第45章 アリシア子爵、お酒に酔って介抱される
イーダンさんの家のドアをドンドン叩くと、二階からイーダンが顔をだした。
「誰だ、うるさいな!開店は午後6時からって... おっ、子爵さまじゃないか?」
事情を手早く説明し、二階の住宅に入れていただいてから、早速近くの町医者を呼んでもらった。
1時間後、ベル- 名前はベルナギアンというらしい- は、片腕を包帯でぐるぐる巻かれて、三角巾を首から吊った姿となっていた。
「この防具がなかったら、腕は断ち切られていたよ」
カプラニディオスの町医者は、そう言って、切れた皮製の腕防具をハサミの先で突いた。
えっ、やっぱり腕切れていたんだ?
「まったく... 子爵さまが、あんなに飛んで切りつけて来るなんて想像もしなかったぜ!」
治療代大銀貨5枚を払って町医者がドアから出たあとでベルさんがボソッと言った。
「若いが、子爵の姉御は勇気がある」
タイガニディオスの男はそう言って私を感心したように見た。
姉御?
いや、そんな呼び方よしてくださいよ(汗)。
「ところで、仔細は聞かないが、君たちはマビハミアン国の元兵士ですか?」
ドゥモレ男爵さまが、灰色片目のカニスディオの男とタイガニディオスの男に聞いた。
あとの連中には、外で待ってもらっている。
まあ、この二人がマビハミアン国からの流れ者というのは、この二人がマビハミアン訛りで話すことで分かってはいたけど。
「マビハミアン軍が、戦争で負けて... 部隊は散り散りになってしまい... 俺は片足に傷を負ったんだがロクに治療もしなっかったので、足を切り落とすしかなかった...」
「ドン兄貴、あ、本名はドンジエギョルムって言うんですけどね」
「本名を言うな。長すぎる!」
いかつい顔のタイガニディオスの男が顔を赤くした(汗)。
「なかなか、いい名前じゃないですか?」
その時、階段の下からイーダンさんの大声がした。
「レイレマ――っ、そこ、もう済んだら、酒場の方手伝ってくれ――っ!」
「は――い!今行きます――!」
「おっ、わたくしたちも出ましょう」
「はい。レイレマさんも忙しいでしょうから」
「どうもすみませんね」
「悪かったですね、女将さん」
「いえ、怪我をされていたんですから、困った人のお手伝いをするのは当然ですわ」
「まあ、こんな形で知り合うことになったのですが、これも何かの縁、下の酒場で一杯飲みませんか?」
ドゥモレ男爵さま、先ほど私たちから金品を巻き上げようとした兵士くずれのタイガニディオスのドンさんと灰色片目のカニスディオのベルさんを、まるで友人を誘うかのように誘っていた?
「いや、治療代まで出してもらったのに、酒まで奢ってもらうなんて悪いですよ」
「そうか。では、お言葉に甘えて、飲ませてもらおうか!」
灰色片目のベルさんは遠慮をしたけど、ドンさんは遠慮なんてしなかった。
イーダンさんの居酒屋は、カウンター席九つ、テーブル二つに椅子八つというこじんまりとした店だった。カウンターはもう満員で、仕事帰りの労働者たちが賑やかに話ながら、エールを飲んだり、料理を食べたりしていた。
「こんばんは。みなさん、お邪魔しますよ!」
「!」
「おっ、貴族さまだ!」
「こんな場末の居酒屋に?」
「それにベッピンさんのフェリノディオ族貴族もいっしょだぜ?」
酒を飲んでいた労働者たちが騒がしくなった。
しかし、私たちに続いて入ったドンさんとベルさん、それに四人のチンピラ風のカニスディオを見ると労働者たちが色めきだった。
「お、おい、あいつはドンじゃねえか?」
「ド、ドンだ。そしてあの灰色の片目は...ベルだ!」
「どうする?店出るか?」
「出た方がいいかも」
「もっている金、全部ぶったくられるぞ...」
労働者たちが、カウンター席から立ち上がろうとした時―
「みなさん、今晩はわたくしの奢りです。好きなだけ飲んで食べてください!」
ドゥモレ男爵さまが、突然、とんでもないことを言った。
「さ、ドンさん、ベルさん、テーブル席に座りましょう。あなたたちも、そちらのテーブル席に座って!」
ドゥモレ男爵さまが、通りでドンさんの治療が終わるのを待っていた4人の仲間たちにテーブルにつくように言う。
「お、おう!」
「貴族さん、いいのかい?」
「今日は、魔王国に着任したわたくしの着任祝いということで!」
「そ、そうか!」
「ありがてえ!」
「オヤジ、じゃあエール追加だ!」
「オレにも!」
「おれは、モツの煮込みの追加をたのむぜ、女将さん!」
「はい、ただいま!」
労働者たちは、喜色満面で酒や料理を注文しはじめた。
「オヤジさん、女将さん、こちらのテーブルにもジャンジャン酒と料理をお願いします」
こうなったら私も腹を決める。
今日は有り金全部使ってやる。
どっちみち、ドゥモレ男爵さまがいなかったら、お金を全部取られていたんだし。
って、ドゥモレ男爵をここまで案内してなかったら、取られる心配もなかった?
