第44章 アリシア子爵、キザ男爵と再会する
プリシルさまは、マイレィちゃんと護衛三人を連れてダエユーネフ国に向かって出発したきり、まったく音信がない。
カリブが5人の花嫁と結婚した結婚式で魔王さまがマイテさま、私のお母さま、それにモナさまと挙げられた結婚式にもご参列されなかった。
まあ、音信がないのは、外務省経由と連邦経由の連絡だけで、魔王さまやアマンダさまたちとは頻繁にマデンキで連絡をとっているのだろうけど。
気になると言えば気になるけど、魔王国で最強級の魔術師が護衛についているので心配はないだろう。
カリブの問題も一段落し、マイテさまもお母さまもモナさまも晴れて魔王さまと再婚され、少なくとも彼女たちは充実した毎日を送っているようだ。
魔王さまも、最近は熟女の魅力にどっぷりとハマりこんでいるようで、毎晩、三人を自分の部屋に呼んでいるとか(汗)。
お母さまたちも、約半年ぶりに生き生きとした顔になり、毎日ご機嫌で冗談を言ったりするようになった。お母さまもマイテさまもモナさまも顔色がツヤツヤになり、まるで若返ったみたいで、そこんじょらの十代や二十代の美女もかなわないほどの女性的魅力をふんぷんとまき散らすようになった?
「“女は愛されてなんぼ”なのよ」
ある夜、ルナレイラお義姉さまが、ひょこり部屋に来て言った。
お母さまは、マイテさま、モナさまといっしょに、“家族風呂”のあとで魔王さまに呼ばれて彼の部屋に行き、ビアも誰か友だちと出かけていて、部屋には私しかいなかった。
いや、お義姉さま、フクザツだよね...
って、私もかなりフクザツなんだけど。
「それにしても、オヤコドンブリって、そんなに美味しいお料理なのかしら?」
“えっ?出たよ!あの日、“家族風呂”で魔王さまが、何度か言った言葉。
「それ料理なの? お義姉さま?」
「うん。どんぶりって言う深い鉢のような器に炊いたアリュウスを入れて、その上に、味付けして煮たニワトリの肉とタマネギやキノコなどを少し煮て、その上からニワトリの卵をかき混ぜて入れてふんわりとさせたものを乗せた料理なんですって」
「そんな料理、聞いたことないわ」
「わたくしも聞いたことないわ」
魔王国には、これまで見たことも聞いたこともない料理や風習がたくさんある。
あのトリプルビッグバーガーという、丸く柔らかいパンの間に、挽肉をタマネギや塩コショウで調味し、丸い形にして平たくしたものを鉄板で焼いたものを数枚、間にチーズや葉サラダといっしょに挟んだものとか、酸味のアリュウスを手で握ってその上に生魚の切り身を乗せたものとか...
うげェ、考えただけで吐き気がする― 魔王さまは、そんなものを時々作らせて美味しそうに食べたり、生魚の切り身だけを黒い汁をつけて食べたりしているのだ...
それらの料理を想像するだけで、何か胃の中から喉元まで上がって来た(汗)。
それにマオウ・コーラとかいう黒く甘いジュースとか、奇妙としか言えないような、異文化の料理や飲み物、それに異文化の習慣としか思えないようなものが多々ある。
「今度、オヤコドンブリをわたくしに食べさせてくれるって言っていたけど...」
“いや、あの魔王さまの口調は、決して“料理”なんかじゃない...
なんか別のことだ。たぶん、みだらなことだ。
何となく、いや、きっと“母と娘を抱く”という意味なんだ... と悟った(汗)。
「オヤコドンブリ、食べるの楽しみだわ。どんな味なのかしら?」
ルナレイラお義姉さまは、純と言うかウブなところがあるからねぇ。
いや、これって、私の方がスレているってこと?
ルナレイラお義姉さま、マイテさまとあなたは、すでに魔王さまに“親子丼”を賞味されているのですよ?
だけど、私はイヤだ。
どんなことがあっても―
お母さまといっしょのオヤコドンブリはイヤだ。
* * *
ブリュストン伯爵さまとは、しばらく会ってない。
彼も忙しいらしく、魔王国には長いこと来てない。
ただ、外務大臣のスティルヴィッシュ伯爵の好意で、週末に30分ほどマデンキでお話するだけだ。
それも、私が子爵であり、魔王さまの“お気に入り”だから許可されることで、これがまったくふつうの者なら国家機密であるマデンキの使用など許されることもない。
その点、私は恵まれていると言えるが...
