第54章 アリシア子爵と魔王城の新年(前編)
年が明けた。
テルース歴、5065年1月1日の朝が開けた。
エタナールマスが終わると、魔王城の中も魔都もエタナールマスの飾りが一斉にとられた。
そして12月30日に、なんと一斉に、これも奇妙な飾りが魔王城の門や魔都の商店の入口に置かれた。
枯草みたいなもので覆われた鉢に先端を斜めに切ったバンブーを3本立て、白と赤の花で彩りをあたえ、さらにその根元を松の枝で覆った飾りで、みんなは『カドマツ』と呼んでいた。
そして、家々のドアの上には、枯草を縄にしたものからギザギザに切った白い紙を垂らしたモノを飾るのだ。
「これは、何の意味があるの?」
エリゼッテちゃん、エイルファちゃん、それにビアと四人で魔都の街歩きをしながら、店々に飾られている、新年用の飾りだというものの謂れについて聞いてみた―
エリゼッテちゃん:「これは、エタノールさまに、“良い年を迎えられますように!”ってお願いするためなのよ!」
エイルファちゃん:「悪い虫が家の中にはいってこないためよ!」
マイレィちゃん:「新しい年にエタナールさまをお迎えするためよ!」
ビア:「おサイフの口を縄で締めて、無駄遣いしないためよ!」
いや、ビア、あなたには聞いてないんだから。
それに、お財布の紐をしっかり締めなければならないのは、あなたでしょう?
誰よ、いつもお母さまや私にお小遣いをせびっているのは?
魔王城の門の上にも巨大な縄の飾りが下げられていた。
こんな飾り、吊り下げるだけでも大へんな作業だろう。
この飾り、ダイニングルームの入口にも、大ホールの入口にも飾られ、私たちの部屋の入口のドアの上にもご丁寧に誰かがつけてくれた?
さらに、大ホールの祭壇の前や、例の魔宮殿の一階にある礼拝室兼広間の祭壇の前には、美しい淡黄色の木台の部分に丸い穴が開けられた小さな木の台の上に、二段に重ねた白く平べったく丸いモノの上にミカンを乗せたものが飾られており、その横には、これも白い陶器の瓶がやはり同じ淡黄色の木の台の上に置かれている。
今回も、仲良し三人組に聞いてみると―
エリゼッテちゃん:「あの白くて丸いのはね、エタナールさまが座布団に使うのよ!」
エイルファちゃん:「あれは、カガミモチって言って、アリュウスで作るのよ!」
マイレィちゃん:「あれ、一週間お供えしておくと固くなるから、それを食べれるかどうかで歯がじょうぶかどうかを見るのよ。一種の健康診断ね!」
ビア:「ふーん。じゃあ、エタナールさまが入れ歯だったら食べれないわね?」
ビア... エタナールさまが入れ歯って...
あなた、バチ当たるわよ(汗)。
そりゃ、エタナールさまは世界の創造主だから
無始の当初から生きておられるわけだから
かなりの“おばあちゃん”かも知れないけど
ひょっとしたら、金の総入れ歯しているかも...
ゲゲっ!
金の総入れ歯のエタナールさまがニタリと笑った顔想像しちゃった(汗)。
そして、5064年の最後の日―
この年、魔王城のダイニングルームで行われた最後の夕食では、馴染みの料理のほかに少し黒っぽい麺が入った汁物が提供された。
手の平で抱えられるくらいの大きさの茶色に塗られた椀の中に黒っぽい麺が入っていた。
その上には、これも魔王城に来て初めて知ったテンプラという- 水で溶いたトリゴ粉にニワトリの卵を混ぜたものに魚やエビ、または野菜などを浸けて衣にして油で揚げた料理- の中でももっとも美味しいと私が思う、エビのテンプラを乗っけたやつが、例のオショウユという黒い色の液体調味料で味付けした澄んだ汁の中に入っていて、緑の葉っぱが浮かんでいた。
「これは、『年越しソバ』って言ってね。毎年、新しい年を迎える前に食べるの!」
エリゼッテちゃんが、“物知り顔”で、「この黒っぽい麵はなに?」と騒いでいる私とビアを見て言った。
そして、これも、同じく、仲良し三人組に聞いてみると―
エリゼッテちゃん:「ソバで、お腹の中にいる悪い虫をみんな退治するのよ!」
エイルファちゃん:「これは滋養分がたくさんあるから、来年も健康で働けるようにって願って食べるのよ!」
マイレィちゃん:「長いソバを食べることで、長く生きられるようにってエタナールさまにお願いするのよ!」
ビア:「やだ!ワタシのソバ、プツンプツンって短く切れている... じゃあ、ワタシ、寿命が短いの?」
いや、ビア、あなた、それだけ食欲があって、知恵も体力もあれば、100歳まで生きるんじゃない?