まあ、そんなことは今は考えなくてもいい。
結局、ベイレーレさんのお店の閉まる時間まで飲むことになった。
料金は、今日は私が魔都の穴場を紹介して奢る番だと言い張って、全額私が払ったけど、金貨1枚で足りた!
場末、いや、庶民の居酒屋って料金安すぎない?
帰りは、テクテクと5キロの道程を歩くことになったけど、運よく3キロほど歩いたところで誰か客 -第五曜日の夜なので酔っ払い客だろう- を近くまで乗せて来た帰りらしい乗合馬車を見つけ、乗ることができた。
って、私もエール、葡萄酒、蒸留酒といく種類ものお酒を混ぜて飲んだせいか、もうかなり酔っていてふらふら歩きで、あやうく道端の溝に落ちそうになったのを男爵さまに間一髪で助けられたりしていた。
ドゥモレ男爵さまに支えられ -胴に手を回されて- 歩いていたので、これ以上は迷惑をかけたくなかったので、乗合馬車を見つけれたのは幸運だった。
馬車の中で、魔都の城門をくぐるまでの間、ドンさんたちのことや、目下進めている計画のことなどについて話した。
「計画は順調ですよ。何せ、レッべガアルのオッサンが後ろ盾ですからね!」
「そうですか。それを聞いて一安心です...」
馬車に揺られているせいか、酔いがさらに回った感じで、道を曲がった時には、身体を支えきれずに男爵さまに思いっきり寄りかかってしまった。
「ううう... 吐き気がする」
胃の中からググーっと何かが喉元まで上がって来る。
「すみません、行き先変更です。〇□〇通りに変えてください」
男爵さまが、御者のセルヴィニディオスおじさんに言っているのが聴こえた。
「わかりました、旦那さん」
魔都の街の中を右に曲がり、左に曲がり、しばらく走ってから馬車が止まった。
「さあ、道に吐く前に、わたくしの家に入ってトイレで吐いてください」
周りは人通りもなく、静寂としている。
瀟洒な建物が並んでいるここは、魔都の東にある上流階級区だ。
門を開けて入り、立派な扉を開いて中に入ると、男爵さまは軽々と私を抱えて二階へと続く階段を上がり、寝室の奥にあるバスルームに連れて来た。
「さあ、ここで胃の中にあるものをみんな吐いてください。私は部屋にいますから」
お言葉に甘えて、便器にゲーゲーと吐いた。
10分間ほど、ひざまずいて吐いていただろうか...
むかむかする吐き気は収まったものの、気分はまだ悪く、口の中にはお酒と胃液と居酒屋で食べた料理が混ざった、何とも言えない混沌の味がした。
洗面台にあったコップに水をついで、口を何度も何度もすすいで、ようやくカオスの味はなくなった。
洗面台の上にある鏡を見ると―
そこには“お化けネコ耳女”がいた!
青ざめた顔
グシャグシャの髪
口の周りについているカオスの残滓
そして、ジャケットとシャツの襟にも混沌の跡が!!!
「ひゃ――――っ!?」
「どうされました、アリシア子爵?」
私の叫び声を聞いた男爵さまが、バスルームに様子を見に来た。
「バス、バスを使わせてもらってもいいですかぁ!」
「え?ああ、どうぞ、どうぞ...」
最後まで言うのも聞かずに、服を脱ぎはじめていた。
男爵さまは、すぐにドアを閉めて出て行った。
足を蹴って靴を脱ぎ捨てながら、ジャケットを脱ぎ、ウェストコート、シャツを脱ぎ捨て、足に絡まるトラウザーをバスルームの床に座って格闘しながら脱ぎ、ブラを外し、おパンティを脱いだ。
その間、お湯を全開で出していたので、バスには半分ほどお湯がたまっていた。
シャワーでざっと身体を洗ってから、バスタブに入る。
ふぅぅう――…
生き返った気分だ。
バスタブの横にある棚にあった入浴剤を入れて、泡を立てる。
バシャバシャやっていると、先ほどまで感じていた酒酔いの地獄のような苦しみも忘れるようだった。
「お湯のかげんはどうですか?」
バスルームのドアが開けられ、男爵さまが入って来た!