やはりマデンキの画面に映るブリュストン伯爵さまを見るだけでは物足りない。
会って、手を繋いで街を散歩したいし、いっしょに観劇もしたいし、洒落たレストランでおいしい料理を食べながらたくさんお話をしたいし、強く抱いてもらいたいし、キスもしてもらいたい。
ブリュストン伯爵さまにお会いできないのは、
寂しい...
本当に切ない...
夜、遅くまで残業をしたあとで家に帰り、お風呂に入り
ベッドで一人寝ていると、伯爵さまの分厚い胸や
たくましい腕を思い出してしまう。
自分の唇を指で触って、キスの感覚を思い出そうとする
だけど... 当然、唇でのキスとはまったく違う
自分で自分の身体をギュッと抱きしめ
激しく抱かれたことを思い出し
溜め息をつく私だった...
私生活では、味気ない毎日が続いたが、連邦の管理局の仕事は多忙だった。
毎日、朝から晩まで通訳や翻訳の仕事に忙殺され、ほぼ毎晩遅くまで残業が続いた。
その日も朝から、週末明けに迎えることになるワチオピア地方とボットランド地方の使節団との会議用の資料などの翻訳作業に追われていた。
午後4時過ぎになって、ようやく大臣の挨拶文とか、交渉内容の翻訳とかの翻訳作業もメドがつき、私は熱いお茶を啜ってひと息ついていた。
「おう!アリシアさま。お久しぶりですね? 子爵になられたと聞きました。誠におめでとうございます!」
突然、部署の中に入って来た者は、そう言いながら、私のところに歩いて来て、右足を斜め後ろに引き、もう一方のひざを軽く曲げ、片手を胸の前に添えて挨拶をした。
「え?」
この気障なパンサニディオスの男、いや、ユキヒョウ族の貴族は...
「ドゥモレ男爵さま?」
「アルチュセール・エヴラール・ドゥモレ男爵、参上!」
男爵は、後ろに隠していたピンクのバラの花束を私にくれた。
ピンクのバラの花の花ことばは、“上品”“可愛い人”。
「うふふ。あいかわらず、気障ですね?」
「アリシア子爵さまは、相も変わらずお美しい。いや、さらに女性らしくなられたようですね?」
“ゲゲッ。男爵さま、私がもう処女でないことに気づいたのかしら?(汗)”
いや、そうじゃなくて、私が紺色のジャケットに同色のウェストコート。その下はシルクの白いシャツ、下も紺色のトラウザーという、男装だったから、“女性らしい”と言ったのだろう。
ちょっとかがんだりすると、オシリ丸見え、恥ずかしいところ丸見えになるミニスカートとかミニドレスなんて着て仕事なんかやってられない。
だから、仕事を始めてからは、アマンダさまに見習って男装にすることにしたのだ。
だけど... 男爵さまが、さらに女性らしくなったと言ったのは、男装のことじゃないよね?
こう、お胸とか、オシリとかもっと出て、身体の線がふくよかになったからに違いない。
そう思うことにしよう...
「こちらは、ダユーネフ国の公使館の武官として着任されたドゥモレ男爵ですが、アリシア子爵とは、もうお知り合いのようですね?」
事務次官の秘書官が、男爵の挨拶に驚いている。
「いや、アリシアさまが、連邦の管理局で仕事をされていると聞きましてね。すぐに訪ねて来たんですよ!」
「そうですか?それは光栄です。だけど、私、定時まで... あ、そのあとも少し残業が...」
「あ、子爵さま。ゲミヌス事務次官さまから、“せっかくダユーネフ国の新武官殿が子爵を訪ねて来られたのだ。今日は早く退社してもらってもかまわないと伝えてくれ”と言われているですよ?」
「アリシアさん、早退してもかまいませんよ!」
「そうですよ。毎晩、遅くまで残業してくださっているんだから!」
「今日の翻訳、あたしたちだけでだいじょうぶですよ!」
部署の仲間たちの好意に甘えて、早退することにした。
第五曜日のこの時間に街を歩くなんて、久しぶりで、太陽の光がまぶしい。
街はけっこう賑やかで、ドゥモレ男爵は魔都の人の多さにおどろきながらも、楽しそうだ。
「わたくしは、魔王国は初めてなんで、穴場とかまったく知らないんですよ」
そうか、ナスガアルでは穴場、いや、あれはナスガアルの穴場じゃなく、レッべガアルの穴場にだけど連れて行ってもらったんだ。
お返しに魔都の穴場に連れて行ってあげたいけど...
