第48章 アリシア子爵、剣の手ほどきを受ける
ドンさんたちに絡まれたのをきっかけに―
ドゥモレ男爵さまから剣の手ほどきを受けることにした。
夜は残業があるので無理っぽいので、早朝に練習することにした。
どのみち、男爵さまは魔都にあるダユーネフ国公使館に務めているし、私も男爵さまも勤務時間は朝の9時からだから、ちょっと早起きをすれば朝2時間ほどは練習が出来るというわけ。
ドンさんたちのことは、この間のカリブの騒動の時に、法務大臣のナエリンダン侯爵さまと懇意になったので、彼に会ってドンさんたちをあの区の警邏隊員にすることを提案した。
「魔都の庶民街に多くみられる、成らず者のほとんどは、元ブレストピア国や元マビハミアン国の兵くずれや、その者たちを首領とする不良の集団です。この者たちを教育・訓練して警邏隊員にして、給料を払い、縄張りとしていた区の治安をまかせれば、不良もなくなり、治安もよくなり、一挙両得となります」
「うむ。確かに。魔都の中心部は、警邏隊員も多く、治安は問題ないが、下町の方はかなり問題になりつつある。これはアマンダさまにご相談してみるだけの価値がある提案だ!」
1週間後―
アマンダさまの承認が下り、下町を縄張りとしている成らず者たちに提案が示された。
毎月給料を金貨3枚もらい、それに諸手当として金貨1.3枚(金貨1枚と大銀貨3枚)をもらえ、“住所不定の嫌われ者”から、“住民から敬われる警邏隊員”になれるのだ。
三ヶ月間という教育・訓練期間を経なければならないと分かっていても、“まともな獣人”として生きる方がいいに決まっている。
ドンさんたちの問題が何んとか解決した頃―
プリシルさまたちがダユーネフ国北西部での任務を終えて、無事帰って来られた。
プリシルさまたちが帰還されたことを知った私は、ドゥモレ男爵さまを誘って魔王城での夕食に行くことにした。いや、別に“新しい恋人”を紹介するってわけではないんだけど、それに“新しい恋人”でもないんだけど、プリシルさまには紹介しておきたかった。
ドゥモレ男爵さまは、魔王さまがナスガアル城を訪問した時に、アマンダさまたちといっしょに行ったプリシルさまを見たことがあるって言ったけど、私が大へん尊敬し、好きなプリシルさまに男爵さまを知って欲しかった。
魔王城での夕食時を見計らって、ダイニングルームに行った。
プリシルさまとマイレィちゃん、それに護衛としていっしょに行っていたミカエラさま、アイフィさま、アレクさまをダイニングルームで見た時は、うれしくて涙が出そうになった。
「あら、アリシア子爵ちゃん、お久しぶりね? 私たちといっしょに食事をしましょう!」
目ざとく私たちを見つけたプリシルさまが、片手を上げて誘ってくれた。
「は、はいっ!」
私は男爵さまを連れて料理が並んでいるビュッフェテーブル行くとお皿をとり、「ここで好きな料理をとって、それからテーブルで食べるんです」と男爵さまに説明した。
「ほほう。変わった食べ方ですね?でも、人手が少なくて済むという利点がありますね!」
そう言いながら、次々とレビットの焼き肉やコドルナの蒸し焼き、トリゴ粉をつけてブタ―焼きしたトゥルッタなどをお皿に盛っている。
「この白いモノは何ですか?」
「ああ、それはアリュウスを水で炊いたものです。魔王さまがお好きな食べ物なんですけど、私はまだ食べ慣れていません」
「どれ、少し試して見よう」
少しと言いながら、男爵さまは、お皿からこぼれんばかりにアリュウスを盛った。
私も魔王城に住んでいながら食べないのはおかしいと考えて、ほんの少しお皿にとった。
「プリシルさま、みなさま、ご紹介します。こちらはダユーネフ国の新任武官のドゥモレ男爵です」
「アルチュセール・エヴラール・ドゥモレ男爵です。プリシル王妃殿下とは、光栄にも今回で二度お会いすることになります」
そう言って、例の気障っぽい挨拶をした。
ただし、今回は花束なしだ。
魔王さまの王妃さまに花束など贈ったら、即極刑、よくて国外追放だ。
「ドゥモレ男爵さまですわね?よく覚えておりますわ。あの日のナスガアル城でのアマンダ王妃さまとの試合は、お見事でしたわ」
「はっはっは!見事に負けてしまいましたがね!」
「どうぞ、お座りになって」
「それでは失礼いたします」
プリシルさまは、ダユーネフ国北西部の貴族のことについて話し、男爵さまは、ドンさんたちとの出会い- いや、あれは出会いなんてものじゃなくて、絡まれたんだけど、もう過ぎたことだからいいか- について語った。