「ひゃあああ!... ブクブクブク...」
ハダカを見られたのが恥ずかしくて、バスタブの中に潜水してしまった。
「着替えを持って来たんですよ。だいじょうぶ、泡で何も見えていませんよ」
やっぱり見たんだ...
ん? 着替え?
女物の着替えをこの家に置いてあるの?
それ、誰の服ですか、男爵さま?
「わたくしの物なんで、大き過ぎるでしょうけど、裾と袖を折ったらなんとか着れると思います」
ああ、安心した。
考えてみたら、着任早々で“オンナ”なんかいるわけないじゃん?
男爵さまが、魔王国で唯一知っている“オンナ”、いや、“女性”は私のはずだし...
「バスルームの壁にある収納庫の中に、新しいタオルとバスローブがありますから、それを使ってください」
どうもご親切に... と思いながら、バスタブから出て、髪を洗い、身体を洗ってから、シャワーで石鹸を流す。
服を着ようとしたら、着ていた服はなく(!)、男物のリネンのシャツとパジャマが置いてあった。
そして、その上には...
私のブラジャーとおパンティが(汗)。
ま、まあ、下着を見られたことくらい許してあげなきゃね。
さすがに、いくら何でも若い女性の下着の予備なんか用意してないみたい。
「すみませんね。女性の下着の予備はないんで。今度買って置いておきますね」
あの~、男爵さま。私は男爵さまの“オンナ”ではないんですけど?
いやあ...
だけど 一日穿いたおパンティとか、また穿く習慣なんてないのよねェ...
ブラはまだいいとしても...
これも、実際は毎日替えているんだけどね。
公務員というのは、身だしなみが大事なのよ。
とくに、私のように外国の大臣とか偉いさんとかに会って、通訳なんかする者はね。
というわけで、下着はつけないでパジャマのポケットに捩じりこんだ。
どうせ、私のオッパイはタユンタユン揺れるほど大きくはないので、ブラジャーつけてなくてもわからないだろうし、パジャマの下に何も穿いてないってわからないだろうし。
リネンのシャツは長くて、まるでドレスのようだった(汗)。
パジャマもさすがに大きい。袖を10回ほど折って、裾も10回ほど折る。
まるで子どもがお父さんのパジャマ着ているみたいな恰好になった。
バスルームから出るとドゥモレ男爵さまは、囲炉裏に火をつけ、揺り椅子に座ってブランデーを飲んでいた。あれだけ居酒屋で飲んで、まだ飲み足りないのかしら?
「やっぱり大き過ぎましたね?」
バスルームから出て来た私を見て、ブランデーのグラスを置いて立ち上がった。
彼もゆったりしたナイトガウンに着替えていた。
「あの... 髪乾かしたいんですけど、どらいやーありますか?」
「どらいやー? いえ、そんなものはありません。ここに来て、暖炉の熱で乾かしながらブラシで梳いたら、すぐに乾きますよ!」
そう言って、たった今まで彼が座っていた揺り椅子を示した。
「はア...」
「どうぞ、どうぞ。遠慮しなくてもいいですよ」
そう言いながら、男爵さまは化粧台の上からブラシをとり、私の手をとって揺り椅子に座らせた。
男爵さまは、私の髪の毛をやさしく丁寧に梳きはじめた。
だけど、私の髪は長い。どらいやーを使っても20分ほどかかるくらいだ。
10分ほど梳いたころ―
「そろそろ出来ているかな?」
そう言って、男爵さまは部屋から出て行った。
すぐに、両手にふきんで包んだ物を持ってもどって来た。
見ると、湯気が立っている大きなカップを持っていた。
「お茶ですか?」
「いえ、昨日この家に来て、いろいろと家具を運び入れたり、荷物を片付けたりして、夜になって小腹が空いたので、食料品店まで行って食材を買って来てスープを作ったんですよ」
ふきんで包んだままのカップを受け取る。
湯気が出ているカップの中を見ると、茎みたいなのと葉っぱが入ったスープだった。
「セリノンとほうれん草のスープです。セリノンは、沈静効果があるほか、頭痛を和らげる効果もあるんですよ」
そう言いながら、また部屋から出て行くと、今度はお盆にお皿に乗せた白パン持って来た。




