第49章 アリシア子爵、護衛とメイドを雇う
グロッピンさんとマルカが結婚することになった。
二人は40歳近い年の差があるにも関わらず、おたがい好き合って付き合い始めたのは2ヶ月ほど前からだった。グロッピンさんは、ルナレイラお義姉さまの結婚式の時に突然大聖堂に現れ、お父さまと私たちを驚かせたのだが、その後、グロッピンさんがイヴォール城で侍従長をやっていたと知ったプリシルさまが、魔王城で侍従として雇っていた。
信用のおける熟練した侍従は少ないため、魔王国でもどこの国でも大へん貴重なのだ。
2年ぶりにマルカに会ったグロッピンさんは、美しい娘となったマルカに関心を持ち -1年ほど前に老妻を失くしていて男やもめであったこともあってか- マルカに対して積極的に行動に出た。
「カッコイイだけの男って、中身ないのが多いですし、わたしは、落ち着いた大人の男性が好きです」
というマルカの“理想の男性像”にグロッピンさんはピッタリ当てはまったようで、職場が同じ魔宮殿ということもあり、急速に親密になり、週末には魔都を二人で歩いているのを見たという話も聞くようになっていた。
マルカは気立てのいい娘だし、グロッピンさんはも真面目に40年以上もイヴォール城で仕えて来た人なので、二人が結婚することを知らされた私たちもとても喜び、二人の結婚式と披露宴の費用を払ってあげることにした。
マルカもグロッピンさんも「恐れ多いことです」と辞退したが、マイテさまもお母さまもモナさまもルナレイラお義姉さまも、「是非、わたくしたちに祝わせてください」と言ってようやく承知してもらった。
もちろん、“子爵”である私も大いに協力し、魔都の中心街から徒歩20分という便利なところに、リビング兼ダイニングルーム、寝室二つ、バスルーム付きで広いバルコニーのある貸家を格安の家賃で借りてあげた。
通常、こんな便利なところにある良物件は、家賃が大銀貨5枚ほどし、借家契約をするとなったら、敷金として大銀貨5枚、手数料とか管理費やらなにやらで大銀貨5枚ほどかかるので、経費が合計金貨1.5枚以上くらいかかる。
だけど、何と言う幸運。この共同住宅の持ち主は、カリブが孕ませて結婚することになった、あの法務省の高官- 今は副大臣になっている- ファレーナちゃんのお父さんが所有者だったのだ。
ファレーナちゃんのお父さんは、ベイレーレさんと言う方だけど、老後の収入源として不動産をいくつか購入して所有していた。
カリブとファレーナちゃんが結婚したことで親戚になったことでもあり、マルカとグロッピンの結婚式の招待状を持ってお宅を訪問した時に二人が結婚し、所帯を持つことになったので、職場に近いところに借家を探していると言うと
「お探ししている条件にぴったりだと思う共同住宅があります」
と奥さんのジリヤさんがおっしゃって、週末にマルカとグロッピンさんを連れて見に言ったらすごく気にいって、家賃は大銀貨3枚、礼金、敷金も半額にしてくれ、ほかならぬ子爵さまのお知り合いですので紹介料もいりませんと好条件で借りれることになった。やはり親戚付き合いは大事だね。
そして、十日ほど後―
プリシルさまにお願いして、大ホールの祭壇の前で二人の結婚式が行われることになった。
司祭は、エイルファちゃんからマルカが結婚することを聞いたアイフィさまがやってくれることになった。
参列者は、グロッピンさんの方の親戚は一人もいなかった- ブレストピア国が占領され、グロッピンさんも落ちぶれた貴族になり、地位も金もなくなったのを見て、そっぽを向いて遠ざかった親戚たちは一人も招待しなかった。
彼が招待したのは魔王城での仕事仲間で仲のよかった侍従数人だけで、マルカの方はご両親と遠縁にあたるという人たち5、6人とやはり仕事仲間のメイドさんとか侍女さんたちが8人ほど招待しただけだった。
魔王宮からは、プリシルさまが時間を作ってマイレィちゃんといっしょ参列してくれた。
私たちの方は、お母さま、私、ビア、マイテさま、ルナレイラお義姉さま、カリブと5人の身重の妻たち、ジオン君とキアラちゃん。それにドゥモレ男爵さまも参列してくださった。
お祈りをしたあとで、エタノールさまの偶像の前で二人が永遠の愛を誓い合い、式は終わった。
その後は披露宴だが、マルカのご両親も親戚たちもマルカが公爵さまと結婚したというので、とても感激していた。
まあ、公爵さまと言っても、今はなきブレストピア国の爵位なんで、魔王国では何の価値も意味もないんだけどね。平民って貴族をとても有難がるし、偉い人だと思っているから、これがふつうの反応かも?