って、私のソバもプツンプツンと短く切れているんだけど?
だけど、このソバって言う麺、麺の料理が美味しいイタリア料理店なんかでは見たこともなかったけど、口に入れると甘味と風味を感じた。
汁もけっこう美味しくて、上に乗っていたエビのテンプラの美味しさも手伝って、あっと言う間に食べ終えてしまった。
そして夕食のあとで部屋に帰り、テルース歴5065年1月1日の午前零時を家族といっしょにシャンパンを飲んで祝おうと眠い目をこすりながら、応接室でみんなとおしゃべりをしながら待っていた。
シャンパンは、レッべガアルのエドディガさんから送られて来た特製シャンパンで、氷を入れたバケツの中で冷やしてある。
応接室にいるのは、私とお母さま、ビア、モナさま、ジオン君、キアラちゃんの6人だ。
ラーニアさまは、息子のカリブ君の家に行き、ルナレイラお義姉さまは、ほかの王妃さまたちといっしょに魔王さまのお部屋で新しい年を迎えるらしい。
「あと30分もあるの――? パリパリ...ムシャムシャ」
壁の時計を見ながら、ビアが、先ほどから4、5種類ほどの『マオウ・スナック』とか言う、おイモで作られた塩菓子を食べている。ジオン君もキアラちゃんも負けない勢いで食べている。
この『マオウ・スナック』。薄く切ったのとか、棒状のとか、ピリッと胡椒の利いたのとか、バター味のとかショウユ味のとか10数種類もあって、かなり人気で若い子とか子どもなんかもよく買って食べている。と言うか、私もよく食べているんだけど(汗)。
壁の時計は、午後11時29分を刺していた。
その時、ゴ~~ン…………
どこか遠くから鐘の音が聴こえて来た。
この音だと、たぶん大聖堂の鐘の音だ。
「あら、始まったみたいね?」
「始まりましたわね」
「ジョヤの鐘が始まったよ!パリパリ...ムシャムシャ」
「108回鳴らすんだって!」
「108って、どれだけ?」
お母さまやモナさま、ビア、ジオン君、キアラちゃんたちが、目を輝かせる。
子どもはもう寝ている時間でしょ?なんで、こんな時間にまで起きているのよ?
ゴ~~ン
ゴ~~ン
ゴ~~ン……
鐘の音は、絶えることなく続いている。
「108回鐘が鳴るのは、108の悩みを取り除くためだって!」
いや、ビア、あなたがそれを言わないで。
あなたの悩みなんて、学校であなたに好意を持ってくれる男の子が108人もいるってことでしょう?
まったく、そんな悩み、私も持ってみたいわ...
いやいや、そう言えば、私もメチャ男性にモテるんだった?
ゴ~~ン
ゴ~~ン
ゴ~~ン……
しかたないわね、二人ともお母さまに似て美女なんだから。
それにしても、ビアのよく食べること。
成長期というものなんだろうけど、身長はとっくに私を超して165センチほどになっているし、胸もとっくに私のより大きくなっているし...
ゴ~~ン
ゴ~~ン
ゴ~~ン……
「なに、お姉ちゃん、ワタシのオッパイ見ているの?」
「べ、別に見てないわよ」
「ビアお姉ちゃんのオッパイ、アリシアお姉ちゃんのより大きくなったもんな!」
「そうだよ。ビアおねえちゃんのオッパイ、アリシアおねえちゃんのよりずっと大きいよ!」
ジオンとキアラちゃんまで...
よく見ていた!
ゴ~~ン
ゴ~~ン
ゴ~~ン……
「まあ、女はね、オッパイの大きさじゃないからね。お姉ちゃん、気にしなくてもいいよ」
「誰も気にしてないって!」
「それに、お姉ちゃんのくらいの方が男って好きなんじゃない?魔王さまも、ブリュストン伯爵さまも、ドゥモレ男爵さまも...」
「私は、オッパイの話をしてないって言っているじゃない!」
ゴ~~ン
ゴ~~ン
ゴ~~ン……
「まあ、オッパイが少しくらい小さくてもいいじゃないの」
「そうですわ。わたくしのもそれほど大きくありまんけど、デルンさまは一度も不満を言ったことありませんでしたし、魔王さまも何もおっしゃいませんわ」
「あたしのもビアお姉ちゃんのみたいに大きくなるかな...」
お母さまとモナさまの話にキアラちゃんが入り、ドレスを胸までまくり上げて、あせもみたいなみたいなちっちゃなボタンを見ている!
