく思う。皆の見事な働きと努力で、昨年、魔王国は予測以上の経済発展を遂げることが出来た。敵陣営との戦いはまだ続いてはおるが、戦況はわが同盟国側に極めて有利であり... であるからして... なので...」
魔王さまの演説を聴きながら、魔王城に来てから知ったギャストン伯爵さまが魔王さまの部下となった経緯を思い出していた。
ギャストン伯爵さまは、元鬼人族国のデュドル公爵さまの部下だったそうだ。
そして、魔王さまが最初にデュドル公爵さまの助勢をして戦った『ビアストラボの戦い』で大勝利を収め、それがきっかけとなって魔王さまは鬼人族国と同盟関係になり、魔王国を創立するまでになったのだけど、その時、最初に出会ったのがギャストン伯爵で、ギャストン伯爵の理解と支援がなければ、魔王国の創立どころか、魔王にさえもなれなかったという話だった。
その意味では、ギャストン伯爵は、まさしく魔王さまの“恩人”であり、それゆえギャストン伯爵は数多い魔王国の閣僚や貴族たちの中でももっとも魔王さまが信頼し、重く用いている側近中の側近なのだという。
それは、やはり、現在の魔王国の目覚ましい経済発展の基礎を作られたゲラルド侯爵さまの場合とも似ている。ゲラルド侯爵も、魔王さまがとても信頼されているお方だ。
だから、ギャストン伯爵が、少々言い過ぎたようでも、“許される”のだ。
これが、ほかの者だとそうはいかない。不敬罪で重罰を科せられるだろう。
と言っても、不敬罪で罰せられた者など聞いたことはないが。唯一、魔王さまに直訴して罰せられた者がいるが... 私のことだ。
だけど、あれは、“罰”というより、罰にかこつけた、魔王さまの“趣味”につきあわされただけなのだと思うけど(汗)。
「...... 演説が長くなってしまったが、今年もより一層の奮迅努力を皆に願いたい。それでは、ささやかなものだが、新年の祝い料理を楽しんでくれたまえ!」
パチパチパチパチ......
演説は10分ほどで終わり、参加者たちが一斉に拍手をした。
魔王さまは、テーブルにもどって来た。
「演説と言うのは、どうも苦手だ...」
「どうもお疲れさまです」
「素晴らしい演説でしたわ!」
「短い演説でしたけど、的確に必要な事を伝えたと思いますわ」
「見事な演説でしたわ!」
アマンダさまたちが、労ったり、褒めたりしている。
給仕たちが、テーブルに指先ほどの大きさの小さな陶器製の器にお酒らしい液体が入ったものをテーブルに置きはじめた。そして、これも陶器製らしい白い瓶を置いて行く。
「それでは、新年の祝杯の音頭取りをギャストン伯爵さまにお願いします」
「おう!」
メエゲレスさんの司会で、ギャストン伯爵がお酒の入った小さな陶器製の器を片手に持って立ち上がる。
ギャストン伯爵は、大声で音頭取りをした。
「それでは、魔王さまの益々のご壮健と魔王国ならび同盟諸国のさらなる発展を祈って、乾杯!」
「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」
みんながやっているように、陶器製の器に入っているお酒を飲む。
華やかで甘みのある香りとふくよかさを感じる味で、するるっと水のようにまろやかに喉を過ぎる
「ふむ... ギンジョウシュには、まだほど遠いな...」
魔王さまが、お酒を口に含んでから、少し首をかしげている。
私にはすごく美味しいお酒だけど、魔王さまの望まれる味には、まだ達していないということなのだろう。
「なかなか美味いではないですか、魔王さま?」
「本当だ。去年のよりもよく出来ておると俺は思う!」
ギャストン伯爵とスティルヴィッシュ伯爵が、褒めながらお酒を飲み干し、また陶器製らしい白い瓶から注いでグイっと飲み干し、また注いでいたが、小さな器で飲むのはじれったいと感じたのだろう。
「おーい。もっと大きな盃をもって来てくれ!」
「グラスがいい。グラスを持って来い!」
などと給仕に頼んでいる。
「ふうむ。アリュウスを醸造して作ると聞きましたが、葡萄酒の甘味の中に酸味と渋みのある味とはちがったうまさですね。アリシア子爵さま?」
ブリュストン伯爵さまが、感心したような言葉をつぶやいてお酒を味わいながら、私を見る。
「たしかに飲みやすいですわ」
「このお酒は葡萄酒よりも強いので、飲みやすいと思ってたくさん飲むと酔うのも早いですよ」
プリシルさまが、おいしそうにお酒を飲みながら言った。
そうしている間に、給仕たちは赤身の強い茶色で塗られたお椀にはいった汁物をテーブルに配り始めた。
「これは、オゾウニと言って、新年に食べるスープよ」
プリシルさまの説明を聞きながら、木製で黒色のトレーにお椀といっしょについて来た二本の細長い木の棒で器用にオモチと呼ばれる― 魔都で若い娘たちに人気のある“オシルコ”という甘い豆の汁で作った汁物の中にもはいっていた― これもアリュウスで作ったという白いオモチを食べている。
私はいまだに、この細く長い二本の木の棒で食べることには慣れてないので、いっしょに付いて来たフォークでオゾウニを食べる。
一口、汁を啜ると、あの魔王城で料理によく使われているショウユで味付けされているのがわかった。
具は、オモチのほかに、キノコ、ニンジン、青っぽい葉っぱ、何か少し魚の味のする練り物を薄く切ったものなどが入っていた。あっさりした味で、結構おいしい。
オゾウニを食べ終わったころに、今度は中に仕切りのある、やはりこれも木製らしい外側が黒塗りで中が赤っぽい色をした奇妙な恰好の30センチ四方くらいの四角いの器に何だかごっちゃりとご馳走が盛られたものがテーブルに運ばれて来た。
「これは、オセチという料理で、新年には欠かせない縁起のいい料理なのよ」
相変わらず、プリシルさまが親切に教えてくれる。
四角いの器の中の仕切りには、それぞれ、黒い豆、黄色い魚の卵らしきもの、茹でエビ数匹。小さなイカを煮たもの、何か細く切った根らしいもの、コドルナの煮物、甘い玉子焼き、魚肉を海苔で巻いたもの、似付けした大根、焼き魚、芋の煮物、何だかわからない野菜の茎みたいなものが入っていて、見た目はたいへん美しい料理がギッシリと詰めこまれていた。
だけど、正直言って...