披露宴会場としては、魔都で最近人気のあるというレストランを借り切った。
結婚式の披露宴の料理代は... 一人当たり大銀貨2枚で、しめて金貨5枚もかかった(汗)。
まあ、費用はお母さまたちが出し合ったんだけどね。
私は、ほら、共同住宅の方、みんな出したし、家具とかも買ってあげたし。
それにしても、結婚するってお金かかるよね?
私もせいぜい倹約して結婚資金を貯めなきゃ。
でも、相手がお金持ちの貴族だったら、それほど自腹を切らなくてもいいかも?
今度、何気ないフリして、ドゥモレ男爵さまの資産とか収入とか聞いて見よう。
レストランは一人当たり大銀貨2枚ふんだくるだけあって、内装もけっこう豪華で、料理もかなり美味しいものだった。
私の正面に座ったプリシルさまが、上品に料理を食べながら、私と男爵さまを見て話しはじめた。
「アリシア子爵さん、先日、ならず者に囲まれたという話について考えていたのですけど...」
「ああ。ドンさんたちのことですね。あの問題はもう解決...」
「いえ、そうじゃなくて、あなたの安全のこと。あなたも子爵と言う立派な貴族。この際、護衛と従者を雇いなさい」
「え?いや、今のところは間に合っています。それに剣術の稽古もはじめましたし...」
そう言って、私は男爵さまを見た。
「いや、子爵さま。プリシルさまがおっしゃているように、護衛と従者は、やはり持つべきです。護衛なし、従者なしの貴族って、魔都では通るかも知れませんけど、ほかの国に行ったら笑われますよ?」
「え、笑われる?」
「あなたが、笑われるだけならまだしも、魔王国、いえ、魔王さまの威信にも拘わります」
プリシルさまが、冗談を言ったのではないことは、その目つきでわかった。
「魔王国政府から報酬をもらっている貴族が、家臣の一人も雇えない、従者の一人も雇えないと見られるからです」
「......!」
たしかに考えてみればそうだ。
私は、私個人の理由で、護衛も従者も雇ってないけど、ほかの国へ行くと、“なんだ、この子爵は? 領地なし貴族で、魔王国から報酬をもらっていると言うが、従者の一人も雇えないほど少なくもらっているのか?”ととられてしまうのだ。
「わかりました。では、せめて従者一人...」
「護衛も雇いなさい」
従者一人で済まそうとしたけど、即座にプリシルさまに護衛もつけろと言われた。
「え? でも、メイド一人なら、私たちの部屋にベッドを一つ置けばいいんですけど、男の護衛は、私たちといっしょの部屋には...」
「魔王城の使用人宿舎に部屋がいくつでも空いているはずよ。わたくしが許可したと管理人に言って、宿舎の部屋を借りなさい。部屋代はかからないはずよ」
そうか... そんな便利なものもあったのか。
「そうと決まったら、早速明日にでも職人組合に行って、護衛とメイドを探してもらいなさい」
「あの、もしよろしかったら、わたくしが護衛を紹介してもいいのですが」
それまで黙って、プリシルさまと私の会話を聞いていた男爵さまが口を開いた。
「え、男爵さま、どなたか腕の立つ人をご存じなのですか?」
「わたくしの親戚に当たる子なんですけどね。小さい頃から剣術の修行をしていて、わたくしほどではありませんけど、そこらの兵が数人かかっても負けないほどの腕前なんです。ええ、わたくしと同じユキヒョウ族ですよ」
職人組合を通して護衛を探すのもいいけど、やはり素性のわからない者を雇うより、素性がしっかりした者の方がいいに決まっている。
「知り合いと言うのなら...」
そう言って、プリシルさまは、マルカの回りでさかんに騒いでいる、マルカの仕事仲間の侍女や若いメイドたちを見た。
プリシルさまが見ていることに気づいたのか、若いメイドの一人がこちらを見た。
「あなた、ちょっといいかしら?」
「は、はいっ。何でしょうか、王妃さま?」
おずおずと言った感じで、その若いメイドはやって来た。