残念ながら、私は居酒屋とかよく知らないし、どこに連れて行ったらいいのか見当もつかない。
こんなことなら、職場の人に聞いておけばよかった。
「どこか馴染みの居酒屋か、知り合いの居酒屋知りませんか?」とか...
あ、そう言えばあったじゃない?
カリブのお嫁さんの実家で居酒屋と言うのが!
ファレーナちゃんのお父さん、ベイレーレさんがやっているお店が!
私は手を上げて、近くを走っていた相乗り馬車を止めた。
「いい店があるんです(実際は、いい店かどうか知らなかった)。ちょっと遠いので馬車で行きましょう!」
「おっ、魔都の穴場ですか?それはワクワクしますね!」
ドゥモレ男爵は身軽に馬車に上がり、紳士らしく手を伸ばして私が乗るのを手伝ってくれた。
「おじさん、□△□通りの郵便局の近くまでお願いします」
「あいよ!中銀貨2枚になるけど、いいかい?」
「はい。だいじょうぶです」
「ほら、行けっ!」
パシっと手綱を鳴らすと、ブルルっと鼻を鳴らして馬は走りはじめた。
街の中では一頭立ての馬車の方が小回りも効くし、それほど大きくもないので便利だ。
「いや、お嬢さんの身なりを見たら、大銀貨2枚くらいだいじょうぶと思ったんだけどな。たまには着いてから、お金持って来るの忘れました、なんて言う輩もいるんでね」
「無賃乗車ですか?困ったことをする人もいるものですね」
「いやあ、魔都も景気がいいもんだから、あちこちから色々な者が流れてやって来ているんだよ。中には質の悪いやつもいるんだ。困ったもんだよ」
カニスディオのおじさんは、話が好きなようだった。
ドゥモレ男爵さまは、繫華街の街並みやゾロゾロと歩いている市民たちをめずらしそうに見ている。
まあ、誰でも初めて魔都に来たら、その賑やかさ、市民の多様さにおどろくよね。
馬車は、中心部の繁華街を抜けて下町へと向かって走って行く。
中心街の四階建て、五階建ての美しい建物に代わって、二階建てや平屋建ての建物が増えはじめ、道を歩く者たちも、中心街ほど小綺麗な洒落た服装の者は少なくなり、労働者風の者や、庶民風の者が多くなる。
「お嬢さん、このあたりでいいかね?」
馬車は郵便局の手前で止まった。
「あ、ここでけっこうです」
ドゥモレ男爵さまが代金を払おうとするのを断って、財布から中銀貨3枚を取りだして払う。
「お嬢さん、中銀貨2枚だけだよ?」
「いいんです。あまった分はお茶代にしてください」
「どうも悪いね。この辺は、あまり素性のよくない連中もいるから気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
カニスディオのおじさんは、手をふると手綱の音をさせて引き返して行った。
「えーっと、この郵便局を過ぎて、そこにある橋を渡ってすぐのところにあるんです」
「ほう。ここは、中心街から、かなり離れていますね?」
「はい。たぶん5キロくらいです」
「この辺は労働者が多いようだから、居酒屋も値段が手ごろで美味しい料理を出すところが多いんでしょうね」
なーるほど。それは理屈に合っている。
労働者は、少ない賃金しかもらわない。中には日雇い労働者もいる。
そんな彼らの懐事情に合う値段の酒と肴を提供しなければ、居酒屋もやっていけないということか。
それも、“安かろう、不味かろう”では、お客がつかない。
安くてある程度旨くなければならないのだ。
こういうところで繁盛している店は、多少は店内が汚いようでも店主が少々不愛想でも、きっとおいしい料理とか出すんだろう。
川面に映る夕焼けを眺めながら橋を渡っていると、前から5、6人のカニスディオとタイガニディオスの男たちが、歩道いっぱいに横に並んで歩いて来るのが見えた。