「いやあ、ドンたちも驚いたでしょう。レディー然としたアリシア子爵が、まるでムササビのように宙を飛んで切りかかったんですから!」
「元マビハミアン国のならず者たちを、アリシアさんの提案で警邏隊に入れることになったことはアマンダさまから聞きましたわ。でも、そんな経緯があったなんて知りませんでしたわ」
「いえ、私はドゥモレ男爵さまの指示にしたがってやっただけで、無我夢中だったんです。それよりも男爵さまの方がすごかったんですよ。10メートルほど飛んで、腕ほどの太さの棍棒をふり回していたドンさんの棍棒の上に止まって... 本当に止まったんですよ? そして、剣を突きつけられて、ドンさんは降参したんです!」
「ドゥモレ男爵さまの跳躍のすごさと剣の腕前は、ナスガアル城でご拝見しましたわ」
「いえいえ。わたくしなど、とてもアマンダ王妃さまの足元にもおよびませんでした」
「アマンダさまの強さは、あれはふつうではありませんので、それを差し引くとドゥモレ男爵さまの実力は一流であることは間違いございませんわ」
「恐縮です」
プリシルさまは、男爵さまが美味しそうにアリュウスを食べているのを見て驚いた。
「とても美味しそうにアリュウスを召し上がっておられますけど、どこかで召し上がったことあるのですか?」
「いえ、初めてです。このアリュウス、味はついていませんけど噛んでいると甘味を感じます。それにアベナ麦の粥よりもずっと美味しい!」
「ふふふ。男爵さまがアリュウスをお好きなんて。今度オスシを作る時にご招待しますわ」
「オスシ?聞いたことにない料理ですが、魔王国には、フレンチ料理とか、イタリアン料理とかワショクとかさまざまな珍しい料理があると聞きましたので、機会があれば是非ためしてみたいと思っております」
「オスシはワショクの一つなんです。アリシア子爵ちゃんは、あまりワショクが好みではないようですけど...」
「いえ、私も今度挑戦してみます!」
「うふふ。アリシアちゃんって、まるで強い相手と試合するみたいな口調で言っている」
アイフィさまが、口に手を当てて笑った。
「強い相手と言えば、子爵さまは、今度剣術の稽古を始められたんですよ。筋がいいみたいですから、4、5年も修行をすれば、かなり強くなると思います」
私が始めた剣術の話題でまた盛りあがり、それまであまり話したことのなかったアレクさま- 本名は、 アレクサンドラ・マリアンヌ・ゼリアンスロゥプと言って、魔王さまの王妃の一人なんだけど、金茶色の目に茶褐色の短く切った髪がよく似合うこの方は、破滅拳バロネスの異名をもつ猛者だ。
なんでも神聖 西ディアローム帝国のロレアンスロゥプ皇帝の隠し子だとか-
そのアレクさんと拳法とか剣術とかについて、たくさんお話ができてよかった。
「今度、稽古をする時、わたしを誘ってね!」
別れる時に、アレクさま、いや、私と同い年だから「アレクでいいわ」と言っていたのでアレクさんと呼ばせてもらうことにしよう。
アレクさんは立ち上がって私の手をにぎった。
ライオン族とエルフのハーフである彼女は身長が180センチもある大きな女性だけど、まだ、どこか子どもっぽさも持っている、感じのいい娘だった。
「それにしても、あの二人はとてもお似合いじゃなくて?」
ダイニングルームでプリシルさまたちとお別れして、廊下に出た時にフェリノディオ族である私の鋭い聴覚にプリシルさまの声が聴こえた。
やばい!
プリシルさま、私たちの仲を気づいているみたい(汗)。
そんなにベタベタしているつもりはなかったけど、やはり体の関係のある者同士は、他人が見るとわかる親密度をもっているらしい。気をつけなきゃ。
初日の練習は、朝の6時から始めた。
まず最初に10キロの距離を走ることから始める。
魔王城とダユーネフ国公使館のちょうど中間にある公園から走り出して、5キロ走った地点で折り返す。
公園に帰って来ると、上半身を垂直に伸ばしたままでひさの屈伸運動を100回行う。
ついで、腹筋と背筋を鍛えるために、上半身を反らしながら、数秒間その体勢を維持し、もどす- これを30回やる。そして腕立て伏せを50回だ。
こう書くと、いかにも簡単そうだけど、ひざの屈伸運動なんて20回もしたらひざが痛くなるので、徐々に慣らして行くしかない。腹筋と背筋を鍛える運動も、最初は5回も出来なかった(汗)。
「何ごとも一朝一夕には達成できません。毎日の積み重ねが大事です!」
そう言う男爵さまは、軽々と屈伸を100回やり、 腹筋と背筋を鍛える運動も難なく50回やって見せた!