「実はね、こちらの子爵さまが、信用がおけて、働き者でしっかりしているメイドを探していらっしゃるの。あなたたち、同じメイド仲間でそんな人知りませんか?」
「は、はい。わたしは知りませんけど、ちょっとあそこにいる友だちたちに聞いてみます」
「よろしくね」
「はいっ!」
案ずるよりも産むが早しで…
護衛とメイドの話は、あっという間に決まってしまった。
護衛は、男爵さまの親戚で18歳の男の子らしい。
いや、18歳の男子を男の子って言うのもおかしいけど。
雇うことが決まったメイドさんは、19歳のラビットニディオスで子持ちだった。
結婚して子どもが生まれる少し前まで元ブレストビア国のある貴族の家で働いていたらしいけど、出産を機に勤めを辞め、5年間子育てに専念してきたらしい。
子どももあまり手がかからなくなり、そろそろ共働きをして自分たちの家を買う資金を貯めたいと思っていた時に、子爵さまがメイドを探しているとマルカの結婚式に参列した友人から聞いて面接にやって来た。
「ゼニヤ・ラノリア・エレノイルと申します。年は24歳です」
ラビットディオ族のメイド候補は、実直そうな女性で、家事全般、屋敷の管理も馬車の操縦も出来るという、まさに私の要求にぴったりのメイドだった。子持ちだそうだけど、5歳の女の子は親にみてもらうそうだ。
将来を見越して、ゼニアさんに大銀貨5枚のお給料を払うことにした。
住み込みメイドの給料は、だいたい大銀貨2枚が相場なのだけど、私は将来、このメイドさんをチーフメイドにするつもりだ。
相場の給料の倍払っていれば、そう簡単に職を変えたりしないはず。
衣食住付きの大銀貨5枚って、かなりの好条件だし。
一方、男爵さまの親戚という護衛の方は、魔都に着くまでに50日ほどかかった。
護衛として雇うという連絡が速達便で届くのに20日かかり、それを受け取った彼が翌日出発し、ダユーネフ国の田舎から陸路を2週間かけて歩いて港に着き、そこから各港停泊の船で15日かかって魔王国の港に着き、それからまた5日かけてようやく魔都に着いたというわけ。
いやあ、いくら子爵さまですと言っても、私用でマデンキなんか使えないし、ましてやドコデモボードなんてトンデモナイと言うことになると... やはり、これくらいかかるのがフツー?
護衛君には月に大銀貨5枚を払うことにした。
これが護衛の相場らしい。男爵さまの家でお風呂に入り、旅で伸びすぎた髪を切り、髪油をつけ、男爵さまが用意してあげたらしいバリッとした服装で、男爵さまといっしょに挨拶に来た。
「は、は、初めまして。リ、リ、リンドウです。し、し、子爵さまに、お、お、お会いできて、光悦でございます」
メイドさんの案内で応接室に入って、座っていたところに私が入ると、ばっと立ち上がって挨拶をしたけど、顔が真っ赤になってすごくどもり、光栄を光悦と言い間違えた(汗)。
まあ、田舎の純真な少年が、私の美貌を見たら、そんな反応をするのも当然か。
何せ、舞踏会では私と踊りたい貴族が列をなすほどなんだから。
リンド・キインノ・アッカドーウ君、18歳。
ユキヒョウ族らしい、すらりとした体つきで、男爵さまほどガッシリした体格ではないが、敏捷そうだ。
「宿舎へは、あたしが仕事が終わってから連れて行くから、それまではどこかで時間を潰していてちょうだい」
ゼニヤに言われて、応接間から追い出されてしまった。
ドゥモレ男爵さまもいっしょに(汗)。
私は魔宮殿の門まで男爵さまを見送ることにした。
明日の朝は、稽古に行く時にリンド君が護衛としての初仕事で広場について行くことになる。
その時に彼の剣技を見せてくれるそうだ。
ついでに私の稽古にも協力してくれるそうな。
「じゃあ、また明日会いましょう、子爵さま」
「はい。また明日!」
チュッ
恋人同士のようにキスをする私たちをリンド君がまじまじと見ていた。
いや、恋人同士じゃなくて、もう恋人だと言ってもいいよね?