その風体と顔つきを見て、私は緊張した。ネコ耳がピンと立ち、シッポの毛が逆立ち太くなったのがわかった。
「やばい、びっこのドンだ!」
「引き返して、別の橋を渡りましょう」
私たちの前を歩いていた一組のラビットディオの男女が、あわてて引き返して来た。
「おや、お金持ちの貴族さまが、場違いなところで逢引をしてますよ?」
灰色の毛をした片目のカニスディオの男が黄色い犬歯を見せてニタアっと笑った。
まあ、逢引と見られてもしかたない。
男爵にもらったピンクのバラの花束を持っていたのだから。
「見せつけてくるじゃねえかよォ?」
ブチの痩せたカニスディオの男が近づいて来て、私たちを上から下まで見て言うと、ペッと唾を地面に吐いた。
「おうおう、てめら。そのきれいなおべべ、汚したり、きれいなお顔に傷つけたりしたくなかったら、有り金全部と腰につけた剣を置いて行きな!」
茶色の毛のカニスディオの男が、ブチの痩せた男の横に並んで凄んだ。
ブチの男も、茶色の男も、ひざまであるコートを着ており、コートの下に短剣を隠しているのは確実だ。灰色の毛をした片目のカニスディオは、ショートソードを腰に下げているし、後ろの方で黙って見ているタイガニディオスの男は、私の腕くらいある棒を持っていた。
いや、あれは棒じゃなくて杖なのか?身長2メートルほどもあるタイガニディオスの男の片足は、明らかに義足だった。だが、あの杖を棍棒として使えば、タイガニディオスの体格と力をもってすれば、恐ろしい武器となるだろう。
ドゥモレ男爵さまは、腰に90センチのショートソードを下げていた。
私も貴族には帯刀が許されているので、長さ70センチのショートソードを下げていた。
けど... 私の剣は、お飾り同然だ。なぜなら私は剣を使えないから。
「グォルルグオオオグオル!」
男爵さまは、唸るようなパンサニディオス語で私に言った。
「こらぁ!オマエら、何言ってんだ... ぎゃひィっ!」
「ウワン!」
抜刀するのと跳躍するのが同時だった。
ブチと灰色は、自分たちが切られると思って、身を縮めた。
その上を通り過ぎた私は、灰色片目目がけて剣を振り下ろした。
「ギャイン!」
反射的に庇った腕に剣が当たる。
私は着地し、灰色片目に第二撃を加えようとした時―
真上を何か陰が通ったのに気づいた。
ドゥモレ男爵が、10メートルほど跳躍し、タイガニディオスの男に切りかかるのが見えた。
「ガウウ!」
タイガニディオスの男は驚いたが、すかさず太い杖-いや、棍棒で剣を振り払おうとした。
だが、何と男爵さまは、その棍棒の上にいったん止まると、剣の切っ先をタイガニディオスの男の目に突きつけた。
何という軽業!?
まるで葉っぱのような身軽さだった。
ドゥモレ男爵さまは、剣をタイガニディオスの男の目の直前で“寸止め”した。
目を突いて脳髄に達すれば刺し殺せたのに、あえてそれをしなかった。
ガラン!
タイガニディオスの男は棍棒を捨てた。
「みんな、やめろ。俺たちが敵う相手じゃねえ...」
タイガニディオスの男の声で、ほかのカニスディオの男たちも抜いた剣を鞘にもどした。
灰色片目のカニスディオの男は、血が出ている左腕を押さえている。
私の腕前では、腕を断ち切ることは出来なかったみたいだ。
「警邏隊を呼びましょうか?」
「うーん... たぶん、必要ないんじゃないですか?それよりも、片目の腕の治療をした方がいい」
私が聞くと、男爵さまは首を横にふった。
「じゃあ、とにかく、知り合いの居酒屋に行って、そこでお医者さんを呼んでもらいましょう」
「そんな必要はねえ。こんな傷、一週間もすれば...」
「ベナ、剣の傷はきちんと治療しないと、俺の足みたいになるぜ?」