「さあ、どうでしょうね。ビアちゃんのように、お父さまの方を引いたら、大きくなるでしょうし、わたくしの方を引いたら、適当な大きさになるんじゃない?」
「やだ――っ!あたし、ビアおねえちゃんみたいに大きいのがいい。男の子にモテるもん!」
そんなバカ話をしているうちに、108の鐘は終わった。
ポン!
シャンパンの栓を勢いよく開けて、よく冷えたのをグラスに注ぐ。
「新しい年、おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございまーす」
「おめでとーう!」
「おめでと!」
みんなで、新しい年を祝って乾杯をする。
ジオン君とキアラちゃんは、マオウ・コーラだ。
1年前には、魔王城で新年を迎えるなど想像もしてなかった。
だけど、今は、こうして(お父さまを除いて)、みんな魔王城にいる。
ルナレイラお義姉さまは魔王さまの王妃になり、私は子爵になった。
お母さま再婚して魔王さまの妻になった。マイテさまもモナさまも、魔王さまの妻になった。
みんなが、わいわいと賑やかにおしゃべりをしている中、私は二杯目のシャンパンをグラスに注いだ。
エドディガさんが送ってくれた特製シャンパンは、もうあまり残ってなかった。
「あ、最後に残ったのワタシが飲むわ!」
テーブルにもどしたシャンパンの瓶をビアがとって、残っていたのをみんな自分のグラスに注いでしまった。
シャンパンは、ふくよかな果実味と香りがあり、ほどよく冷やした冷たさも相まって、とても美味しい。
シャンパンの酔いも手伝って睡魔に襲われたので、部屋に入って朝まで仮眠をとることにした。
............
............
新年のお祈りと祝賀会が、大ホールで開かれるので、朝6時に起きて、シャワーを浴びてからおめかしをする。
メイドのゼニヤは痒い所に手が届くように気が利くし、何をやらせても上手なので大助かりだ。
お母さまもメイドを一人雇っているけど、自慢じゃないけどゼニヤの方が優秀。
お母さまやビアより20分も早く、おめかしが済んだ。
ゼニヤはビアのおめかしを手伝っている。私はお母さまたちの用意が整うまで、お茶をいただきながら、姿見で自分の服装を見てみる。
ドレスは、今日のために特注したものだ。
白色のロングで、袖と胸と脇腹に透けた生地を使っているけど、オッパイは見えないように肩からの幅広いベルト状の布地がお腹まで続いており、胴と胸と襟の生地は銀色のスパンコールでキラキラ刺せた上に、白い造花と蔦に見立てた濃い緑色のスパンコールで飾られているという超オシャレなドレスだ。
「お姉ちゃん、すっごくステキ!」
ゼニアに髪を整えてもらいながら、ビアがうっとりと見とれている。
「本当にステキだわ。今日の新年祝賀会でも、みなさんの注目の的になること間違いなしね!」
お母さまも褒めてくれたけど...
このドレス、金貨1枚半もしたのよ。
貴族というのは、お金がかかるものなのね。
だけど、私も子爵なのだ。
ヘンな恰好をして、「魔王国の貴族はこの程度か?」なんて、ほかの国の貴族たちに思われたくない。
そんなことをすれば、せっかく私を子爵にしてくださった魔王さまのお顔に泥を塗ることになってしまう。
それに、このドレス、一回着たら丁寧に選択をさせ、魔都のお店で半額で買い取ってもらうつもり。
そうすれば買った値段の半分はもどるし、洋服ダンスが服であふれかえるといったようなこともない。
しばらくして、お母さまとビアの用意が出来た。
応接室に行くと、リンドが私を見てあんぐりと口を開けたままになった。
「リンドさん、お口が開いたままですよ?」
ゼニヤから言われて、あわてて閉める始末。
「と、とってもお美しいです、子爵さま」
「ありがとう」
廊下でモナさまたちと会うと、やはり目を瞠った。
「アリシアちゃん... すごくきれい!」
「アリシアおねえちゃん、今日、ケッコンするの?」
「アリシアおねえたん、ケッコンスル?」
いやいや、結婚はしませんよ。
少なくとも今日はね。
大ホールに入ると
オオオオオオ―――……
大ホールがどよめいた。