「フェリノディオ族やユキヒョウ族の利点は、跳躍の訓練をしなくても、本然的にびっくりするような跳躍力を持っていることです」
そう言って、先日、ドンさんたちに絡まれた時と同じように跳躍してみせた...
って、15メートル飛んじゃったよ!(汗)。
公園で練習している私たちを見ていた野次馬たちが、一斉に拍手したほどだった。
私は...
せいぜい5メートルほどしか飛べなかった。
基礎体力をつけながら、剣を振れるようになるための訓練も同時進行中だ。
剣をしっかりと握れるように、握力をつけるために、10センチほどの木の棒に、紐をつけてレンガを10枚ほど片手で持ち上げる練習だ。
腹斜筋の鍛錬とか交差運動とか、腕を鍛えるために、レンガを片手に一枚ずつ持って、水平の位置から両腕がネコ耳にふれる位置まで上げ、それからまた水平にもどす運動とか、これをネコ耳じゃなく、身体の前に持って来てもどす運動とか、床に手をついて、腕立て伏せのような状態から足の入れ替えをする運動とかを汗びっしょりになるまでやる。
そのあとで、木の剣をもって手首を鍛える運動をする。
中段に構えた状態から中心線の先へ目標を決め、それに向かい木の剣を回す運動をやる。
右回り、左回りと各数十回やる。手首を柔らかく、小さく回すのがこの練習の重要な点だそう。
「こんなに筋肉を鍛える練習をして、私、筋肉モリモリネコ耳子爵になるんじゃないかしら?」
一週間ほど過ぎた頃、心の中に生じた不安について訊いてみた。
「全然心配することはありませんよ。筋肉が多くつくかどうかは、訓練で使うモノの重さが大きく関係するんです。あなたの場合は、せいぜいレンガ数枚、重量にして10キロかその程度でしょう?それくらいでは筋肉モリモリになりません」
「え、そうなんですか?」
その答えを聞いてほっと安心した。
「それに、女性は生物学的に、筋肉モリモリにはなりにくい体質をもっています。だから、女性は男性に比べてふくよかな身体を持っているんです」
「へえ。男爵さまって物知りなんですね!」
「それでも、筋肉がつきすぎるのが心配なら...」
「何かよい対策とかあるんですか?」
「男としっかり愛し合えば、女らしくする分泌物が体内で多く生産され、さらに女らしくなる言う説もあります」
「しっかりと愛し合う...」
男爵さまは、そう言って私を見た。
汗にまみれた私の薄いシャツはぴったりと肌にくっつき、ブラジャーも透けて、ボタンがほぼ丸見えだった!(汗)
「どうです。お仕事に行く前に、私の家に行ってお風呂で汗を流しませんか?」
ドゥモレ男爵さまの魂胆が丸見えだったが、私も排卵期が近かいせいか、抱かれたくてしかたがなかったので、彼の家に行くことにした。
着替えは持って来ているけど、やはりタオルで拭くよりお風呂に入った方がいいに決まっている。
公園の外に待たせていた男爵さまの馬車に乗って彼の家に向かう。
武官である男爵さまは、すでに自家用馬車を調達し、御者も雇っていた。家にも料理人や使用人などを数人雇っている。
10分ほどで男爵さまの家に着き、二人でそろってお風呂に入る。
出勤時間があるので、ゆっくりと愛し合っている暇はない。バスの中でチューから始まって、おたがい触り合い、気分を高めたあとは、男爵さまはぬれた私を抱いてベッドに連れて行って、そのまま30分ほど激しく愛し合った。
料理人が作ってくれた朝食を時間を急いで食べて、そのあとは公使館に向かう男爵さまの馬車に便乗して魔王城近くまで乗せてもらって職場に直行だ。
子爵である私が、剣術の稽古のあとで男爵さまと寝室で愛し合っていたのを使用人たちは知っている。
ネコ耳の子爵なんてほかにはいないから、使用人たちがその気になれば、噂はまたたく間に魔都に広まるだろけど...
だけど、使用人たちは、そんなことはしない。使用人たちにとって、もっとも大事なことは“信用”だ。
男爵さまが、魔王国での武官の任務期間が終わり、使用人たちを解雇したとする。
その時に使用人たちが、新しい仕事先を見つける時に重要なのが『紹介状』だ。ご主人さまやご主人さまのお客さまの噂などを流すような使用人は、紹介状を書いてもらえないし、使用人などを紹介する職業組合も、雇い主からの苦情があれば、そんな使用人には仕事を紹介しない。
かくして、ネコ耳子爵の信用と名誉は守られると言うわけ。
剣道に必要な体力づくりの説明は、『全日本剣道連盟のサイト』の説明文をお借りしました。
西洋の剣術と日本の剣術は、かなり違いますけど(と思う)、基本的なところ、体力作りとかは違わないであろうと考えて書いています。