コドルナと焼き魚以外は、あまり美味しいとは思わなかった。
ギャストン伯爵やスティルヴィッシュ伯爵たちもあまり手をつけないで、やはりコドルナなんかを食べながらお酒を飲んでいる。どうやら、このあまり美味しくない料理は、魔王さまに義理立てして食べている感じ(汗)。
でも、アマンダさまやプリシルさま、リリスさまなんかはドンドン食べている。
だけど、ハウェンさまは、あまり好きではないみたい。この料理、人によって好き嫌いが分かれるようで、ゲラルドさんは自分のをすでに食べてしまって、今度は奥さんのイクゼルさんの分まであの細い二本の棒を器用に使って食べている。
「ねえ、ママ。わたしトリプルバーガーを注文してもいい?」
マイレィちゃんが、やはりオセチにはあまり手をつけずに、若い子が好きな食べ物をねだっている。
「オセチ食べないと、パパからお年玉をもらえないわよ?」
「いいもん。アマンダおばさまや、リリスおばさま、ハウェンおばさまたちからお年玉たくさんもえらえるもん!」
「......」
プリシルさま、困って魔王さまのお顔をそっと見る。
「構わん。育ち盛りだ、好きなものを食べさせるがいい」
ブスッとした表情で魔王さまが言った。
「わ―――い!給仕さん、給仕さん、わたしにトリプルバーガーとマオウコーラを持って来てくださる?」
「かしこまりました」
「えっ、マイレィちゃん、トリプルバーガー頼むの?じゃあ、私も!」
「あ、あたしも!」
「ボクもそれがいい!」
「私にもお願い!ポテトチップスもたくさんつけて!」
「オレも同じもの!」
「わたしも!」
たちまち連鎖反応のように、子どもたちがトリプルバーガーを注文しはじめた。
「魔王さま...」
それを見て、ギャストン伯爵が魔王さまの顔色をうかがうように見た。
「何でも好きなものを頼むがいい。今日は新年を祝う会だ」
「おう、そうでなくては!給仕、焼き鳥と焼き肉をどんどん持って来てくれ!」
「かしこまりました」
「葡萄酒もな!」
「俺は子豚の丸焼きがいい!」
「わたしにはコドルナの照り焼きをお願いするわ」
「私は分厚いヒレ肉を焼いたのをお願い!」
将軍たちや高官たちも、めいめい好きなものを注文しはじめた。
「...来年からは、オセチは希望する者だけとした方がいいな」
「その方が賢明みたいですね。食材も無駄にしなくなりますし」
魔王さまが、ガッカリした様子で言うのに、アマンダさまが助言をされている。
「こんなに美味しいのに、みなさんお口に合わないんですね」
プリシルさまも、少し残念そうにトリプルバーガーを美味しそうに頬張って食べはじめたマイレィちゃんを見ている。
「ネコ耳もあまり気にいらなかったようだな?」
「え?」
急に話しかけられてビックリした。
「その...あの... ちょっと味付けが...」
「ふむ。フェリノディオ族は肉食だからな。醤油味とか砂糖を入れた料理などは口に合わないのであろう」
「でも、コドルナとかお魚とかは、美味しかったです」
「まあ、無理してゴマをすらんでもいい。オセチのほかにもたくさん肉料理を用意させてある。ギャストン伯爵のように、何でも好きなものを注文するがいい」
「ありがとうございます」
給仕たちが、ワゴンカートに山ほど焼き肉やコドルナや子豚の丸焼きなどを乗せてテーブルの間を回り始めたので、魔王さまの言葉に甘えて私も肉類をたくさんお皿にとる。
見ると、アマンダさまやプリシルさまもとっているし、ハウェンさまはニコニコ顔でたくさんとっている。
ギャストン伯爵やスティルヴィッシュ伯爵は、串焼きを手で持って、大口で肉を串から外しながら食べはじめている。そして、彼らの前には、葡萄酒の瓶が置かれ、グラスにたっぷりと葡萄酒を注いでガブ飲みしている。
新年の祝賀会は延々とお昼過ぎまで続いた。
参加者たちは、たらふく食べ、飲んだあとで、それぞれテーブルを離れて友人や知人たちとおしゃべりをしたり、近状を話し合ったりしていた。
私もひとしきりアイフィさまや、リエルさん、エイルファちゃん、エリゼッテちゃんなどとおしゃべりしたあとで、ブリュストン伯爵さまに誘われて魔王城のお庭を少し散歩することにした。
お雑煮
お正月の祝い膳はお屠蘇→おせち料理→お雑煮の順序でいただくのが正式だそうですが、ここではあえてお雑煮→お節料理としました。