お母さまもすっかりその考えらしいし、ビアなんかは男爵さまがやって来ると、
「お姉ちゃん、恋人が来たよ!」
って、走って来て教えてくれるくらいだから。
じゃあ、ブリュストン伯爵さまはどうなるの?
う~む... “遠くの親戚より近くの他人”じゃないけど、“遠くの恋人より近くの友人”って言うじゃない?
え? 友人と毎朝稽古のあとで抱いてもらって、週末にはしっぽりと一日中ぬれているのかって?
そんな“友人”がいたっていいじゃない?
私は若いんだし、ネコ耳美少女なんだし、男にやさしく抱いてもらって、たくさん愛を注いで欲しいのよ!
それからの毎日は、かなり充実したものとなった。
リンド君の腕前は、男爵さまには及ばないものの- リンド君に言わせると男爵さまは『剣聖』なんだそう- 身軽さではリンド君の方が上回っていて、跳躍も18メートルも飛んだのには驚いた。
垂直にも5メートルくらいまでは、ひと飛びで達するので、屋根なんて楽に上がれるのだ。
その身軽さで攻撃されると、男爵さまも少し苦戦しているみたいだった。
その一方、私の訓練への指導は厳しかった。
「もっと気をこめて!実際に敵がそこにいると思って、一撃必殺の思いで木剣を振って!」
「基礎体力が足りません。毎朝走る距離を15キロに増やしましょう!」
いや、15キロに増やしたら、練習のあとで男爵さまに抱いてもらう時間がなくなるでしょう?
って、まるでイジワルのような、この態度- もしかして、男の子が好きな女の子にする仕打ちに似てない?
男爵さまは、今の練習量でちょうどいいと考えているらしく、そんなことは何も言わないのよね。
「走る距離も時間も、現在以上は増やせないのよ」
「え~っ、お風呂と着替えをするのに時間がかかり過ぎているんですよ!」
「リンド君は、女性の身だしなみに口だしなんかしちゃあダメ!子爵さまは、女性なんですから時間がかかるのは当りまえです!」
「.........」
私の付き添いのゼニアさんにぴしゃりと言われて黙ってしまった。
ゼニアさんは、私の着替えとお化粧を手伝うために、毎朝、いっしょに広場まで来るのだ。
ゼニアさんは、私が稽古のあとで男爵さまのお家に行って、二人で仲良くお風呂に入って、そのあとで熱く抱き合うのを知っているが、信頼おけるメイドだけあって、そのことは一切、他人には話さない。
私が長いお風呂と着替えに時間をかけている間、リンド君は、男爵さまの家の庭で素振りをしている(汗)。
リンド君はまだドーテイかも知れないけど、男女のコトについては無知じゃないだろうから、私と男爵さまが、なぜ暇取っているのか、何をやっているのかくらいは察しているだろう。
すっきりした顔で、化粧をし、バッチリと貴族公務員らしい服装に着替えて、これも満足した顔の男爵さまにドアを開けてもらって馬車の後部座席に乗ると、ムスッとした顔でリンド君がゼニアさんに続いて前の座席に座る。
男爵さまは、そんなリンド君にはまったく構わずに、公使館での出来事とか、ダユーネフ国のことなどを話してくれる。ゼニアさんは、真面目な顔をして、だまって聞いているだけだ。
テルース歴5064年は―
私の人生においても
私の家族にとっても、
大きな変化の年だった。
何だかわけの分からない鐘の音が遠く離れた大聖堂から聴こえて来るのを
聴きながら、5064年の最後の夜は終わっていった。




